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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第二章
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取り合えず機嫌を直してくれや

 決意を新たに拳を固めると、その拳をぽんぽんと叩かれた。

 宥めるように、あやすように、優しさを込めて触れられる。


「……?

 何かしら」

「まぁ落ち着け、誰かへ殺意を向け続けるのは疲れるだろう。

 それにそれだけでは目的を達成する事も難しくなる」

「それは……そうだけれど」


 口を尖らせる。

 怒りのままに不満を漏らしていたら、穏やかに諌められてしまった。

 何だか昔の出来事に何時までも腹を立てているのが幼稚にも思えてくる。


「ッ、でもね?」

「解ってる、解ってるから」

「解ってないじゃない!

 全然解ってないじゃない、そんな口先だけで――」

「まぁ落ち着けよ、ほら」


 物分りの良さそうな振りをしているジークルトに対して、右手拳を振り上げる。

 が、その右手拳をぎゅっと両手で掴まれてしまった。

 振り上げた状態のまま掴まれてしまったので、フィアナの位置からでは己の手元を見ることも出来ない。


「な、何?

 ちょっと、離して頂戴!」

「はいはい落ち着け落ち着け」

「落ち着いているわよ!

 何してるの?

 く、くすぐったいのだけど!」


 掴まれた手を振り解こうともがいていると、掴まれた時と同じようにぱっとジークルトの手が離れる。

 あっ……と思うが時既に遅く。

 右手拳がそのまま真っ直ぐ振り下ろされた。


 あまりに唐突に手が離れた為に、フィアナが腕を止める余裕すら無かった。

 つまり、この結果は仕方ない事だったのだろう。

 フィアナのその右手拳は綺麗な放物線を描いて、ジークルトの脳天へ叩き込まれた。


 ぐえっ、と蛙が潰されたような声が、ジークルトの口から漏れ出る。

 思わず両手で口元を押さえてフィアナは言葉に詰まるが、反射的に謝罪が口をついてくる事は無かった。

 彼が適当に軽く宥めようとしてくるから、幼子をあやすように優しくして来るから。

 押さえ付けられた事に対してフィアナは抵抗しただけで、あんなに長く押さえ付けられていなければ彼女の拳が振り下ろされる事も無かっただろう。


 だから、フィアナは悪くない。

 ……かといってジークルトが悪い訳でもないのだが。

 取り合えずフィアナ自身は悪いと思っていないから、謝罪をするのは何かが違う気がする。

 無理矢理にそう考えて、唇を真一文字に結ぶ。


「強化術式なんていらないんじゃないのか、フィアナ」


 頭を片手でさすりながら、余程痛かったのか軽口を叩かれる。

 そんな彼にも何も返事をせずに、ふいっと横を向いてしまう。

 何も言わない彼女に対して、やれやれと彼が溜息を吐いた音が聞こえる。


「取り合えず機嫌を直してくれや」


 ぽんぽん、と頭を叩かれる。

 不満を露わにするためにあえてその手を振り払ってやる。


 ――シャラン。


 涼やかな鈴の音の様な、そんな音が響く……彼女の手元から。

 思わずぱちくりと瞬きをしてから手元を確認した。


 つい先程、手にとってその装飾品の繊細さに感心していた所だった。

 淡い桃金色のその腕輪が、フィアナの腕にてその存在を主張している。

 彼女の白い腕、細いその腕にあって尚華奢に見えるその腕輪は、確りと彼女の腕に装着されていた。


(私、手には取ったけれど……装着()けてはいなかったわよ、ね?)


 何時の間に。

 そう思って、思い出した。


 と言っても明らかに、この男しか居ないのだが。


 先程腕を取られた時、彼女の腕を抑えるのに態々両手を使っていた。

 片手でも十分に止められる程にジークルトとフィアナの腕力には差がある筈なのだが、敢えて両手を使って抑えていた。


 ――抑えていたのではなくて、腕輪を付けるには片手では辛かったのだろう。


 くるりと振り返ると、ジークルトと目が合う。

 何時の間にか、少し遠くに歩いていた彼は口元だけでにやりと笑み、店内にいる青年に何枚かの貨幣を渡していた。

 青年はそれを確認して、一度頷いて見せる。


 成る程、支払いを済ませていたのだろう。

 それが終わるとジークルトは再びフィアナの傍に来て笑った。


「機嫌、直ったか?」


 そんな彼の軽い物言いに、息が詰まる。

 結んでいた唇を僅かに開くものの――言葉は口から出て来ない。

 下唇を軽く噛んで俯いてしまう。


 再び男はフィアナの頭を二度、三度、叩く。


「気に入らないなら棄ててしまっても構わないけど。

 嫌な事は新しい思い出で上書きしてしまえば良いんだ」


 フィアナの返答は待たずに、そう続ける。

 どうしても、どうしても顔を上げることが出来ずに、大人しく聞き続けておく。

 軽く噛んでいた唇には、強く強く歯を沈めていた。

 唇を噛み千切る程には強くないものの、じんわりと何かが口の中に広がる。


 足元を見続けて、視線の先にある彼の靴を凝視する。

 泥とか何かの草とかが付いている、靴。

 ……たまには手入れすれば良いだろうに、とふと思う。


 そんな彼女の考えは露知らず、ジークルトはまだまだ言葉を紡いでいた。


「アレッサとの嫌な思い出は、腕輪? だったんだろう?

 じゃあそれで、その思い出を上書きしてしまえば良いんじゃないか?

 ……俺が買ったもので上書きされるかは解らないが、何時までも過去の嫌な事を考え続けていてもしんどいだろう。

 怨嗟などの感情は抱え続けていても、何の利点(メリット)もない筈だ。

 まぁ忘れるのが必ずしも良いとは思わないが、先程の様に明らかに外部に垂れ流していては駄目だ」


 ふと顔を上げる。

 こちらを優しく見下ろしていたジークルトの鳶色の瞳と、フィアナの漆黒の瞳。

 互いの視線が交差した。


 引き結んでいた唇が僅かに緩む。

 そっと唇を舌で舐めて湿らせてから、唾液を嚥下し喉を潤し、それから。


 ――それでも言葉が出ない。


 ぎゅっと、右腕に付けられた腕輪を左手で覆うように掴む。

 ひんやりとした感触が、まるでユノの冷たい手のようだ。

 ふと少女を思い出す。

 あの子なら、もっとうまく素直に言葉を話すのではないだろうか。


 そう考えて――少しまた俯いて、そして口を開く。


「ぁ……」


 声が擦れる。

 けれど何も言わず、再びジークルトはフィアナの頭をぽんぽんと叩く。

 掌から伝わる冷ややかさと、頭に置かれた温かさ。

 その両方を感じながら、小さく言葉を紡いだ。

 あんなに硬く硬く閉じられていた声帯から、するりと言葉が零れてきた。


「……ありがとう」

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