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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第二章
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今はそんなもので良いでしょう

「お疲れ様、ジークルト」


 声を掛けて来た時には既に、表情は何時もの無表情に戻っていた。

 時たま穏やかな顔を見せてくるが労わりや気遣いは欠かさない。

 いやぁほんと、可愛いし優しいし素晴らしいね!

 後はにっこりと満面の笑みでも見せてくれたら最高なんだけどな。


 ……別に、幼女趣味(ロリコン)ではないけれど。


 何処となく胸中で言い訳をしてから、二度頷いた。

 奇妙な動きをしていたからか、不思議そうに此方の様子を伺うユノに対して拳を突き出してみる。

 目前に差し出されたその拳を両手で握ると、ユノは先程のジークルトと同じように二度頷いた。


 あはは。

 思わず笑いそうになるが、寸での所で堪える。


「――そうじゃないんだなぁ。

 こう、こうするんだ」


 否定すべきか流すべきが迷ったが、敢えて指摘する。

 拳を軽く上下してみるがどうやら彼女には上手く伝わっていないようで。

 困ったように眉根を潜めたユノの片手を握り、同じ形になるように拳を作らせた。

 その拳の先、平たくなった指の部分に彼は改めて自分の拳を合わせる。


「いえーい」


 こつん、と触れ合わせながらちょっとおどけて声を出すと、得心いったとでも言う様に少女が再度頷いた。

 一度拳を離してから再度突き出すと、同じように拳を合わせてくれる。

 今度は堪えきれずに笑ってしまうと、先程と全く変わらない不思議そうな表情で見上げてくる。

 その紅玉の瞳は相変わらず美しく輝いていた。


 フィアナの無理難題にも無事応じ終わった彼を労わろうとしているのか、ユノは傍にちょこんと立っていた。

 そんな少女を見ていて、ふと思う。

 もしかして、以前の鍛冶屋でのやり取りをフィアナに離してしまった事で彼女がああいった言動をしたから、萎縮しているのだろうか。


 別にそんな事は下らない話であって、単純に彼がからかわれる事を避けたいが為にあのような対応をしてしまっただけで、全く何の問題もないのだ。

 しかしその彼の気持ちを少女は知らないのであって、それはジークルトが説明すべき事柄であって――、嗚呼。

 ぐるぐると思考が回る。

 取り合えず彼女に声を掛けようとした所で。


「今回はあくまで基本の四色しか使っていないわ。

 赤、青、緑、黄、それぞれの特徴を理解しておくこと。

 そうでなければ、日常生活でも戦闘時にでも扱う事は難しいわ。

 文字の書き方を知らないのに、手紙を書く事なんて出来ないでしょう?

 それぞれがどのような特徴をもっているのか、そこをきちんと把握しておかなければ何が最適か、という判断に結び付かないのよ。

 先ずはこの四色を覚えておけば、ある程度は賄う事が出来るの。

 白と黒は特別な色だから、この四色を把握し自由に扱えるようになってから、順番に学んで欲しいと思うわ」


 風に乗って、フィアナの講釈が聞こえてきた。

 後ろから差し出された羊皮紙に、羽ペンでいそいそとメモを取るレオンハルトの姿が微笑ましい。


「ではそれぞれの特徴を、覚えている限りで言ってみて」


 完全に聞き手の姿勢になっていたからか、急にそう振られて少年の体がびくりと跳ねた。

 口元に左人差し指の第二関節を当てながらその様子を可笑しそうに見ているフィアナ。

 手元の羊皮紙を瞬きを繰り返しながら隅から隅まで三度程確認してから、恐る恐るといった様子でレオンハルトが口を開いた。


「赤は炎、青は水、緑は風、黄は雷。

 炎は爆発的な威力を誇り、水は流れるように姿形を変え、風は広範囲に届き、雷は素早く直進する」

「良く覚えているわね。

 では、白と黒は何だったかしら?」

「黒は、重きも軽きも支配する。

 白は……」


 其処で言葉に詰まってしまった。

 悲しげに眉を潜めて手にした羊皮紙を裏返したり回したりして確認する。

 裏には何も書いていないはずなのに、動揺しているのか同じ動作を繰り返す。

 きょろきょろとフィアナと傍に付き添う女を交互に見比べ、それから再び手元の羊皮紙を確認した。


「白は、人の心に干渉する」


 どうやら時間切れらしい。

 フィアナが淡々と回答を述べた。

 彼女が答えた事によって、ほっとした様なそれとも不満そうな不安そうな、そんな表情でレオンハルトは彼女を見ていた。


「まぁ今はそんなもので良いでしょう、及第点といった所ね。

 本当はもっと複雑だけど、今覚えて欲しいのは単純なる特徴だけ」


 淡々と其処までを言った後に、フィアナは少年の顔を見つめる。

 見つめられて、僅かに頬を染めながらも真剣に見返す少年。

 ふっと表情を緩めて、フィアナは言葉を続けた。


「最近は源素を視る事にも術式を構成する事にも慣れて来たようだから、近々実際に術式を使って貰おうかなと考えているの」


 彼は以前、フィアナ諸共腕を氷付けにした事がある。

 だからきちんと術式を教える代わりに、許可を与えるまで術式の使用は制限していた。

 眼を使う事は源素へ慣れる為に必要だから構わないが、フィアナの目の届く範囲でのみ術陣の展開の許可を与えた。

 加えて、いつ何時でも術式を使用する事は許さない。


 もしこれ等の約束を破った場合、フィアナは二度と術式を教える事はしない。

 折角会得した眼も無理矢理にでも閉じさせて貰うし、ロイジウスに進言して二度とレオンハルトには術式を遣わせず、また術式師と名乗る事もさせないようにする。

 幾つもの条件を出したところ、全て守るから引き続き術式を教えて欲しいと切に切に頼まれた。

 だから仕方なく、どうしてもどうしても仕方なく、フィアナは術式を引き続き教える事になったのだ。


 そんな状況だったからか、師から術式使用の許可が降りたことにただ純粋に単純にレオンハルトは歓喜の声をあげた。


「術式を使って良いって、本当に?」

「勿論、私の許可の下指示したものだけ、しか許さない。

 でもそろそろ創造と想像を覚えてもらわないと、何時までも今のままで居る訳にはいかないものね」

「やったー!

 ありがとうフィノリアーナ! 愛してる!!」


 言うなり、フィアナに抱き付くレオンハルト。

 そんな少年に対して、何かを色々と諦めた様な表情で、フィアナは肩を竦めて見せた。

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