夜の素材採取
グランテルの空が茜色に染まる頃合い。
日中の仕事を終えて大半の者が帰路についたり、呑みに繰り出そうとして賑わっている。
中心部にある露天街や商店街に向かう者がほとんどで、今から門に向かって歩く者はほとんどいない。
しかし、そんな人の波に逆らうかのように俺は西門に向かっていた。
夜行性であるサラビを獲ってくるためである。
さすがにもうすぐ門が閉まってしまう時間帯だけあってか、道のりは閑散としていた。
今から外に出るような人はほとんどいないからな。
西の森自体には依頼で何度も行ったことがあるが、このような時間帯に外に出るのは初めてだ。はじめて夜中にコンビニに向かうかのようなドキドキ感が少しあった。
「お、なんだ? 追加のお土産でも持ってきてくれたのか?」
西門にたどり着くと、顔見知りの騎士が気安い口調で話しかけてきた。
素材採取の依頼で何度も門をくぐるせいか、各門の騎士とは世間話をできる程度に仲がいい。
ちなみに昼間にリンドブルムのお土産を渡しにきた。
「いえ、採取をするために外に出たくて」
「もう日が暮れるから止めとけ」
俺が外に出ようとすると、いつになく真面目な口調で窘める騎士。
騎士にしては軽い感じの姿しか目にしてなかったので、その代わり振りに驚いた。
それほど外の夜の危険性をわかっているということだろう。
「サラビを捕まえるためなので」
「あー、あの夜行性の魚かー。こんな時間から外に出すのは気が進まねえけど、レッドドラゴンを倒したお前なら大丈夫かぁ」
訳をきっちりと説明すると、騎士は頭をかきながらも納得してくれた。
レッドドラゴンを倒した功績は面映ゆいことが多いが、このように人を説得する時に役立つこともある。一長一短だな。
「朝になるまで門は開けられないからな。気を付けるんだぞ」
「わかりました」
軽い調子に戻った騎士に見送られて、俺はグランテルの街を出ていく。
旅をする時以外、この時間帯に外を出歩くのはほとんどないので新鮮だ。
太陽がドンドンと傾いていき、街道が茜色に照らされる。
そんな時間もほとんど僅かで、夕日は落ちていって街道は暗くなった。
前世のように電柱が張り巡らされているわけではないので当然のように光源はない。
あっという間に暗闇の世界になったのでライトボールを浮かせて視界を確保する。
魔石調査でしっかりと周囲に魔物をいないことを確認。
「星が綺麗だな」
光源がまったくない場所なので、夜空に浮かぶ星がくっきりと見える。
前世だと田舎の方にでも行かないと、このような星空は見られないだろうな。
周囲を警戒しつつ、夜空を眺めながら進んでいると西の森にたどり着いた。
昼間と違ってまったく光がないために、暗い森の中は不気味だ。
ライトボールを頼りに道を照らしながら歩く。
でも、この光って魔物も呼び寄せてしまうんじゃないだろうか。暗闇の中で明るいものがあると目立つし。
なんとなく怖くなって浮かべていたライトボールを足元へ下げる。
こうすれば木陰や茂みなんかに隠れて、光が無暗に散ることはないだろう。
「ウオオオオオン!」
歩いていると遠くの方で狼と思えるような遠吠えが響いた。
魔石調査で調べてみると、遠くの方で狼の群れとゴブリンがにらみ合っていた。
縄張り争いだろうか。遠目からのシルエットでも緊迫した空気が感じ取れる。
やはり、夜だけあってか周囲に魔物は多くいるように見える。
集団で餌を求めて歩いているコボルドや、あまり見かけたことのない芋虫系の魔物などが蠢いている。夜に活発化する魔物が多く出てきているのだろう。
この調査スキルをなしに闇雲に進んでいたら、あっという間に囲まれているだろうな。
「でも、夜行性の魔物がいるということは、夜にだけ採れる素材なんかもあるんじゃないか?」
そういった素材が森に現れているかもしれない。
魔物の動きに注視しながら素材を調査。
暗い視界でも調査を使えば、視界にくっきりと素材が見えている。
まるでサーモグラフィーのようで、なんか不思議な感覚だ。
採取したことのある素材は今日はスルーして、見覚えのない素材に近付く。
【夜キノコ】
夜になると生えてくるキノコ。
とても生息時間が短く、朝日を迎えると共に朽ちてしまう。
プルプルとした食感があり、肌に良い成分が含まれている。収穫すると日に当ててもすぐに朽ちることはないが、日を当てるとあっという間に劣化するので保存には注意。
鑑定してみると、夜だけに姿を見せるキノコのようだ。
夜キノコは黒くて大きなカサが特徴的で、暗いビラビラとしたようなものがカーテンのように垂れている。
恐らく、この部分がプルプルとした食感で肌にいいのだろう。コラーゲン的な栄養素が含まれていそうだ。
日に当たってしまうと朽ちるとのことなので、本当に夜にしかお目にかかれないものなのだろう。
街の露店でも売っているのをほとんど見たことがないし。
日が当たると劣化するとのことなので、ささっと採取してマジックバッグに入れてしまう。
料理する時は夜がよさそうだな。料理中に痛むことがなさそうだし。
次に気になったのは、先程からちょいちょいと足元を飛び回っているバッタのような虫だ。
色の価値では紫であるが、調査に引っかかっているので素材としての価値があるのだろう。
【ナイトビートル】
夜行性の虫。夜に溶け込むような黒い体色をしている。
一部の地域では甘辛い味付けをしてよく食べられている。
ライトボールでよく照らしながら鑑定してみると、黒いバッタのような見た目だ。
ただ、闇色の鎧を身に纏うかのようにがっしりとしていて、ちょっとカッコいい。
懐かしき中二心を刺激してくるな。
まあ、夜によく現れる食用の昆虫という感じか。
この世界では魔物だろうと虫だろうと食べられる上に、たまに街の料理で出てくる。
グロい見た目をしているものもあるが、味がいいのも多いので俺はそこまで忌避してはいない。
なので、非常食として見つけては瓶にポイポイッと入れていく。
歩くたびに跳ねているのを見かけるので、本当によく見つかるな。
ある程度捕まえて瓶がいっぱいになったら、氷魔法で瓶の中を冷やして凍死させる。
生きているとマジックバッグに収納できないが、こうすれば収納することが可能だ。
バンデルさんなら美味しく料理することができるんだろうか? 今日はサラビの料理があるので頼まないが、今度気が向いた時に頼んでみよう。
なんてことを考えながら歩いていると、今度は足元で六本足の虫が移動しているのが見えた。
二十センチ近くある大き目の虫が歩いていると不気味ではあるが、この世界には二メートルを越える芋虫や大ムカデだっている。これくらいの虫にビビッていては森に採取には行けない。
姿自体は見かけたことがあるので気にせずにスルーしようかと思ったが、以前と違ってお尻が大きく膨らんでいることに気付いた。
【クルタロス】
主に木の実や蜂蜜、花の蜜を好んで食べており、それらを腹部に溜め込んで巣に持ち帰る習性がある。
複合された蜜は美味しいが、味にムラがある。
思いもよらない組み合わせによって極上の蜜になることも。
ほうほう、どうやらその辺を歩いているただの虫ではなく、蜜を溜め込む習性を持った素晴らしい虫のようだ。
しかし、クルタロスが食べたものによって味が変化するらしく、クレッセンカの蜜のような安定した美味しさは望めないらしい。
美味しい時もあれば、微妙な時もあるってことは。
美味しさが安定していないのは困りものであるが、個体によって味が変わるというのは面白くもあるな。
少し蜜だけ分けてもらうことはできるだろうか。そう思って近づくと、鋭い顎を開いて威嚇されてしまった。手を挟まれたりしたら痛そうだ。
可哀想であるが氷魔法で動けないように固定して、真ん丸に膨らんだ腹部を触ってみる。
見たところ一番後ろの尻尾のように見えるが、鑑定では腹部といっているので腹部なんだろうな。
ぶよぶよとした皮越しに伝わってくる、中に液体が詰まっている感じ。
蜜を溜め込む性質からかなり伸縮性のある皮のようだ。
どうやって採取をしようか。腹を裂いて、蜜だけ採るというのも可哀想だな。
どこか生きたまま蜜だけ採取できる方法はないだろうか?
そう思って腹部を観察していると、腹部の先端に穴のようなものが見えた。
もしやと思って搾るように握り込んでみると、穴から透明な蜜が出てきた。
「おお、これならいける!」
急いでマジックバッグから瓶を取り出して、腹部に当ててやる。
そして、腹部を手で優しく搾って蜜を溜めていく。
気分は牧場でミルクを搾る飼育員だ。
動けないクルタロスはキーキーと嫌がるような声を上げるが許してほしい。
でも、クルタロスのお陰で瓶を満たすほどの蜜が入手できた。これがどれほど美味しいかはこいつの食生活次第であろう。
「美味しい蜜を作り出すために、飼育してやるのもいいかもしれないな」
食生活で味が変わるのであれば、美味しくなる組み合わせの食料を用意して食べさせてあげればいいんじゃないだろうか。
クルタロスを見て、俺はそんなことを思った。
「まあ、俺は採取者であって生産者じゃないからそこまでするつもりはないけどね」
そういったことに憧れはあるが、自分が自由に採取する時間が減っては意味がないからな。
すっかり腹部を萎ませてしまったクルタロスを解放し、お詫びの印として木の実をいくつか置いておく。
すると、クルタロスは木の実を咥えて、去っていった。
申し訳ないがまた蜜を蓄えてほしい。もしかすると、また搾りにくるかもしれないけど。
夜の森は危険が多いので少し緊張していたが、夜には夜の生き物や魔物、素材があって予想以上に楽しい。
「夜の素材採取も悪くないね」




