通りかかったお客
自分が作った物を買ってくれるというのは嬉しいものだな。たとえ、それが知人だったとしても、相手を笑顔にできたことや達成感が得られたのは間違いない。
お客が喜んでくれると次はもっといいものを作りたくなるな。
次はどんなアクセサリーを作ろうか。
今はシンプルなものが多いけど、次は女性に受けそうな花の形をしたものを作ってみてもいいかもしれないな。
「お前、こんなところで何をやっているのだ?」
なんて風に次のアクセサリーの構想を練っていると、不意に声をかけられた。
そちらに視線をやってみると、なんと露店の前にクラウスがいるではないか。
「見てわかる通り、アクセサリーを売っているんです」
俺がそう言って自分の作ったアクセサリーを見せると、クラウスは手に取って真剣な目で眺める。
「……なるほど、お前の魔力量なら魔力鋼を何度も変形させてアクセサリーを作ることができるというわけか。自分の強みを生かした、新たな商売だな」
「商売というよりかは、半ば趣味みたいなものですけどね」
素材採取以外の趣味を持ちたくて手を出してみた分野だ。
お金を稼げることに越したことはないが、現状では稼ぐことよりも楽しさを重視したい。
「クラウスさんはどうしてこちらに?」
「私はこういう市場を覗いて掘り出し物を探すのが好きでな。散歩がてらによく来るのだ」
へー、ずっと薬屋に引きこもっているかと思えば、ちゃんと外に出るような趣味も持っていたのか。ちょっと意外だった。
「ギルド職員が冒険者ギルドに顔を出さないと嘆いていたが、最近はこういうことをしていたのか」
「あはは、デミオ鉱山に行けるようになったので、そっちで採掘をしたり採取道具を作ってもらっていたりしました」
そういえば、最近は冒険者ギルドにまったく顔を出していない。
特に依頼も受注していないし、指名依頼をこなしているわけでもない。
ギルドでは採取依頼や指名依頼が溜まっているのだろうな。
「お陰で俺の指名依頼も受注されないわけだ」
現に目の前の依頼人の依頼も溜まっているようだ。
「……すいません」
「別にいい。困るといえば困るが、冒険者はいつ仕事をしようが自由だからな。誰も責める権利はない」
「クラウスさん……っ!」
「ところで、俺が頼みたい素材はデミオ鉱山で採れるんだがなぁ」
優しい言葉に感激していると、クラウスが眼鏡を指で持ち上げながら言って圧をかけてくる。
「ここでプレッシャーをかけるのは卑怯じゃないですか?」
クラウスが俺を慰めるなんて変だと思っていたんだ。
この人、俺の心に漬け込んで指名依頼を早く受けさせようとしている! 冒険者は仕事をいつ受けようが自由だと言っていたのではなかったのか。
なんだかこれで依頼を受けてあげるのも少し癪だ。
「俺の作ったアクセサリーを買ってくれたらすぐに引き受けてあげますよ?」
ふふふ、クラウスはどう見てもオシャレに興味のある人種には見えない。
そんな無駄なものを買うくらいなら、別に引き受けてもらわなくて結構などと言うに違いない。
「じゃあ、そこにあるネックレスとイヤリングを買おう」
そう思っていた俺だが、クラウスはあっさりと購入を決めた。
「あれ!?」
クラウスが選んだのは十字架型のネックレスと、月をモチーフにした三日月型のイヤリング。
どちらもロスカの宝石を使っているので、金貨一枚と銀貨五枚くらいはする。
「ええっ? クラウスさんが付けるんですか?」
「俺はつけん。妹がこういうのに目がないからくれてやるだけだ」
「そ、そうですか」
なんだ、クラウスが身に着けるのかと思ってビックリしてしまった。
どうやら家族への贈り物にするそうだ。
「二つで金貨三枚になります」
「……少し安いのではないか? このクオリティならもう少し高くてもいいと思うぞ?」
「そうですかね?」
「見る目のあるやつは根こそぎ買うだろう」
「ですよねー。お客様はわかっていますねー」
クラウスの意見に便乗して、ロスカもそう言ってくる。
様々な知識を持っているクラウスもそう言うということは、クオリティの割に安いのだろうな。
二人にそこまで言ってもらえると、こちらも嬉しくなる。
「ひとまず、今日はこの値段でいきますよ。次からは様子を見て上げてみようかと思います」
「まあ、安い分には俺も助かるからいいがな」
クラウスはそう言うと、懐から金貨三枚を渡してくる。
俺はクラウスの選んだネックレスをロスカの用意してくれたケースに収納し、紙袋に入れて渡した。
「お買い上げありがとうございます」
「ああ、指名依頼の方も頼むぞ」
クラウスはそう言い残すと、行き交う人の雑踏の中に消えていった。
■
「これ、気に入ったからちょうだい」
俺は女性が選んだ鍵タイプのネックレスをケースに詰めて、紙袋に入れる。
代金として金貨一枚を貰うと、丁寧に紙袋を渡す。
「ありがとうございます!」
「また顔を出すねー」
笑顔を浮かべながら去っていく女性を見送ると、俺はゆっくりと椅子に腰かけた。
「なんだかんだシュウさんも営業が上手いですね」
「そうですか? ありがとうございます」
前世の仕事では商品の営業などをしていた時期もあるからな。
本職の人やロスカと比べると大したことはないかもしれないが、それなりに知識と経験はあった。それが意外と役に立つものである。
「結構な数が売れたわね。残り一つじゃない」
俺の作ったアクセサリーはありがたいことに、ハート型のネックレス一つとなっていた。
他にも指輪やらイヤリングやら作っていたが、全部売れてしまった。
「ロスカさんのお陰ですよ」
露店に来る客のほとんどはロスカさんのアクセサリーが目当てだ。
ロスカさんの商品を買いにきたお客が、隣にある俺のネックレスもついで買うという流れができている。
もし、俺一人で露店を開いていたら、こうはいかなかっただろう。
「確かに私のお客がついでに買っている流れが多いけど、商売ってそう簡単にいかないものよ。私の作るアクセサリーは値段も高いし、お客も富裕層が多いから目も肥えているわ。シュウさんの作った物がいいって思わないと買ってくれないわよ」
「そうなんですかね?」
会社の人に営業をすることはあっても、直接お店で客と向き合ったことはないので、その辺りの感覚はよくわからない。
だが、ロスカがそう言っているってことはそうなのだろう。
「きっと、数日後にはシュウさんのアクセサリーが噂になっていると思いますよ」
ロスカに確信があるのか、どこか楽しそうに呟いていた。
求めてくれないよりかは、求めてくれる方が作った側としては嬉しい。そうなってくれるといいな。
「あれ? シュウさん?」
ぼんやりと考えていると、ふと声をかけられた。
ふと視線をやると、そこには紙袋を抱えたルミアが立っている。
「ルミアさん! 錬金術に必要な素材の買い出しですか?」
「そうです。そのついでに露店を覗いていたんですけど……もしかして、シュウさんがアクセサリーを売って
いるんです?」
「はい、魔力鋼を加工して自分で作ってみたんです」
「自分で作られたんですか!? すごいです!」
俺として多彩なお菓子やアイテムを作ってしまうルミアの方がすごいと思う。
こちらは魔力によるゴリ押ししかしていないわけだし。
「あの、見せてもらってもいいですか?」
「最後の一つしかないですが、これです」
他の作品も見てもらいたかったが、売れてなくなってしまった以上は仕方がない。
俺は残っているハート形のネックレス。敢えてハートの形を斜めにしており、さらにピンク色の宝石をアクセントとして付けてある。
シンプルだけで意外と上品に見える一品だと自分では思っている。
「……これ、いいですね。ください」
「即決ですね!?」
まったく悩む素振りを見せずに決めてしまうルミアに驚く。
「それくらい気に入ったんです。このハートの形が敢えて斜めになっているのがいいですね。それだけなのに不思議と優しい雰囲気がします」
ネックレスを眺めながら言うルミア。
実は綺麗なハートを作ろうとしたら魔力の調節をミスってしまって、偶然できたものだということは胸の奥にしまっておこう。




