報告
5月9日に『 転生して田舎でスローライフをおくりたい』の書籍8巻が発売です。
さらに文庫版1巻が11日に発売します。
よろしくお願いします。
「あー、魔力が足りない。怠い」
「ですね」
急いで島にある浜辺に戻ってきたが、クラーケンとの戦闘やアイテムのせいでかなり魔力が消耗したらしくサフィーはぐったりと寝転び、ルミアは気怠そうに座り込んでいた。
浜辺なので服や肌が汚れてしまうが、そんなことが気にならないほどしんどいようだ。
「魔力を極限まで使うとそんなに辛いんですか?」
サフィーは元々だらしない性格なので特に何も思わないのが、普段シャキッとしているルミアまでも気怠そうにしているとどんなものか気になる。
「シュウさんは、魔力切れ寸前まで使ったことがないのですか?」
「え、ええ、魔力が豊富なもので」
「…………」
俺がそう言うと、ルミアはどこか呆然として言葉を紡がなくなった。
今のところ大規模な魔法を使ったことがないし、極限まで魔力を減らすようなことはしたことがない。だから、魔力切れがどのような辛さなのかわからなかった。
「なあに、ちょっと死にたくなるくらい気怠くて吐き気がくるだけだ」
ああ、これ全然ちょっとしんどいレベルじゃないな。
ルミアまでも余裕がなさそうにしている理由がよくわかった。
二人の様子を見ると喋るのも辛そうなので、これ以上無駄な質問は振らずに待っていることにする。このままの二人を置いておくのは少し心配だからな。
「付き合ってもらってありがとうございます。少し休んだお陰でマシになってきました」
「そうですか。回復されて何よりです」
誰も喋らないまま小一時間ほど海風に当たって涼んでいると、ルミアがスッと立ち上がった。まだ本調子には見えないが日常活動はできるようだ。
「あたしはまだ怠い」
しかし、肝心のサフィーはそう言い張っている。
仰向けに寝転がっているのに何故こうも堂々としているのか。
「……師匠の方が魔力の回復は早いはずですよ。早く船で戻らないと夜になってしまいます。今日は色々とありましたし、ルーカス様に報告しないといけませんから」
「えー、その辺の宿じゃダメか?」
「宿よりも屋敷に戻った方が身の回りの世話をしてくれますよ?」
「しょうがない。あいつの屋敷で世話になるか」
ルミアがそのように説得すると、先程まで頑なに動かなかったサフィーがスッと立ち上がった。
さすがは長年弟子をやって面倒を見ているだけあって、サフィーの動かし方も心得ているようだ。
サフィーは危なげのない足取りで船に乗り込み、俺とルミアもそれに続く。
そして、行きと同じように船を動かして、リンドブルムの港にまで戻ってきた。
船から港に降りたところで俺はサフィーに尋ねる。
「クラーケンの素材はどうしますか?」
「んー、今は疲れていて解体する気にもなれん。すまないが、落ち着いてからでいいか?」
「ええ、それで構いません。マジックバッグの中なので劣化もしませんから」
俺からすればいつ解体を行おうが別に構わない。ただ、もう夕暮れなので、今すぐなどと言われなくてよかったと思う。
あれだけの巨体となると解体する場所も選ばないといけないし。
「しかし、シュウ君はマジックバッグ持ちだったか。これで素材の特性上諦めていたものでも気軽に採取を頼めるな」
「……お手柔らかに頼みます」
マスタークラスの錬金術師が所望する素材などロクなものではないと思うが、心の中ではどんな不思議な素材を頼まれるのか期待している自分もいた。
「この盾、お返ししますね。とても心強かったです」
苦笑いしているとルミアが極硬魔石でできた盾を返してくれる。
「心強かったのはこちらですよ。助けていただきありがとうございました」
ルミアが身を守るために預けたものであるが、まさか俺を守るために触手に割り込んでくるとは。
いくら攻撃を防げるとはいえ、盾を持って割り込んでくるには相当な勇気が必要だろう。
あれがクラーケンを倒せるカウンターとなったのは明白だったので、俺は心からルミアに礼を告げた。
「いえ、私なんかでもお役に立ててよかったです」
「シュウ君、あたしはこのブレスレットを解析したいのだが持っていても構わないかい?」
「はい、お好きにどうぞ」
俺が頷くと、サフィーは玩具を貰った子供のような笑みを浮かべてブレスレットに夢中だ。
勿論、アクセサリーを見て喜んでいるのではなく、あくまで研究目的としてだ。そこが少し残念だがサフィーらしい。
「よし、ルミア。帰るぞ!」
「……師匠、その前にシュウさんにお礼です」
傍から見ているとどちらが師匠で弟子なのかわからない光景だな。
ルミアに窘められてハッと我に返ったサフィーは、こちらに向き直る。
「今日はあたしたちの調査を手伝ってくれてありがとう。報酬や詳しいことは追って連絡するから期待していてくれ」
「わかりました」
「それでは今日は失礼いたしますね」
「はい、お疲れ様でした」
必要な連絡事項などを聞いて挨拶を交わすと、サフィーとルミアと別れた。
◆
「お帰りなさいませ、シュウさん。海底神殿の方はいかがでしたか?」
屋敷に戻ってきて談話室に顔を出すと、ネルジュが期待のこもった眼差しをしながら聞いてきた。
海底神殿に行けなかったので、俺から直接話を聞こうと思っていたのだろう。
ソランジュもソファーに腰かけており興味深そうにしている。
「お話しましょう。ただ、色々と報告しないといけないこともあるのでクラウスも一緒でいいですか?」
多分、あいつにも言っておかないと二度手間になる気がする。
「え、ええ。わかったわ。クラウスを呼んでちょうだい」
ソランジュは目を丸くして驚いていたが、すぐにメイドにそう頼んでくれた。
クラウスがくるまでの間に、メイドが気を利かせて紅茶を淹れてくれた。
残念ながら今日は水着姿ではない。メイド服だ。
あまりジロジロと見るのも失礼だし、からかわれそうなのですぐに視線を逸らす。
すると、ちょうどそのタイミングでクラウスが談話室に入ってきた。
「……また何かやったのか?」
クラウスはソファーに腰かけると帰ってきた俺を一瞥するなりそう言った。
「またって何か酷くない? 別に俺は意図してやってるわけじゃないから!」
「言い訳はいい。報告するべきこととやらを簡潔に言ってみろ」
「海底神殿が開きました。そして、中にはクラーケンがいて襲われたので三人で討伐しました。以上」
「海底神殿が開いたのですか? あの誰も中に入ることのできなかった場所を……?」
「クラーケンというのはどんな魔物なんですか!?」
「ちょっと待て! 端折り過ぎて訳がわからん。きちんと話せ」
ソランジュとネルジュが次々と疑問を投げかける中、クラウスがそれを諫めるように大声で言う。
簡潔に言えといった癖に、今度は丁寧に話せときた。
クラウスの矛盾に突っ込みたかったが、話がややこしくなりそうなので突っ込まないことにした。
そして、俺は三人に今日の出来事を一から話すことにした。
海底神殿に行ってオーブを見つけたこと。オーブを扉に嵌めてみたら扉が開いてしまったことと順を追って丁寧に。
説明を経ていくごとにクラウスの眉間にシワが寄っていくのが怖かったが、最後まできちんと報告することができた。
「……前代未聞だ。お前は素材採取さえしていればよかったのではないのか」
そんなことを言われても。開いちゃったものは仕方がないし、倒しちゃったものも仕方がない。
海底神殿を観光するだけが、どうしてこうなっちゃったんだろうね。
「ちなみにルーカス様へはサフィーさんとルミアさんが報告に行っているので」
「わかった。後日話し合ってくる」
クラウスはため息を吐くと気分転換をするためか談話室を出た。
「あの、海底神殿の内部ってどんな感じだったのですか?」
クラウスがいなくなるとおずおずとネルジュが尋ねてくる。
隣に座っているソランジュも心なしか気になっているようでソワソワしていた。
そんな二人に俺は海底神殿の内部の様子、出来事を話すのであった。




