せっかちと心配性
書籍1巻とコミック1巻発売中です。
電子版もありますので。
長であるゲイルの家で泊めてもらった俺とルミアは、翌日の早朝に帰還することにした。
大半のダークエルフは昨夜にハメを外し過ぎたらしく寝込んでいる。
見送りにきてくれたのは長であるゲイル、その娘であるレイルーシカと一部のダークエルフたちだ。
盛大に見送られるのも何だか恥ずかしいので、これくらいの少人数くらいが落ち着く。
「もう帰ってしまうのだな」
馬車に乗り込んだ俺たちをレイルーシカが名残惜しそうに見る。
たった一日、行動を共にしただけだが、共に採取に励み、命を預けて戦うといった濃密な体験をしたからか短い時間とは思えないほどの絆が出来た気がした。
もう少し彼女やダークエルフたちのことを知りたい気持ちもあるが、残念ながらそうはいかない。
「もう少し滞在したかったのですが、生憎とせっかちな依頼人がいるので……」
「クラウスさんのことですね」
当たりをつけて笑うルミアであるが、彼女の保護者もそれに含む。
あの飄々とした錬金術師は弟子のことになると、かなり過保護だ。
放電球などという自らの魔法を込めたアイテムなんて持たせていることから、その心配度は容易に推し量れた。
きっと、ルミアが無事で帰還することを待ちわびているに違いない。
「そうだったな。二人は冒険者で依頼の途中だったな。だとしたら、あまり引き留めるのは良くないな。ルミア、シュウ、とても世話になった」
「いえいえ、こちらこそレイルーシカさんのお陰で助かりましたよ。お互い様です」
「また機会があれば、立ち寄らせてください。その時はゆっくり採取をしましょう」
「ああ、二人ならいつでも大歓迎だ。その時が来るのを心から楽しみにしている」
レイルーシカと別れの言葉を交わすと、俺は馬車をゆっくりと動かす。
レイルーシカを始めとするダークエルフたちは、俺たちが見えなくなるまで手を振って見送り続けてくれた。
「さて、グランテルに戻りましょうか」
「はい!」
●
レイルーシカの集落から北へ進むこと一週間。
俺たちはグランテルに戻ってくることができた。
城門をくぐると懐かしい民家と石畳で整備された地面が見える。
期間にして二週間と少しほど留守にしていたが、それだけで懐かしく感じた。
戻ってきてホッとするということは、それだけ俺にとってここが居場所だと感じているのだろう。
レンタルした馬車を返すと、先にルミアを店に送り届けることにした。
クラウスへの納品は後でもいいだろう。今は彼女を無事に返してあげることを優先だ。
広場から西に向かって歩くと、サフィーの店が見えてきた。
外の窓から店内を見ると、サフィーが受付で退屈そうに座っていた。
指でテーブルをトントンと叩いており、どことなく落ち着きがない。
多分、俺たちがそろそろ帰ってくる頃だと当たりをつけて待ちかねているのだろう。
「サフィーさんが受付に座っている姿って違和感しかないですね」
「ですね」
いつも店番や接客はルミアに任せて作業場で調合しているか、二階で寝ているかだからな。
クスリと笑いながらドアを開けると、サフィーが立ち上がった。
「おお、ルミア。ようやく帰ってきたか。これで煩わしい雑事から解放される」
「もう、師匠。帰ってきて一言目がそれですか?」
相変わらずなサフィーの言葉であるが、その表情には確かな安堵のようなものが見えた。
先ほど伺った時よりも表情が随分と柔らかくなっている。
「って、師匠。なんですか、この無茶苦茶な陳列は!?」
ルミアもお店に帰ってきてリラックスかと思いきや、店の様子を見てギョッとした声を上げた。
「む? そんなにおかしいか?」
「ちゃんと種類事に並べているんですよ? バラバラに置かないでくださいよ!」
言われて見てみると、陳列棚に置かれている商品がバラバラだ。
回復ポーションのすぐ隣に怪力ポーションが置かれており、その隣にまた回復ポーションがあったりして色々と混ざっている。
液体の色が違うので間違うことはないと思うが、これでは誤って手に取ってしまう可能性もあるし、何より見にくくてしょうがなかった。
「……そうか。それは知らなかった」
「師匠は工房長なんですからちゃんと把握してください。それにこんな高いところにポーションを並べて、もしお客様が誤って落としたらどうするんですか」
「その時は器物破損で客にポーション代と清掃料金を請求する」
「そんな酷い商売はダメです! もう、師匠ってば……」
この二週間、サフィーだけでお店を経営していたようだが、ルミアがいない間にとんでもないことになっているよう。
マスタークラスの錬金術師は店舗経営が苦手みたいだ。
将来、ルミアがいなくなってしまった時に、このお店が経営できるのか少し心配だ。
「シュウ君、湿地帯での採取はどうだったかね?」
これ以上の叱責を回避するべく、サフィーがわざとらしく会話を振ってくる。
「サフィーさんとルミアさんの作ってくれたアイテムのお陰で、とても行動が楽でしたよ」
ブラックスライムの手袋、ケース、スライム靴、レインコートといったアイテムは沼地でとても役立ってくれた。
あれらがなければ沼地での採取は手間取り、もっと時間がかかっていたかもしれない。
「そうかそうか。役に立ってくれたのなら良かった」
「いつもありがとうございます、サフィーさん」
「いやいや、シュウ君にはルミアの面倒を見てもらっているからね。これくらいの援助は当然さ」
サフィーはマスタークラスの錬金術師だ。
そんな凄腕の彼女からサポートを受けて冒険できている俺は、紛れもない幸福者だろう。
「湿地帯でのルミアの様子はどうだったかね? シュウ君の足を引っ張ったりしていなかったか?」
「足手まといなんてとんでもない。適切な応急手当やアイテムによる援護などでとても助けられましたよ」
湿地帯でのルミアの活躍を語ると、彼女は照れ臭そうにし、サフィーは安心したように頷いていた。
「それなら一安心だ。ところで、ルミア。毒性素材の採取は無事にできたか?」
「はい、シュウさん。お願いします」
ルミアにお願いされて、俺はマジックバッグから毒性素材の数々を取り出す。
毒沼蛙の毒袋、ドクドクキノコ、タラントの毒棘、カイシードルの毒針、エオスの毒牙、毒サボテングタケなどなど。
「おお、これは想像以上の数だ。これだけあれば毒に関する知識を多く得られるだろう。ふむふむ、毒性素材の他にも色々な素材がある――なぁっ!?」
テーブルの上に並べられた素材を観察していたサフィーが、途中で素っ頓狂な声を上げた。
「シュウ君! これはひょっとしてゲイノースの素材ではないか!?」
「あっ、はい。沼地を調査していたら襲われたので討伐しました」
「幻とも言われる魔物と遭遇するなんて、本当に君はついているのかついていないのか……」
「間違いなくついてない方ですよ」
俺はのんびりと素材を採取していたいだけなんだ。
それなのに物騒な魔物と毎度遭遇してしまうのはどうしてだろう。
自分では認識できないだけで、悪運スキルとかついているんじゃないだろうか。
「それにしても素晴らしい。ゲイノースはその特別な生態から討伐はおろか、発見することさえ困難だ。市場に出回るのは百年に一度あるかないかという伝説の素材だ。こ、これも貰っていいのか!?」
「はい、討伐にはルミアさんも力になってくれたので」
俺だけの力で討伐したわけではないので、勿論ルミアにも受け取る権利はある。
帰りの場所で素材の分配についても話し合っているので、それについては問題ない。
「うっひょー! やったぞ!」
「し、師匠。興奮するのはわかりますがシュウさんがいますので……」
興奮のあまり人間としての言葉を失いつつあるサフィーをルミアが宥める。
素材を手に入れた時は、ルミアもかなり大はしゃぎしていたが、時間が経過して今はかなり落ち着いていた。
なんだかんだと錬金素材で大喜びする二人は似た者同士だ。
「それでゲイノースのもう一つの素材なのですが、これってサフィーさん的にも欲しいですか?」
「欲しい」
ゲイノースの眼球が入ったケースを置くと、サフィーは即座に返事した。
「シュウ君にはこれがどれだけ貴重な素材かわかるだろう? ゲイノースの眼球はあらゆるポーションの触媒となり得、上級のさらなる上の特化ポーションをも作れる素材なんだ。これはかなり欲しい」
ぐいっとこちらに近づいたサフィーは、かなり熱意のこもった口調で語りかけてくる。
「ですよね。でも、これって薬のいい触媒にもなるらしくて、依頼人であるクラウスも欲しがりそうなんですよね」
「クラウスの依頼でゲイノースの素材は指定されていたか?」
「いえ、正式に指定はされていません。ですが、他にいい毒性素材があれば売って欲しいとは言われています」
さすがにクラウスといえど、このような魔物の素材と採ってこいなどという鬼畜ではない。
「……ふむ、それならば交渉の余地があるな。よし、今からクラウスのところに行くぞ」
「ええ? 今からですか!?」
「当然だ。早く行くぞ!」




