巨大樹の覇者
宙を漂う羽を手に取って見ると、黒い羽だった。
まるで黒曜石を削ってナイフに加工したかのよう。迂闊に触れてしまえば、すっぱりと皮膚を切ってしまいそう。それほどに鋭利な羽が空から降ってきた。
……もしかして、敵は地上にではなく空にいる?
見上げた瞬間に太陽が消えた。
いや、正確には俺たちから太陽を覆い隠すようにして飛来してくる巨大な生物がいた。
力強い大きな翼に鋭く尖った嘴。
体は黒い甲殻に覆われており、首元からは白銀の体毛が生えている。
【ガラルゴン 危険度A】
黒い甲殻と美しい白銀の体毛に覆われた大怪鳥。
甲殻は非常に硬く、怒るほどに硬質化していく。
嘴の先端や鉤爪が非常に発達しており、敵を貫き、切り裂く武器と化す。
強い風の魔力を宿している。
戦闘を好む習性があり、ちょっとやそっとでは怯まず、相手が格上であろうとお構いなしに襲い掛かる。
戦いを求めて各地を放浪しており、滅多に遭遇することのない希少な魔物。
鑑定してみると、視界に魔物の情報が表示された。
魔物は地上にはおらず、空にいたんだ。
道理で索敵していたにもかかわらず、まったく反応がなかったわけだ。
「フランリューレさん!」
「はい!」
俺たちは互いに距離を取って散開。
すると、ガラルゴンは俺たちのいた場所を通り過ぎて、再び空へと舞い上がった。
「やっぱりいますよねー」
「な、なんですの? あの黒い鳥は!?」
「ガラルゴンという危険度Aの魔物だそうです」
「危険度A!?」
「落ち着いてください。危険度Aの魔物なんてどこにでも居ますよ」
「いませんから! 冒険者として活動していても生涯に一度会うか会わないかといったレベルですのよ!?」
おかしいな? 俺は一年も経過しないうちに何度も遭遇しているのだが。
やっぱり、俺の運はおかしい気がする。
こんな希少な魔物と遭遇するよりも、もっと希少な素材と遭遇する確率を上げてほしいものだ。
「ひとまず、ここは一旦引きましょう」
「そうしたいところですが、そうはさせてくれないようですね」
俺たちが撤退しようとする動きを見せると、ガラルゴンは大きく翼をはためかせた。
すると、翼から鋭利な羽が射出され、退路を塞ぐように地面に突き刺さった。
「仮に降りることができても、ガラルゴンはどこまでも追いかけてくるでしょう」
空を飛ぶことができ、機動性が高いガラルゴンの攻撃を避けながら巨大樹を降りていくのは不可能だ。
「ガラルゴンを撃退して逃げるか、討伐して実を採取するしかありません」
「ええ、わたくしも覚悟を決めて戦いますわ」
状況を理解したようでフランリューレが杖を手にして、力強く頷いた。
「フランリューレさんは魔法で支援をお願いいたします。くれぐれも前に出たり、大きく注意を惹くような真似は控えてください」
「それは承服しかねますわ。同行したいと頼んでおきながら後ろで隠れているのは性分に合いませんもの」
素直な返事がくると思い込んでいた俺はフランリューレの言葉を聞いてずっこけそうになった。
どうして俺の身の回りにいる女性は、こうも勇ましいのだろう。
「えー? フランリューレさんに何かあるとアルトリウス様に俺が怒られるんですが……」
「ですから今回も守ってくださると期待していますわよ?」
信頼するような笑みを向けてくるフランリューレ。
そんな風に言われては隠れていろなんて言えないな。
フランリューレは、俺にはできない繊細な魔法操作ができる。
今回の戦闘でも彼女の魔法や機転に期待するとしよう。
見上げると、ガラルゴンは上空を優雅に旋回している。
猛禽類のような鋭い瞳は、しっかりと俺たちを見据えていた。
「完全な飛行タイプのようですわね」
「有効打を与えるには動きを止めるか地上に引きずり下ろすことでしょうが、それが一番難しそうです」
高スピードで自在に飛び回られては、魔法を放っても躱されてしまう、
なんとかしてあの機動力を奪わなければいけない。
観察していると、さきに動いたのはガラルゴンだ。
「キエエエエエエッ!」
つんざくような咆哮が上がると同時に、翼から羽が射出された。
ただの羽であれば、何も問題はないが、ガラルゴンの羽は一つ一つがナイフのように鋭い。
それがかなり広範囲で雨のように降り注いでくる。
まともに浴びれば、身体がズタズタになるのは間違いない。
走って回避すると、俺のすぐ後ろを漆黒のナイフが突き刺さった。
そのまま走り続けると、ガラルゴンも追尾するように飛んで羽を飛ばしてくる。
「うわっ! 空から一方的に攻撃してくるなんてズルい!」
「ウインド!」
走りながらどうやって反撃するべきか考えていると、フランリューレが風魔法を放った。
横から激しく吹き付けた風で、射出されたガラルゴンの羽の軌道が大きく逸れた。
「今だ! アイスピラー!」
こちらに攻撃がこない隙に、すかさず氷魔法を発動。
射出されたいくつもの氷柱はガラルゴンの身体に直撃したが、黒い甲殻に阻まれて貫くことはなかった。
「硬いな!」
速度を優先したせいで威力が低めだったとはいえ想定外だ。
よく見れば甲殻には白く傷がついているが、それだけだ。とても有効打とはいえないな。
続けて氷柱を放つと、ガラルゴンは高度を上げて華麗に回避。
追いかけるように氷柱を飛ばしてみるが、相手はドンドンと遠くに浮かび上がって小さくなってしまう。
「やっぱり、空に逃げられるとまるで当たらないな……」
「魔法は距離が遠くなればなるほど威力や速度が減衰いたしますし、物理的に距離が開くと発動イメージも困難になりますから」
傍にやってきたフランリューレが教えてくれる。
俺も独学でやってはいるので何となくそう思っていたのが、やはりそういう理屈があるようだ。
「それにしても、シュウさんの魔法でも貫くことができないとは、かなり丈夫な甲殻に覆われているようですわね」
「もう少し魔力を込めれば貫けるかもしれませんが、そこまで溜めた魔法を当てるのが難しいです」
「ですわね。今の一撃でガラルゴンもかなりシュウさんを警戒しているようですし」
大空を旋回しているガラルゴンの瞳は、しっかりと俺にフォーカスされている。
「うわー、めちゃくちゃ俺を見てる」
今の一撃でガラルゴンに大きな警戒心を抱かせてしまったのだろう。
しまったな。半端に攻撃をするんじゃなくて、ここぞとばかりに全力の魔法を放つべきだったかもしれない。
そうすれば、不意を打つことで致命傷を与えられた可能性が高かった。
だけど、それは過ぎてしまったことだ。悔やんでも仕方がない。
「なんとかして動きを止めないと……」
「シュウさん、音光球はありますか? あれを使えば、ガラルゴンの動きを止められるかもしれません!」
「そうですね! まだいくつか残っているので使ってみましょう!」
そうだ。レッドドラゴンと戦った時も、音光球を使って動きを止めることができた。
上手くいけば前みたいに地上に引きずり下ろせるかもしれない。
「わたくしが投げますので、動きが止まったところで攻撃をお願いしますわ!」
「わかりました!」
素早く耳栓をつけ、サングラスを装着。
フランリューレに音光球を渡すと、俺たちはガラルゴンを迎え撃つ態勢へ。
しばらく待っていると、ガラルゴンが大きく旋回し、急降下。
位置エネルギーを利用するように突進してくる。
「いきますわ!」
俺たちの正面にガラルゴンがやってきたところで、フランリューレが音光球を投げた。
ガラルゴンは咄嗟に軌道を逸らすことで音光球を回避しようとする。
衝撃が加わらないと音光球は発動せずに不発となってしまう。
「ショック」
しかし、フランリューレはそれを読んでいたのか、衝撃波を飛ばすことで音光球を破裂させた。
衝撃が加わり、激しい閃光と轟音が響き渡る。
眼球の近くで炸裂したわけではないが、ガラルゴンはしっかりと音光球を目視していた。
閃光と轟音の波状攻撃で視界を奪われ、聴覚を失っているに違いない。
「キエエエエエエエエエエエエエッ!」
「なっ!」
魔法を展開しながらそう確信していたが、視界に移るガラルゴンはまったく動じていなかった。
俺は慌てて魔法を中段し、フランリューレを抱えながら横に飛び込む。
俺たちの頭上を大きな翼が越えていった。
遅れて激しい突風に見舞われ、身体が持っていかれそうになるが何とか踏ん張って堪えた。
顔を上げると、そそり立っていた蔓がガラルゴンの翼によって綺麗に切断されていた。
強靭な甲殻に覆われている翼は、巨大な剣のような切れ味を誇るようだ。
あれだけの質量+位置エネルギーを乗せた落下攻撃。元から直撃すれば、タダでは済まないと思っていたが、予想以上の威力を秘めているらしい。
「フランリューレさん、大丈夫ですか?」
「え、ええ。お陰様で。それにしても、音光球が効かなかったのでしょう? もしくは起爆のタイミングがずれて、外してしまったのでしょうか?」
「いえ、しっかりと当たっていましたし、効いていたとは思います」
空中に上がったガラルゴンは普通に飛んではいるが、鬱陶しそうに顔を振り払って暴れている。すぐに俺たちに攻撃を仕掛けてくる様子もないので、音光球が一応は効果があったはずだ。
「では、なぜ?」
「食らいながらも我慢して突っ込んできたんだと思います。鑑定スキルでは、ガラルゴンはかなり闘争心が高く、ちょっとやそっとでは怯まないと記述されていたので」
「どれだけ狂暴なんですの……」
俺の推測を聞いて、フランリューレが呻く。
「とはいえ、動きが鈍っている今がチャンスです!」
空でもがいているガラルゴンめがけて、俺は氷柱を連続で射出する。
フランリューレも雷の矢を生成して飛ばしていく。
すると、いくつかの魔法がヒットしてガラルゴンの甲殻を削っていく。
視界不良と聴覚が一時的に遮断されているからだろう。
だが、当たったのは初弾だけで、続けて撃ち込んだ魔法は回避されてしまった。
新作はじめました!
『スキルツリーの解錠者~A級パーティーを追放されたので【解錠&施錠】を活かして、S級冒険者を目指す~』
https://book1.adouzi.eu.org/n2693io/
自信のスキルツリーを解錠してスキルを獲得したり、相手のスキルを施錠して無効化できたりしちゃう異世界冒険譚です。




