ガラルゴンの解体
食材を換金し、ガラルゴンを引き渡すと、空はすっかりと日が暮れていた。
ライラート家の庭園に広がる花々が、夕日に染まって日中とは違う色合いを見せている。
「すっかりと遅くなってしまったな。戻ってきたばかりなのに長々と拘束してすまない」
「いえ、これも仕事なので気にしないでください」
採取物の提出、説明、換金なども依頼を受けた冒険者の義務だからね。
「保護区の食材と、持ち帰ってくれた食材でディナーをしたいのだが、シュウ殿やフランに疲労が残っているのであれば、明日以降にもできるがいかがかな?」
などとこちらを気遣ってくれるアルトリウスだが、ガラルゴンに視線をやりながらソワソワとしている姿を見ると、今夜にでも食べたいことは一目瞭然だった。
そんな父親の姿を見て、フランリューレも苦笑している。
「ありがとうございます。では、今夜でお願いします」
「おお! 私としては嬉しいのだが、本当に二人は大丈夫なのか?」
「途中でクイーンアントの蜜とバイローンの肉を食べましたので、疲労はほとんどありません」
「むしろ、体力が有り余って仕方がないくらいですわね」
通常なら疲労で豪華なディナーは明日にと言うところだが、俺とフランリューレには食材のお陰で疲労がほとんどない。
「む? 私より先に食べているとはズルーー二人とも妙に元気だと思っていたが、そういうことだったのか。であれば、二人の言葉に甘えて今夜とさせてもらおう」
ズルいって言いかけたね。アルトリウスの口から漏れそうになった率直な感想はスルーしよう。
「ガラルゴンの解体にかかれ!」
俺たちが頷くと、アルトリウスはすぐに使用人たちに指示を出す。
すると、屋敷からコック服を纏った一団が出てきた。
手には大きな包丁、斧、鋸といった解体道具を手にしており、とても物騒な集団だ。
「彼らは?」
「ライラート家の料理人たちですわ」
指示を出しているアルトリウスの代わりに、傍にいるフランリューレが答えてくれる。
「料理人というより、今から討伐に向かう冒険者みたいですね」
「彼らの半数は食材をハンティングする冒険者ですので、シュウさんの推測は間違いではありませんわ」
料理人にしてはかなり体格が良く、ただならぬ雰囲気が出ていると思ったが、やはり冒険者だったらしい。
保護区に棲息する食材や魔物を調理するだけあって、通常の料理人とは違うスキルも求められるんだろうな。
料理人の一人がガラルゴンの氷を火魔法で溶かそうとする。
どうやら魔法も扱えるみたいだ。
しかし、魔法の出力が足りなかったのか、俺の氷を溶かすことはできなかったようだ。
何人かで合わせて火魔法を浴びせかけるが、俺がかけた氷魔法は一向に溶けることがない様子。魔法を使った料理人たちも途方に暮れているようだ。
「大丈夫かな?」
「尋常ではない魔力が込められていたので、シュウさんではないと溶かせないかと……」
フランリューレからそのように言われた俺は、自ら駆け寄って氷を溶かすことにした。
「フレイム」
料理人たちに離れてもらい、俺は火魔法の中級魔法を発動させる。
ガラルゴンを包んでいた氷は瞬く間に溶けていき、三分もしないうちに氷は消え去った。
「すげえな! 兄ちゃん!」
「こんなバカげた魔力を持った奴は初めてだ!」
「さすがはアルトリウス様が気に入った冒険者なだけはあるな!」
解凍を終えると、屈強な料理人たちが肩や背中をバシバシと叩いて褒めてくれる。
褒めてくれるのは嬉しいが、バシバシと叩いてくる一撃の重さが半端ない。
「恐縮です。解体の方は大丈夫ですか?」
「こいつを解体するのは初めてだが、俺たちだって料理人だ。まあ、任せてくれ」
解体の手伝いを申し出たが、料理人たちはやんわりと辞退した。
どうやら彼らには料理人としてのプライドがあるようだ。
遠目で観察していると、小柄な料理人の一人がガラルゴンの身体をペタペタと触って、指示を出していく。
指示に従って料理人たちがガラルゴンの長い尾羽を抜き、次に翼を肩から背中側に持ち上げるようにして肩関節を外す。
指示が的確だ。あの料理人は俺の鑑定スキルのようなものを持っているのかもしれない。
関節を外すと、大きな斧を持った料理人が刃先を入れて切り離そうとする。が、ガラルゴンの硬質な関節に弾かれてしまった。
料理人は身体強化を使い、斧に魔力を込めると、もう一度大きく振りかぶって刃先を関節に叩きつけた。
すると、ガラルゴンの関節は見事に断ち切られ、本体から右翼が分離された。
それと同時に料理人たちから野太い歓声が上がる。
苦戦するようであれば、俺が鑑定して解体の手順を教えようと思ったが、それは不要のようだ。
「初めて解体する魔物なのに見事ですね」
「はい。当家自慢の料理人たちですわ」
フランリューレが誇らしげな笑みを浮かべる中、俺はガラルゴンの解体を眺め続けた。
●
ガラルゴンの解体が終わると、料理人たちは食材を持って厨房へと引き上げた。
残った俺はアルトリウスと食材と素材の交渉し、必要な分の食材と素材をマジックバッグへと収納した。
「夕食ができ上がるまで少し時間がかる。それまではゆっくりと寛いでいてくれ」
「わかりました」
アルトリウスが屋敷に引っ込むと、ポツンと庭に俺だけが残された。
素材の交渉をしている間に、フランリューレはいなくなっているし、談笑をして時間を潰すこともできない。
「夕食までどうしよう?」
「湯浴みをされてはいかがでしょう?」
突然かけられた言葉に肩を震わせる。
ビックリして振り返ると、俺の世話をしてくれているメイドさんがいた。
どうやら気配を消して、ずっと控えてくれていたらしい。
確かに疲労は感じないものの、一日中採取していたので汗はかいている。
夕食を食べる前に身体を綺麗にしておくのがいいだろう。
「では、お言葉に甘えて湯船に入らせていただきます」
「かしこまりました。では、ご案内いたします」
屋敷に入ると、メイドさんに付いていって廊下を進んでいく。
すると、廊下の角からフランリューレが出てきたのだが、魔法学園の制服姿でもドレス姿でもなく、薄手の白のワンピースといった装いだ。
髪は解かれており、しっとりと濡れている様子から風呂上りだろう。
風呂上りの異性の姿にドキッとすると同時に、なんとも言えない気まずさも感じた。
「すみません。お恥ずかしいお姿をお見せいたしました。シュウさんもごゆっくりなさってくださいませ」
フランリューレは愛想のいい笑みを浮かべると、優雅に去っていった。
まったく動揺していないのかと思ったが、歩くスピードはいつも以上に速かった。
湯上りの姿を見られたのが恥ずかしかったのだろう。
微妙に気まずい時間を過ごしつつも、俺は浴場の前にたどり着いた。
脱衣所に入ってくると、後ろから気配を感じた。
「……どうして付いてくるんです?」
「シュウ様のお背中をお流ししようかと思いまして」
「そういうのは結構ですので」
「そうですか。では、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
丁重にお断りをすると、メイドさんは一礼をして脱衣所から出ていってくれた。
綺麗なメイドさんに背中を流してもらえるのは魅力的だけど、絶対に落ち着かないだろうな。お風呂に入るからには身体も心もゆっくりと休みたいからね。
そんなわけで一人になったことを確認した俺は、衣服を脱いで脱衣所の籠の中に入れる。
タオルは脱衣所に置いてあるタオルを拝借。
「うわっ、めちゃくちゃ手触りがいい……ッ!」
【トマリタオル 高品質】
トマリ川の上流域でのみ棲息しているガラル綿を使用している。
収穫は手摘みで行われ、繊維が傷むことなく、高品質な繊維の糸になるためシルクのような肌触りの良さが実現されている。通常の十倍の糸を利用して織っているために耐久性が高く、吸水性もとても高い。
贈答品としての人気があり、一枚で金貨三枚の値段がする。
気になって鑑定してみると、かなり高級なタオルのようだ。
「さすがは貴族の屋敷……備品にも抜かりがないな」
こういったところにも手を抜かないのが、お金持ちの流儀なのだろう。
備品の素晴らしさに感心しながら、俺は扉を開けて奥へ進んだ。
浴場に入ると、中央には大理石でできた大きな円形の湯船があった。
周囲にはいくつもの支柱が立っており、ステンドグラスでできた窓から鮮やかな色合いの光が差し込んでいた。
奥にあるたくましい男性像が抱える聖杯からお湯が絶え間なく流れている。
天井や壁からはぼんやりと魔道具の光が灯って、どこか静謐な空気を感じさせた。
湯船の数は少ないが、こういうシンプルな造りの湯船もいい。
先に端にある洗い場へ移動して、髪や身体を清める。
髪を洗って、身体を洗うためにタオルに石鹸を溶かす。
「すごい。泡立ちだ」
少し石鹸を溶かしただけでモコモコの泡が出来上がった。
石鹸もいいことは勿論だが、タオルの力が大きいのだろうな。
グランテルに帰ったら、高級タオルを買ってみるのもいいかもしれない。
などと考えながらモコモコの泡で皮脂などの汚れを落とすと、いざ湯船へ。
タオルを頭に乗せ、ゆっくりと身体を湯船に沈めていく。
温かなお湯が全身を包み込んだ。
「はあー……気持ちいい」
ため息のような言葉が漏れた。
クイーンアントの蜜を食べて疲労こそ回復したものの、筋肉の疲労は拭えていなかったのだろう。
過酷な運動によって緊張していた筋肉が弛緩していくのを感じる。体内の血管が開き、しっかりと血液が循環していく。
だだっ広い湯船に一人で浸かるのなんて何年ぶりだろう。
グランテルにも大衆浴場はあるが、こんなに大きな湯船はないし、一人で入るなんてできないからな。
大きな浴場を一人で贅沢に使う。これだけでもここにやってきた甲斐があるというものだ。




