グランテルへの帰還
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海底神殿が開かれたことにより、内部を調べるために専門家が呼ばれることになったらしい。
らしいというのは、クラウスからルーカスと話し合った内容を聞いただけだからである。
依頼でもなく、採取とも無関係な俺がこれ以上関われることもなく、関わりたくもないのであまり興味はない。
どこに素晴らしい素材や未知の素材があれば別なだけで、神殿の内部にそれらしいものはなかったからね。
だから、後はお偉いさんたちに任せればいい。
「そろそろグランテルに戻るぞ」
海底神殿から戻り、海の中にある素材を採取したり、浜辺で遊んだり、露店で魚介料理を満喫したりといったのんびりとした日々を一週間くらい過ごしていると、唐突にクラウスが言ってきた。
「うん? もういいの?」
「元々リンドブルムはうちの領地ではない。ルーカス殿が相談してきたので、少し口を利いてアドバイスをしただけだ。後はアステロス家が何とかするだろう」
リンドブルムがクラウスの領地ではなく、別荘ということも気付いているので驚きはしない。というか、俺はそういう意味で言ったんじゃないんだけど。
「いや、久し振りに家族と会ったのにもういいのかって意味だったんだけど」
「十分だ」
「お兄様! もう帰ってしまわれるのですか?」
クラウスが断言した瞬間、ネルジュが談話室に入ってきた。
いつもはお淑やかに入ってくるのだが、聞こえてきた話題が話題だけに急いでやってきたようだ。
「ネルジュ様の方は十分じゃなさそうですけど?」
「……問題ない」
「問題あります! お兄様はまた街に引きこもるじゃありませんか!」
クラウスの言葉に被せるようにしてネルジュが言う。
ネルジュも落ち着いているように見えるけどまだまだ年齢も若い。それにクラウスのことが大好きだからな。もっと一緒にいたいのだろう。
「別に引きこもってなどいない」
「では、ここ二年領地に戻ってきたことなどありましたか?」
「…………」
ネルジュが問い詰めるようにして言うと、クラウスが口をへの字に曲げる。
俺はグウの音も出ない時の表情だ。
どうやらクラウスは本当に何年もの間、実家に帰っていなかったようだ。
ネルジュとソランジュとの関係を見る限りでは、家族仲が悪いわけでもない。
単に出不精なんだろうな。
こうして家族に会ったのも本当に久し振りだったのだろうな。
だとしたら、ネルジュが見せている甘えにも納得がいく。
「だとしてもダメだ。俺にだって店がある。薬の管理をしないとすぐにダメになる」
「ああ、それなら俺が管理しときますよ?」
「……おい」
「シュウさん!」
ドスの利いた声を出すクラウスと歓喜の声を上げるネルジュ。
ふふ、自分の家などと誤魔化して、貴族と引き合わせた罰だ。
サルベージ自体は楽しかったのでいいが、俺の純粋な心が弄ばれたのは事実。
クラウスにはもう少し妹さんやお母さんに奉仕するべきだ。
「お前に保存なんてできるのか?」
「バッグに入れておけば劣化の心配はないですね」
クラウスが暗に不可能だと言ってくるが、俺にはマジックバッグがある。
どんなに管理が難しいものでもここに放り込んでおけば、劣化することはない。
むしろ、クラウスが手入れをするよりも楽で長期的に使うことができる。
俺がマジックバッグを持っていることを知らないネルジュはきょとんとしているが、知っているクラウスはぐぬぬと唸っていた。
「友人であるシュウさんがご厚意で言ってくれているのよ? もう少しくらい滞在していきなさいな。その方が私も嬉しいわ」
「……わかった」
そして、いつの間にか談話室に入ってきていたソランジュの援護射撃によってクラウスは滞在日数を増やすことになった。
なんだかんだといって妹と母親には勝てないようだな。
「では、俺は先にグランテルに戻ることにしますね」
リンドブルムにはもう一週間以上滞在している。想定外の依頼がありはしたものの、予定よりも長い滞在だ。
海鮮料理も十分満喫したし、グランテルで食べられるように爆買いもした。
クラウスの屋敷で至れり尽くせりだったので思った以上に英気も養えた。
海の素材採取も中々に楽しいが、そろそろ普通の地面や森が恋しくなってきた頃合いだった。
「馬車でお送りしますね」
「いえ、一人でも帰れますので」
「それでも途中までは送らせてください。客人として招いた以上の礼儀ですので」
「あっ、はい」
これ以上お世話になるわけにはいかないと思ったが、ソランジュのどこか迫力のある優しい笑顔に俺は頷くしかなかった。
うん、クラウスが妙に二人に弱い理由がわかった気がする。
◆
それから俺は屋敷に置いてあった荷物を纏めて、エキシオール家の馬車でリンドブルムを出発した。
本当はお世話になったり、迷惑をかけることになったルーカスに声をかけておきたかったが海底神殿の調査で多忙らしく言伝だけにしておいた。
ちなみに調査に赴いたサフィーとルミアもそれに関わっているらしくて、もうしばらく帰れないそう
だ。
うん、開けちゃった俺が言うのもなんだけど頑張ってほしいと思う。なにかしらの歴史的事実が解明されるといいと思う。
そんな感じで途中の街まではエキシオール家の馬車で送ってもらい、そこからは寄り合いの馬車を乗り継ぐだけだ。
時に素材を採取して、時に魔物を察知したり、撃退して進むこと一週間。
俺は活動拠点であるグランテルに戻ってきた。
南門で馬車が停車したので、すぐに荷物を持って外に出る。
「ああ、お尻が痛い」
行きのように富裕層の馬車を利用しなかったので、とてもお尻が痛い。
少し混んでいたので面倒に思って乗ってみたが、乗り心地がまるで違った。
清潔感や広さ、快適差といった何もかも。
やはり、一度いいものを利用してしまうとランクを落とすことは難しいな。
幸いなことにお金はあるのだし、次からは富裕層の方を利用することにしよう。
伸びをして身体をほぐすと俺はまず大衆浴場に向かう。
リンドブルムではゆっくりできたけど、ここ最近は長旅だったからな。
お風呂で身体を清潔にしたい。土魔法と水魔法で簡易的なドラム缶風呂的に入っていたが、やはり広々としたところが一番だからな。
偽装用のトランクをマジックバッグに収納すると、一目散に駆け込んで湯船に浸かった。
そして、身体を清潔にさせるとクラウスの薬屋に立ち寄る。
事前に鍵は貰っていたので中に入って、片っ端から瓶に詰まっている薬や素材の類を収納。
これで手入れをする必要はないな。
そして、生活拠点である『猫の尻尾亭』に戻る。
お土産は帰ってきたことの報告がてら、落ち着いたタイミングで渡して回ればいいや。
「にゃー! シュウ、お帰りにゃー!」
「ただいま」
食堂に入るなり、早速出迎えてくれるミーア。
三週間近く会っていなかっただけだが、随分と久々に感じてしまう。
なんて感慨深く思っていると、ミーアが近付いてきてスンスンと鼻を鳴らす。
「どうしたの?」
「潮風の匂いでもするかと思ったけど、いつも通り風呂に入ってきた後だったにゃー」
「長旅だったし、そこら辺は気にするからね」
さすがに一週間も時間が経過していると潮風の匂いも残っていないだろう。獣人もさすがにそこまでわからないようだ。
「ところで部屋はちゃんと取ってある?」
「バッチリにゃ。埃が積もらないように掃除もしておいたにゃ」
「ありがとう、助かるよ」
親指を立ててサムズアップするミーアに礼を告げて奥へ。
厨房では変わらずバンデルさんが仕込みをしており、俺を見ると声をかけてくれた。
「おう、リンドブルムは満喫できたか?」
「はい、海鮮料理がたくさんあって美味しかったです。でも、そろそろバンデルさんの料理が恋しいです」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。夕食は楽しみにしてくれ」
「はい、期待していますね」
バンデルさんと軽く言葉を交わしてから、自分の部屋へ。
本当はもう少し旅の話をしたいが、それは夕食の時にすればいい。
やはり、帰るべき場所があると安心できるものだな。
どこかほっこりとした気分を抱きながら俺はベッドに寝転がるのであった。




