ポップコーンメーカー
ポップコーンの屋台をやってみたくなった俺は、ポップコーンを温かいまま提供する道具を手に入れるためルミアの下へ訪ねた。
「ポップコーンを作って、保温できる魔道具ですか?」
「はい。ちなみにポップコーンというのはこういうお菓子です」
首を傾げるルミアにポップコーンの入った革袋を差し出す。
「食べてみてもいいですか?」
「どうぞ」
「香ばしくて美味しいですね!」
ポップコーンを食べたルミアが驚きの声を上げる。
それから彼女は黙々と指を動かしてポップコーンを食べ続ける。
「……あの、ルミアさん?」
ルミアの指があまりにも止まらないもので、俺はおずおずと声かけた。
「ごめんなさい! なぜか手が止まらなくて」
「わかります。やみつきになりますよね」
俺も昨日食べた時は、その美味しさから手が止まらなかったものだ。
「わわっ! 私ってば勝手に半分以上も食べてる!」
「気にしないでください。たくさん作れますから。元々これも差し上げるつもりでしたし」
「す、すみません」
女の子的に夢中になって食べるのは恥ずかしかったのだろう。ルミアは顔を赤くしながらポップコーンを受け取った。
「えっと、このポップコーンの生産と保温できる魔道具がほしいんですよね?」
ルミアが恥ずかしさを誤魔化すように本題へ戻す。
「はい。イメージとしてはこんな感じです」
俺は事前に用意していた設計書をルミアに渡す。
俺がイメージしているのは前世の映画館やお祭り会場なんかであったポップコーンメーカーだ。
大きな箱の中にある鍋に種を入れて、加熱することでポップコーンを生産。弾けたポップコーンは自動的に下に落ちていき、保管と同時に保温もできるもの。
「なるほど、面白いですね! 仕組みとしてそう難しいものではないので、これなら私でもすぐに作れると思います」
「本当ですか!」
「はい。ただ作るのに一つだけ条件があります」
「……なんでしょう?」
特別な素材がいるとかだろうか? あるいは忙しいために特急料金を取られるとか?
どちらにせよ、今の俺なら問題なく払える対価だ。
心して条件を待っていると、ルミアがゆっくりと口を開いた。
「私もシュウさんと一緒にポップコーンの屋台をやらせてください!」
「え? 一緒にですか?」
「はい! 一度、屋台で食べ物を売るというのをやってみたくて……あ、あの、ダメですか?」
もじもじと指を動かしながら上目遣いで尋ねてくるルミア。
「いえ、全然ダメなんかじゃないですよ! むしろ、こちらからお願いしたいくらいです!」
「やった! ありがとうございます!」
客商売はまだまだ不慣れだし、一人でやるよりも二人でやる方が楽しいからね。
これがルミアにとって引き受けるに当たっての条件になるのかは不明だが、本人はとても満足そうだった。
「では、魔道具の見積書を用意しますので少しだけお待ちください」
「わかりました」
ルミアは受付のイスの腰かけると、俺の渡した設計図を見ながら書類に文字や数字を書き込んでいく。
作るのにかかる大まかな金額などを算出しているのだろう。
「おお、シュウ君ではないか」
「お邪魔しています」
見積書が出来上がるのを待っていると、入り口からサフィーが入ってきた。
何気にサフィーが入り口から入ってくるのは初めてな気がするな。
いつも奥の作業部屋か私室に引きこもっているイメージだ。
「なにか失礼なことを考えていないか?」
「なにも」
「む? なんだかいい匂いがするな。なんだこれは?」
適当に誤魔化すと、サフィーの興味は持参したポップコーンにと移ってくれた。
「爆裂コーンを調理して作ったポップコーンです。一口どうです?」
「いただこう」
勧めると、サフィーはひょいと一粒摘んで口に入れた。
「おお! 美味い! これは絶対に酒に合うぞ!」
一粒だけでは足りなくなったのか、サフィーは俺の手から革袋ごと奪ってしまう。
「ダメですよ、師匠! ちゃんと私の分も残しておいてください!」
そんなサフィーの暴挙が見過ごせなかったのか、ルミアが受付から身を乗り出して抗議する。
「その口ぶりからしてお前はもう食べただろ! 後はあたしの分だ!」
しかし、サフィーは抗議などなんのその。逃げるように奥の作業部屋へと入っていった。
「うう、作業のお供に食べるつもりだったのに……」
よっぽど楽しみにしていたのだろう、ルミアがシュンとする。
「安心してください。ポップコーンはまだまだありますから」
マジックバッグから追加でポップコーンの入った革袋を取り出すと、ルミアの表情はほころんだ。
●
「シュウさん! ポップコーンメーカーができましたよ!」
三日後。サフィーの店に訪れると、ルミアが笑顔で告げた。
傍らには見事なポップコーンメーカーがあった。
赤と黄で着色されたレトロなデザインが特徴的だ。
「あっ、車輪がついてる!」
「ワゴンタイプにした方が持ち運びや移動もしやすいかと思いまして付けちゃいました。取り外しもできますよ」
ポップコーンメーカーだけを持ち上げて、分離させてみせるルミア。
「すごく便利ですね! ありがとうございます!」
販売する時は屋台を借りようと思っていたが、ワゴンタイプになっているのなら必要なさそうだ。これを引っ張り、持っていくだけですぐに販売ができるだろう。
「ちなみにワゴンの内部は収納スペースになっていまして、こちらに食材やら食器やらを入れることができます」
「おお」
ワゴンの内部を開けてみると、そこには予備の鍋、塩、バターなどが置かれてあった。
「この透明な容器はなんですか?」
その中で気になったのは透明な長細いコップのようなものだ。
「スライムの皮を加工して作った使い捨てのコップです。ここにポップコーンを入れて販売しようかなと思いまして」
「なるほど!」
触ってみると、ツルツルとしており程々の強度があった。握りつぶすと、あっけなく潰れる感じ。
前世にあった使い捨てのプラスチック容器にとても近い。
他の料理で使うには少し強度が物足りないが、軽いポップコーンを入れるには十分だろう。
「こんな便利なものまで用意してもらって本当にありがとうございます」
木製のコップやお皿を使って返却してもらえればいい。なんて適当なことを考えていた自分が恥ずかしい。
「いえいえ、私が張り切ってしまっただけなので気にしないでください。それにスライムの皮もレインコートを作成した時にできた端材を再利用しているだけですから」
お礼を告げると、ルミアが照れくさそうに笑って謙遜する。
ちょっとした端材でこんなものが作れるなんて錬金術っていうのは本当にすごいな。
「動作の確認をしてもいいですか?」
「いいですよ!」
ポップコーンメーカーを作るに当たって、ルミアには爆裂コーンを与え、ポップコーンの作り方は教えてある。そうしないと動作の確認や耐久試験もできないからね。
ルミアは頷くと、収納スペースから爆裂コーンと調味料を取り出した。
「基本の操作は上にある三つのボタンで行います。右のボタンが点灯と保温。中央が内部にある鍋の加熱。左が混ぜ棒の回転となります」
説明しながらルミアが右側のボタンを押して、ライトをつけた。
この時に手を出し入れしたからといって火傷することもないようだ。
内部にある鍋に油を入れると、ボタンを操作して加熱と混ぜ棒の回転を開始。
「それから鍋に爆裂コーンを入れます」
鍋が十分に温まったところでルミアが塩と爆裂コーンを鍋に入れて蓋を閉じた。
すると、程なくして爆裂コーンが爆ぜだした。
そのタイミングでルミアはボタンを押して、加熱を切る。
たくさんの爆裂コーンを入れたからか内部での炸裂がとても激しい。
「炸裂した衝撃でガラスが壊れたりする可能性はありますか?」
「ポップコーンメーカーのガラスには、ガラスネズミの水晶を混ぜ込んでいるので通常のガラスよりも遥かに強度が高いです。ちょっとやそっとの衝撃では壊れることはありませんよ」
ルミアが自信満々の様子で胸を張る。
ガラスの耐久性を上げるとは聞いていたが、まさかガラスネズミの水晶を使っているとは思わなかった。
スタンニードルの実演のついでで採取した素材が思わぬところで役に立ったみたいだ。
ポップコーンとなった爆裂コーンが蓋の隙間から次々と溢れて、内部に落下していく。
「ポップコーンが降り積もる姿って見ていて楽しいですよね」
「わかります! 私もつい夢中になって見ちゃいます!」
ポップコーンメーカーのガラスに映り込んでいる二つの顔を見て、俺たちは思わず笑ってしまった。
「爆ぜるのが終わったら、固定している鍋を傾けて残っているポップコーンを落とします」
鍋に残っているポップコーンのすべて落とすと、ポップコーンメーカーの半分が埋め尽くされた。
たった一粒でこれだけ生産できると思うと、本当にコスパがいい。
ルミアの作ってくれた魔道具のお陰で調理も非常に楽だ。
「あとはお好みで味を調えるだけです」
ガラス扉を開き、スコップで豪快にポップコーンを混ぜるルミア。
混ぜ棒で攪拌できるとはいえ、これだけ大量だと完全な攪拌はできないからね。
ルミアは一粒食べて味見すると、少しだけ塩を加えて、再びスコップで混ぜた。
「どうぞ」
「いただきます」
スコップですくってくれた二粒のポップコーンを手の平に乗せて食べてみる。
「美味しいです! 味も問題ないですし、動作も想像していた以上の便利さです!」
「ありがとうございます! これならすぐに営業できそうですか?」
こちらを見上げるルミアの瞳は期待に満ちている。
今すぐにでもポップコーンの販売をやりたいようだ。
「ルミアさんさえよければ、今日か明日にでも……」
「では、今から行きましょう!」
食い気味に言ってくるルミアに苦笑しながら俺は頷いた。
新作はじめました。
『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
異世界でキャンピングカー生活を送る話です。
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