沼キノコ
『異世界のんびり素材採取生活』の小説2巻が7月13日発売です。同時にコミック1巻も発売。
小説とコミックにはそれぞれ一万文字以上の書き下ろしストーリーがあります。
コミックには『転生して田舎でスローライフをおくりたい』のアルフリートの前世と蘇材集のストーリーが収録されています〜。
「こんなところにキノコがありますよ!」
レイルーシカから貰った白銀水晶を眺めていると、ルミアからそんな声が。
視線をやると洞窟の壁の上にいる。
「む? そんなところどうやって登ったんだ?」
「横側に蔦が生えていましたのでそれを使いました」
ルミアの説明を聞いて、壁際に移動。横側を眺めてみると蔦が生えていた。
やや細いように見えるが引っ張ってみると、意外としっかりしてる様子だった。
「こんなところから登れるとは知らなかった。よく見つけたな」
「えへへ、ここにある空間が気になりまして」
どうやら長年暮らしているレイルーシカも登れるとは知らなかったようだ。
「ところで生えているのはどんなキノコなんだ?」
「灰色のキノコです。なんだかとても湿ってます」
「湿った灰色のキノコ? 心当たりがないな?」
「シュウさんならわかりますか?」
「調べてみましょう」
調べるにも毒性素材の可能性もある。迂闊に触れるよりも鑑定スキルを持っている俺が調べるのが確実で安全だ。
了承して蔦を登ろうとしてはたと気付く。
真上で今か今かと待っているルミアのスカートの角度が際どいことに。
しかし、男である俺がそれを指摘しづらい。セクハラとかになりそうだ。
「シュウさん……?」
いつまでも登らない俺を見て、ルミアが小首を傾げる。
「ルミア、その場所にずっといられるとシュウも登りづらいと思うぞ?」
「あっ、そうですね。すみません」
レイルーシカの指摘を受けて、素直に奥に引っ込むルミア。
その反応からして、スカートの角度云々には気付いておらず純粋に場所を空けただけのようだ。
気付いていないのであれば無理に指摘して空気を悪くする必要はない。
レイルーシカに視線でお礼を言って、俺は蔦を登っていった。
四メートルほどの登ると、壁と天井までのぽっかりとした場所が空いており、そこには灰色のキノコがたくさん生えていた。
そのほとんどは天井から滴り落ちる水に浸ってしまっているが大丈夫なのだろうか?
【沼キノコ】
テラフィオス湿地帯に群生しているキノコ。
常に水気を帯びており、そのまま食べてもあまり美味しくない。
乾燥させると、従来のキノコよりも旨みが増す。
鑑定してみると食用のキノコだった。
「沼キノコという食用のキノコです。毒性はなく、触っても問題はないようです」
「水に浸ってないものもぐっしょりと水気を帯びていますね」
かなりの水気を帯びているらしく絞ったら水が出てきそうなほどだ。
確かにこれは乾燥させてから食べた方が美味しそうだ。
「なに! 食用のキノコか!」
俺の説明を聞いて、レイルーシカも急いで蔦を登ってくる。
軽い身のこなしでやってくると沼キノコを眺めた。
「これはそのまま食べても美味いのか?」
「いえ、そのままでは美味しくなく、一度乾燥させてから食べるととても美味しくなるようです」
「本当か!? この辺りは雨と湿気のせいで乾燥させるのは難しいが、それでも僅かな晴れ間にでも干せば貴重な保存食になるな」
沼キノコを眺めて興奮した面持ちのレイルーシカ。
「とても嬉しそうですね」
「沼地では食べられる食材が少ないからな。食べられるものが少しでも増えるのは喜ばしいことだ。集落の生活が豊かになる」
この辺りに住む魔物や動物は一癖も二癖もある上に、毒性素材も多い。
新しい食用の素材を見つけるのも一苦労だろう。
「俺には鑑定スキルがあるので気になるものがあれば、何でも聞いてください。力になりますから」
「ありがとう、シュウ。シュウの鑑定はかなり正確なので素直に頼らせてもらおう」
「気になったんですが、他の人の鑑定ではどれだけ情報が出てくるんですかね?」
これまで生活していて気になっていることがある。
それは世間一般的な鑑定スキルの情報量。
どうやら俺の鑑定スキルはより多くの情報を読み取れるみたいだが、他の人はどうなんだろう?
「集落にいる鑑定持ちでは、シュウほど詳細な情報は出てこないな。精々が名称と毒があるかないかと言った程度だ」
「師匠が言うには、スキルの習熟度によって情報量が変わるのだとか……」
「なるほど、やっぱりそうなんですね」
俺の場合かなり積極的に素材を鑑定しているので他人よりも習熟している可能性もあるが、一番は神様から貰ったということだろう。
「怪しい素材であればスキルに自信がなければ採取しないのが一番だが、シュウなら問題ないだろう」
「ですね」
「ありがとうございます」
なにはともあれ、二人から信頼してもらっているのは素直に嬉しい。
そういえば、ギルド職員であるラビスも鑑定スキル持ちだったな。
今度、同じ素材を鑑定してみて、どれだけ情報が出てくるか確かめ合っても面白いかもしれない。
●
洞窟にある素材を採取し、レイルーシカが持ってきた素材を鑑定しながら進むことしばらく。洞窟の出口が見えてきた。
薄暗い洞窟の中にいたせいか、外から差し込んでくる光が眩しく感じられる。
「あっ! 雨が上がっていますね!」
目を細めながら出口にやってくると、外はすっかりと晴れていた。
どんよりとした雨雲が流れ、綺麗な青い空が顔を覗かせている。
「ここの天気は変わりやすいので保障はできないが、この様子なら少しは快適に歩けそうだ」
レイルーシカの見立てでは、少なくともすぐに雨が降る可能性は低いとのこと。
「なら外を探索しましょうか」
「ああ、ちょうどこの先にタラントが棲息しているはずだ」
洞窟を探索している間に雨が上がってくれたみたいなので、当初の予定通り俺たちは外に出てタラントを探すことにする。
かなりの雨が降り注いだから、地面はかなりぬかるんでいた。
歩く度にパシャパシャと水を弾く音がする。
スライム靴を履いていなければ、きっとすぐに水浸しになって、足をとられることになっていただろう。
クラウスやサフィーの指名していた毒性素材はあと一つだ。
タラントの毒棘さえ採取でいれば、とりあえず依頼は達成ということになるだろう。
あと少しであるがしっかりと気を引き締めないとな。
周囲の様子を伺うために、俺は魔石調査を発動。
半径五十メートル以内にはいくつかの沼蛙、シザーズらしきシルエットが見えた。
その中で気になったのは前方に見える茂みらしきものに魔石反応があることだ。
確かタラントは植物型の魔物だと聞いた。
もしかしたら、あれがタラントなのかもしれない。
「レイルーシカさん、あの茂みって……」
「おお、タラントだ! よく見つけたな!」
俺の指さした茂みを注視すると、レイルーシカがきっぱりと告げた。
どうやらあれがタラントであっていたようだ。
「遠くから見てみると、普通の茂みにしか見えませんね」
普通はそうだよな。俺もスキルがなければ、すぐに判別することはできないだろう。
周囲を警戒しながら三人して近づいてみる。
【タラント 危険度C】
テラフィオス湿地帯に棲息する植物型の魔物。
木や茂みに擬態し、獲物が近づいてきたところで絡めとる。
移動速度が遅いものの僅かに移動することができる。
枝には毒棘があり、食らうと三日間は昏倒することになる。
お酒に非常に弱く、酔うと活動が極端に鈍くなる。
鑑定してみると、タラントの詳細な情報が出てきた。
擬態して獲物をおびき寄せ、毒棘で一刺しという凶悪な魔物のようだ。
何も気付かずに近づいてしまえば、恐ろしいことこの上ないが気付くことさえできれば脅威ではなさそうだ。




