硬魔石
少し投稿おくれました
「で、ツルハシが壊れたから新しい物と他の採取道具を作って欲しいんだってな?」
二人のやり取りが落ち着いたところで、ドロガンが紹介状を目にしながら言う。
「はい、そうです。引き受けてもらえますか?」
「こんな命令書みたいなものを持ってこられたらやるしかねえだろ!」
「親方、そんな意地悪な言い方をしたらシュウさんが可哀想っすよ」
確かに領主からのお願いだなんて実質は命令みたいなものだ。
それでもこれがなければドロガンに引き受けてもらえなかっただろうから後悔はしていない。利用できるものは利用しないとな。
これもレッドドラゴンの討伐を頑張った恩恵だ。
「ツルハシはどんなものがいいんだ?」
「どんなもの……ですか」
どんなツルハシがいいかと言われても、ツルハシについて詳しいわけでもないのでよくわからない。
「デミオ鉱山で長期間使っても壊れにくいものがいいです」
「あそこの岩盤は硬いからな。そこら辺の素材を使ったところですぐにダメになる」
やはりあそこの岩が硬いことは有名なようだ。
ドロガンが腕を組んで唸り声を上げる。
それから、しばらくするとドロガンはゆっくりと口を開いた。
「お前さん、クルツの実をパンパンに膨らますほど魔力が多いって聞いたが本当か?」
「ええ、魔力は多い方だと思います」
巨大なクルツの実をいくつも納品したことが噂になっていたのだろう。
今まであまり実感していなかったが、サフィーに指摘されたことでその事実は受け止めている。
神様の与えてくれた魔力の残存したものだとしても、人間という枠組みの中ではかなり多いようだ。
「ちょっと、この鉱石に魔力を込めてみろ」
そう言ってドロガンがテーブルの上に載せたのは、青色をした鉱石だった。
「これは?」
「硬魔石といってな。魔力を込めれば込めるほど硬くなる鉱石だ」
【硬魔石】
デミオ鉱山から産出される鉱石。魔力を込めれば込めるほど色合いが深くなり、硬質化する特性がある。
魔力の保有量によって硬度が左右され、一流の魔法使いが利用して武器にすることが多い。
鑑定してみると、ドロガンの言った通り、魔力を込めれば込めるほど硬度の増す不思議な鉱石のようだ。
魔力を込めれば形を変える魔力鋼といい、こっちの世界は不思議な物で満ちているな。
新しい素材との出会いは、いつだって俺をワクワクさせてくれる。
「ということは、俺の魔力を込めてやれば……っ!」
「バカみたいに頑丈なツルハシができるってわけだ」
ドロガンが深く頷く中、俺は硬魔石に近付く。
普通に触ってみると、感触はゴツゴツしたただの石。
これよりもっと硬くなると言われても、軽く触っただけじゃわからないだろうな。
「硬さの変化がわからないって顔してるな。そこにあるハンマーで端っこの方を叩いてみろ。普通に砕けるはずだ」
「いいんですか?」
一応はこれも大事な素材だ。注文するツルハシや他の武器にだって使えるだろうに。
「ちょびっと砕くくらい問題ねえよ。どうせ材料が足りないんだ。一個くらいダメになったところで採掘してきてもらうことには変わりない」
「な、なるほど」
もし、ドロガンのお眼鏡に叶う硬度をしていれば、俺が採掘に行くのは決定事項なんだ。
まあ、自分に必要な道具のためなら喜んで採掘をしに行くけどね。
ドロガンから許可を貰ったので、テーブルの端にある小さなハンマーを借りる。
そして、硬魔石の端っこの方に打ち付けてみると、あっさりと砕けた。
「最初は普通の石と変わらない硬度なんですね」
「そういうこったな。これがとんでもねえ硬さになるかはお前さんの魔力次第だ。やってみろ」
ドロガンに促された俺は、ハンマーを置いて硬魔石に手をかざす。
「おー! クルツの実を膨らませるほどの魔力が注ぎ込まれれば、どんな色合いになるか楽しみっす!」
装飾人のロスカからすれば、その後の色合いに興味があるようだ。
ロスカから期待の視線を向けられる中、俺は硬魔石に魔力を注ぐ。
すると、淡い色合いをしていた硬魔石が、徐々に深い青に染まっていく。
淡い青色、青色、藍色、鉄紺、そして、限りなく黒に近い青色に染まった。
「どんだけ魔力があるんだ。こんなに暗い色に染まるなんて初めて見たぞ」
「す、すごいっす! ここまで複雑な色に変わるなんて……綺麗っす……」
色合いの変化を見て、ドロガンとロスカが興味深そうに観察している。
淡い青色から徐々に色が変わっていく様子は俺も見ていて楽しかったな。
「おい、ちょっとハンマーで硬魔石を叩いて試してみろ」
「わかりました」
ドロガンに言われて、黒紺に染まった硬魔石を叩く。
すると、カキイインッという硬質な音が鳴り、握っていたハンマーが砕けた。
あっ、やべ。工房の備品を壊しちゃったよ。
「……えっと、ハンマーの方が壊れました」
「別にいい。それくらい想定範囲だ」
わかっていたなら忠告くらいして欲しい。こっちは人の物を壊してしまったので無駄に焦っちゃったじゃないか。
「地下に行くぞ。こいつの硬度をもう少し確かめたい」
ドロガンはそう言うと、硬魔石を持って地下に入っていく。
これは俺も付いて行っていいということだろうか?
「親方が他人を地下に入れるとは、シュウさん相当気に入られたっすね」
戸惑っているとロスカが無邪気な笑みを浮かべながらそう教えてくれた。
ドロガンにとって自分の仕事場に他人を入れることは早々ないようだ。
それがどれほど凄いかわからないが、気に入られることは悪いことではないな。
ロスカと一緒に地下に降りて行く。当然日光が一切入らないために階段は暗い。
壁にかけられている魔道具の光を頼りに階段を降りると木製の扉が見えた。
中に入ると、そこは一階よりも遥かに広い鍛冶場だった。
奥では炉が駆動しているのか激しい炎の光が見える。氷の魔道具がいくつも設置されており、部屋の温度を下げてはいるようだが、それでも炉の高温には勝てないらしくて温度は高めだ。
少し厚いけど耐えられないほどではない。
鍛冶場の中央には頑丈そうな大きなテーブルがあり、その上に硬魔石がちょこんと乗せられている。
「次はこの特大ハンマーで叩く」
そう言って、ドロガンが持ってきたのは、全長百五十センチ以上はありそうな巨大なハンマーだ。
かなりの重量があり、自身よりもデカいハンマーをドロガンは軽々と持ち上げている。
「さすがにそれは壊れるんじゃないっすか?」
「いや、こいつなら持ちこたえるだろうよ」
心配そうに声をかけるロスカと、楽しそうな笑みを浮かべるドロガン。
「親方、完全に楽しんでるっすよ。でも、あんな風に楽しそうにしてる姿は久しぶりっす」
ドロガンにも色々と事情はあるのだろう。
少なくても俺の持ち込んだ仕事がつまらないものじゃなかったらしくて安心だ。
「いくぞ!」
ドロガンは遠慮することなく巨大なハンマーを振り上げる。
隣にいるロスカは音を警戒してか、長い耳をへにゃりとさせていた。
俺も見習って手で耳を押さえた瞬間、フロアの中にとんでもない音の衝撃が響く。
硬質な物がぶつかり合う衝撃に空気が震えた。
思わず閉じてしまった目を開けると、何故か尻餅をついている親方と砕けたハンマーがあった。
「親方、大丈夫っすか!?」
「だ、大丈夫だ。それより、硬魔石の方は……」
ロスカが心配するが、それよりも硬魔石の方が気になるのかドロガンは平気そうに立ち上がってテーブルに近付く。
俺も気になって見てみると、そこにはヒビひとつない硬魔石の姿がそこにあった。
「無事ですね」
「なんつうでたらめな硬さだ。それにハンマーを打ち付けた瞬間、何かに弾かれたぞ」
確かにそれは俺も気になっていた。親方の吹き飛び方は明らかに力負けしたとか、そういうのではなく、なにかの膜に弾かれるようだった。
【極硬魔石 最高品質】
硬魔石に極限まで魔力が注がれて硬質化した鉱石。その硬度はオリハルコンをも超越している。ある一定の衝撃が加わると、鉱石に宿った魔力が障壁となって弾き返す効果がある。
「鑑定してみると、どうやら極硬魔石といって、ある一定以上の衝撃が加わると、宿っている魔力が障壁を展開するようですね」
「お前さんの鑑定スキルはそこまでわかるのか……魔力だけじゃなく、スキルもおかしいだろ」
あれ? 鑑定を使えば大概の情報が出てくるのではないのか? でも、ドロガンの反応を見ると、そうではなさそうだな。
今度、鑑定スキルを持っているラビスに聞いてみよう。
「というか、これヤバイっすね! こんなもので防具とか作れば最強じゃないっすか!」
「とんでもねえ鉱石が生まれたもんだ。まあ、こいつみたいな化け物級の魔力がねえと作れないがな」
興奮しているのはわかるけど、ドロガンの言い方が少し酷い。
「とりあえず、硬魔石はツルハシに使えるということですかね?」
「ああ、そうだ。とりあえず、こいつを採ってこい」




