毒々しい黄色の肌に紫の斑が入った蛇
「あ、ごめんなさい」
ぱっと手を離すと、彼は何度か苦しそうに咳き込んでいた。
少しだけ心配して顔を覗き込む。
しかし彼女を心配させない為か、何事も無かったかのように僅かに潤んだ瞳を拭うと、問い掛けられた。
「それで、術式具がどうなったって?」
「そう! 術式具!」
再び量の拳を握り締めるフィアナ。
今度は首を絞められないようにジークルトが少しだけ距離を開ける。
そんな彼にちらりと視線だけ送るが、特に意に介した様子も無く彼女は更に言葉を紡ぐ。
「あいつは私の作った術式具に擬似的な魂を込めたのよ。
……確かに元々は装飾品のつもりでいたから、発動条件を装着者の心拍の状態によって作動するかを定義していたけれど。
だから、あいつの行った改良は間違ってはいなかったわ」
間違いは、無かったのだが。
生憎と装飾品としては大き過ぎて身に付ける事が出来ず心拍を監視する事が難しいのであれば、いっそ術式具自体に擬似魂を埋め込むという発想と改良はかなり良い方だ。
基本的には既にある程度形を成したものに対して必要以上に何かを付与していく事は悪手なのだ。
発動条件がぶれてしまったり、また別の条件が付加されてしまう可能性がある。
その為。実際に擬似魂を生成出来るのであれば、それ以上の改良はいらないので手軽であるとも言える。
実際にアレッサ自体は僅かな時間で擬似魂を生成し、フィアナの術式具に埋め込んで動かしてみた。
あくまで基本の紋章術式部分には一切の手を加えなかった。
すると本来は人間の心拍が変化する事によって術式が発動する術式具は、擬似魂の反応によって術式が発動する術式具へと変貌した。
埋め込まれた擬似魂はこの段階で初めて、どういった生き物の姿形になるかが決まる。
改良については話したと言うのに擬似魂については何の相談も無く行った彼が悪いのか、それとも彼が加えた改良についての詳細な話を聞かなかったフィアナが悪いのか。
黄色い鎖がまるで生き物のように蠢き、くるりと丸まったかと思うと直ぐにその体を伸ばしてゆらゆらと揺れる。
その光景を幼いフィアナは興味津々で見ていたのだが――ゆれ動くそれが彼女の足に絡み付いてきた時、彼女は大きな悲鳴を上げたのだった。
「それが、蛇! よりによって、蛇!!」
「鎖が蛇に?」
「そうよ! 毒々しい黄色の肌に紫の斑が入った蛇になったのよ!!
しかも私が叫んでしまった事で術式発動条件を満たしてしまったから……」
ぶるり、と身震いする。
恐らく術式から生まれた蛇は、己の基盤を生成したフィアナへ甘えたのだろう。
卵から生まれた鳥が最初に目にしたものを親鳥だと認識するように。
擬似であっても魂を得て生まれたその蛇は、己の体を構成している源素や術式を与えてくれたのが、誰なのかはっきりと把握していたのだろう。
だからその相手に近寄り、足に絡み付いて、愛情表現を行ったのではないかと今なら思える。
しかし当時のフィアナは、生まれたのが蛇という事に先ず驚き、次にその蛇が此方へ接触して来た事に更に驚き、そして逃げようとして蛇を怯えさせてしまった。
不運だったのは此処からだ。
「設定していた黄の術式。
当時はまだ未熟だったから、制御と調整部分に難があってね……」
言葉を濁す。
あまり言いたくないなぁと思うが、彼は此方を見詰めたまま続きを待っている様だった。
詳細を全て話さないまでも、術式具の構築部分については少し説明する必要はあるみたい。
小さく深呼吸してから、一息に彼女は語った。
「微弱な電流を流す様に、紋章術式を刻んだつもりだったのよ。
そうね、身体を痺れさせる事によって一時的に麻痺状態を作り出すくらいの。
逃げるにしろ戦うにしろ、相手が身体を自由に動かせないのならばある程度動きやすいものね。
一応護身用に生成した術式具だったから、相手を倒す火力は要らず本当にその微弱な電流でも目的を達せられる予定だったのよ。
でも、実際には人を昏倒させる位の強さの電が発動する術式具が出来てしまったの」
「つまり、一言で言うと?」
流石に誤魔化せなかったか。
というよりも、ジークルト自体が術式には明るくない為に、理解が及ばなかっただけかも知れない。
仕方ない、此処まで話したのだから最後まで語るしかないか。
色々と観念して、続ける。
「……蛇から放たれた紫電で私が昏倒した」
目覚めた後に術式から放たれる雷の強さを調整しようとしたが、フィアナの様な術式に耐性を持っている術式師をも昏倒させる程の威力が置きに召したらしく、彼女の祖父がドラシィル家の宝物庫に設置する事を強く望んだ。
本来フィアナが返答出来るなら断りを入れたが、彼女が未だ意識を失ったままだった為にアレッサが二つ返事で渡してしまった。
その際に一度術式具の情報更新を行ったようだ。
お陰で意識を取り戻したフィアナが擬似魂を消し初期化しようとしたのだが、どうも宝物庫への侵入者と認識されてしまって手を出す事が出来なくなってしまった。
遣り様はいくらでもあったのだが、折角作った術式具を容易く壊してしまうのも複雑な気分だし、諦める事にした。
術式師としては、過去の己の失態はあまり他人に知られたいものではないのだ。
理由としては苦手な色を知られてしまったり、現在の発言に対して僅かな疑いを抱かれる事などを懸念しての事だ。
賢者や教授と呼ばれる者もそうだろう。
未熟な部分は知られずに、この世の全てを知っているとでもいうようなつんと澄ました顔をして、だからこそその発言に対しての説得力や信頼度が生まれるのだ。
実際に彼女が作成した術式具の不備部分を改良によって隠したのは、アレッサの功績だ。
彼には当時のフィアナが未熟だという事は当然解っていた事実だし、あえてそこについて言及する必要もない存在の一人だった。
けれどだからと言って怒りが収まる筈も無い。
「だから、アレッサは、何時か殺すわ」




