嫌な予感
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マグマレスの関門を突破した俺たちは、事前に共有していたルートを通って下山していく。
最短ルートで降りるのではなく、迂回したルートだ。
広い洞窟内部を大人数で移動すると、多くの魔物に囲まれる可能性が高いからな。
卵の安全を最優先として、時間はかかるが確実に進めるルートを選択だ。
フランリューレたちならば、迂回ルートまでしっかりと覚えているかもしれないが、一番熟知しているのは俺なので先頭に立って進んでいく。
「アレクさん、卵は重くないですか?」
「大丈夫だ。身体は鍛えている方だからな。これくらいじゃ音を上げねえよ!」
ヴォルケノスの卵は中々に重いのだが、アレクの体力は問題ないようだ。
俺と違って前衛もこなす剣士なので、しっかりと鍛えているんだな。
俺ももう少し見習って鍛えた方がいいかもしれない。
「それは心強いです。この先、少し道幅が狭く、足場が悪くなるので注意してくださいね」
「おう、わかったぜ!」
「……もし、転んで落としでもしたら……」
「落としたら何だよ!? 言わねえのが逆に怖え!」
ネルネのジットリとした視線は中々にプレッシャーがあるな。
アレクの悲鳴を聞いて、朗らかな笑い声が上がる。
少し気が抜けているように見えるが、多少の精神の休憩は必要だ。人間、ずっと集中し続けられるわけでもないしな。
洞窟内部は徐々に道幅が狭くなり、足場が悪くなってくる。
卵を持っているアレクに合わせて速度を落とすが着実に進む。
アレクが転ばないようにギールスたちが手を貸しているのをしり目に、俺は周囲の警戒に集中。
すると、この先に魔物が二体いるのがわかった。
【ヘルスコーピオン 危険度C】
火山や砂漠に生息するサソリ型の魔物。丈夫な甲殻に覆われており、尻尾には強い神経毒がある。致死性のある毒ではないが、刺されるとしばらくは身体が動かなくなる。
フランリューレたちがマグマゴーレムと戦っている時に襲ってきた魔物だ。
あの時はすぐに氷漬けにしてやったので知らなかったが、麻痺毒を持っている魔物らしい。
「正面にヘルスコーピオンがいるので迎撃します」
道幅が三メートル程度しかない遮蔽物のない道だ。それだったら倒してしまう方が早い。
ヘルスコーピオンもこちらに気付いたのか、細長い脚を素早く動かしながら接近してくる。
意外と素早いのが少し気持ち悪い。俺は遠慮なくブリザードを放ち、二体を凍らせた。
「さすがシュウさんですわね」
「道は狭いですけど、魔法使いがいれば迎撃も容易いですから」
「……それはシュウさんの感知があってこそだから」
まあ、確かに薄暗い中で先に魔物を感知するのは難しいだろうな。このような不利な環境でも活躍してくれる調査スキルに感謝だ。
そんな風に魔物を先んじて発見して迎撃し、時に迂回しながら進んでいくと日の光が差し込んできた。
「おっ! 光が見えたぜ!」
「火山の外縁部に出ます」
予定していたマッピングルートを通っているので慌てる必要はない。
「うおおおおっ! すげえ!」
「こんな風に一望できる場所があったのですね。素晴らしいです」
「……綺麗」
「風が気持ちいいな」
外縁部から見下ろすことのできる風景を見て、アレクたちが驚嘆の声を上げる。
俺もマッピングしなかったらこんな場所を見つけることはできなかった。
肌が焼けるような熱気が漂うレディオ火山では、誰もマッピングしようなどとは思わないだろうな。
気持ちのいい外の風が吹き込んでくる。
冷気に覆われていたとはいえ、籠る熱気にずっと晒されていたからな。天然の風がとても有難く思える。
「この辺りで少し休憩しましょう」
道幅も狭く、足場も悪いがここなら魔物がやってくることはない。
籠るような熱気もなく、いい景色を眺めながら十分に休むことができる。
「そうですわね、ここで水分などを補給いたしましょう」
「だはあ、疲れたぁっ!」
フランリューレが頷くと、アレクが卵を下ろして座り込んだ。
「……鍛えてるんじゃなかったの?」
「そんなこと言うんならネルネが持てよ! これ結構重いんだからな!?」
「……私は華奢な乙女だから無理」
抑揚のない乙女らしからぬ声で否定するネルネ。
この中で一番体力があって身体能力が高いのはアレクなので、彼に引き続き頑張ってもらうのがいいだろう。
湧き水筒で水分を補給し、塩を舐めていると、フランリューレがスンスンと鼻を鳴らした。
「なんだか妙な香りが……?」
「毒性のあるガスとか?」
立ち上がったギールスの言葉に、他の三人もギョッとしていた。
「硫化水素ガスですね。独特な刺激臭と毒性がありますが、この濃度であれば人体に影響はありませんよ」
「そ、そうですのね。安心いたしましたわ」
「なーんだ。特に問題ねえのか。ギールスが毒とか言うから焦ったぜ」
説明してあげるとアレクとネルネは安心していた。
だが、どことなくフランリューレとギールスは不安そうだ。
火山ガスを吸い続けていつの間にか死んでいたというのはたまに聞く話だ。
俺の口から安全性を聞いたとはいえ、不安に思ってしまうのも無理はない。
俺は前世の知識があるし、鑑定で安全性をしっかり知っているからな。
「とはいえ、気になるでしょうから風魔法で散らしておきますね」
「ありがとうございますわ」
危険はないとはいえ、慣れない人からすれば気になる匂いだ。
風魔法でガスを散らしてあげると、フランリューレとギールスはホッとした表情を浮かべた。
この奥には天然の温泉や美肌効果のある泥温泉もあるんだけど、店主にあまり言い触らさないようにと言われているしな。
どちらにせよ温泉にゆっくりと浸かって休憩する暇もないので、俺は何も言わずに景色を眺めるだけにした。
◆
休憩を終えると、俺たちは外縁部から再び洞窟に入って下山していく。
「……シュウさん、後どれくらい?」
細い道を突き進む中、ネルネが疲労を滲ませる声で尋ねてくる。
「次の大広間を抜ければすぐですよ」
「それならもうひと踏ん張りですわね!」
次の大広間を抜ければ火山から出られると知って、メンタルを持ち直してきたようだ。
フランリューレたちの顔色がみるみる内に良くなってくる。
人間、到達地点がしっかりとわかれば頑張れるものだ。
緩慢になっていた足が自然と早くなって、細道を突き抜ける。
すると、大広間に出てきた。そこでは端の方でラゾーナが寝転がっている程度。
障害となるマグマもほとんど流れておらず、洞窟内の温度も大分優しい。
頂上部に比べるととても平和な場所だ。
「見たところ大した魔物はいませんわね」
「へへ、ここまでくればヴォルケノスももう襲ってこれねえだろ」
あまりの平和さに気が緩んだのかフランリューレとアレクがそのようなことを言った。
それは所謂、お約束的な言葉でその台詞を漏らすと、不思議と痛い目に遭ってしまうのが定番だ。
非常に嫌な予感がしたので俺は周囲に敵影が見えずとも、調査スキルで念入りに索敵。
すると、地中に巨大なシルエットが見え、それが一直線にこちらに近付いていた。
「皆さん、走ってください!」
「な、なんですの?」
「わからん! とにかく走れ!」
「なんだなんだ!?」
俺が走りながら叫ぶと、フランリューレたちも戸惑いながら付いてくる。
地面が大きく揺れると、徐々にそこに亀裂が入りマグマが吹き出す。
土が限界まで隆起すると、そこから弾けるようにヴォルケノスが飛び出してきた。
「ギャオオオオッ!」
「ヴォルケノスですって!?」
「巣から潜ってここまでやって来たって言うのかよ!?」
恐らく、卵を奪われたことに気付いて下層に先回りしたのだろう。
レディオ火山を下山する以上、この大広間は絶対に通らなければいけない。それがわかっていて、この辺りでヴォルケノスは網を張っていたんだ。
巣からここまでかなり距離があるが、地中を掘り進めるヴォルケノスからすれば大したことのない距離。事前に調査で察知していなければ吹き飛ばされているところだった。
「走ってください! あそこの細い通路まで行けばヴォルケノスは入ってこれません!」
「ほら、アレク! 速く行ってくださいませ!」
「走れアレク!」
「……速く速く速く速く速く」
「うるせえ、わかってらあ! あと、ネルネの声がガチ過ぎて怖え!」
俺の意図を理解してくれていたのかフランリューレたちが一目散に駆け出す。
既に大広間の中央を通り過ぎて走っているので、出口まではもう少し。
全力疾走すれば余裕で間に合うのだが、卵を抱えているアレクがいるのでギリギリっぽい。
「ギャオオオオッ!」
「うおわあああああっ! ヤバいヤバイ! ヴォルケノスがすぐ後ろにいるって!」
後方ではヴォルケノスがドタバタと足を動かして近付いてきている。
すぐ後ろにヴォルケノスがいるとか怖い。
「サンダーアロー!」
「ストーンバレット!」
フランリューレとギールスが振り向き様に魔法を放つ――が、ヴォルケノスはビクともしていない。まさに重戦車。
「ひえええ、無理ですの! 魔物の格が違いますわ!」
「無理だ!」
これにはフランリューレたちの心が折れ、時間稼ぎを諦めて走るのに専念。
「うおおおおおおおお!」
アレクもここが踏ん張りどころとわかっているのか、今日一番の運搬スピードを見せる。
ネルネは彼の後ろにピッタリと張り付いて、ブツブツとプレッシャーをかけていた。
そして、アレクが真っ先に細道に入り込み、ネルネ、フランリューレ、ギールスも入っていく。残っているのは最後尾である俺だけ。
「シュウさん!」
「ギャオオオオッ!」
すぐ後ろでは、ヴォルケノスが大きな口を開けて噛みついてくる。
俺はモンモンハンターの緊急回避のように思いっきり身体を投げ出す。
「どわっ!」
受け身すら考えない飛び込みのお陰で細道に入ることができ、背後でガチンと歯が噛み合わさるようなおっかない音がした。
すると、細道を覗き込むヴォルケノスが大きく口を開けて火の粉を散らし出す。
何をしようとしているかわかった俺は、立ち上がってすぐに魔法を発動。
「ブリザード!」
至近距離からのヴォルケノスのブレスを氷壁が防ぐ。
既に防いだことのある攻撃とはいえ、これだけ距離が近いとかなり怖い。
ジュウウウと氷が溶かされていく音と、すぐに生成される氷壁の層がひしめき合う。
結果として俺の魔力勝ちだったようで、氷壁が溶けるような音は無くなった。
恐らくヴォルケノスのブレスが終わったのだろう。
透明な氷壁の奥ではヴォルケノスの姿がうっすらとだけ見えていた。
細道に氷壁があればヴォルケノスは入ってこられない。
それがわかっていたものの一刻も早く、危険な魔物から距離をとりたくて俺は走り出した。
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