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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第二章
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目を細めてまるで笑みのような表情

「ロイエ・レイムル・フォルセ・クライディア・アールモル」


 フィアナが口早に唱えた後、凄い力でジークルトの腕が振り払われる。

 細腕を掴んでいた腕が後方へ流れその反動で体が反転し、懐が開いてしまう。

 逃がさぬように左手を伸ばして彼女を抑えようとするものの、既に数歩後退されてしまっていた。

 伸ばしたジークルトの左腕が、虚しく空を切る。


「ちょっと、いたいけな女の子に対して乱暴なのではないかしら?」


 彼女の衣服が、真っ赤に燃え上がる様な色へ変わっていた。

 ちらちらと炎が揺れるかのように赤が輝く。

 髪をかき上げながらそう発言して、僅かに半身を引いて地に立った。


「いたいけな女の子は男に術式ぶっ放したり、強化術式で男を振り払ったりしないぞ」


 そう言い返してみるが、意に介した様子もなさそうだ。

 ふふ、と嬉しそうに微笑まれた。

 どうもこのお嬢さんは掴み所が無くて、困る。

 レオノーラくらい判り易ければ対応が楽なのだけど……と思いながらちらりとレオノーラを伺うと、真剣な目付きの彼女と目が合った。

 少し慌てたように口を開いた彼女を見て、ひらひらと片手を振って見る。


 直ぐにその場にしゃがみ込むと、うひゃあ、なんて声を上げながら頭の上をフィアナの拳と――彼女自身が見えた。

 立ち上がりながらよいしょっと彼女を肩に担ぎ上げるように、持ち上げる。


「きゃぁ?!」


 急に体が宙に持ち上がったからか、焦った様にじたばたと手足をバタつかせている。

 正直、強化術式を使っているからだとは思うが、その一挙一動が強い衝撃となって抱えあげた腕に伝わってくる。

 もうこれ、投げ捨てても良いんじゃないのか。


「えぇと……」


 そんな二人を見て、レオノーラは苦笑しながら。


「一応、これは……僅差でジークルトの勝ちでしょうか」

「ええっ?!」


 そんな彼女の判定へ、抗議の声を上げるのはレオンハルト。


「どうして?

 ジークルトなんてフィノリアーナに何の攻撃も加えてない、当ててもいないじゃないかー。

 今だって、そんな持ち上げたりしてフィノリアーナの動きを止めるなんて、ずるいっ!」


 そう抗議をするが、後ろからそっと赤茶の髪の女が、少年を止める。

 耳元に唇を寄せてそっと何かを囁くのが見えた。

 不満気に口を尖らせていたレオンハルトだが、ちらりちらりと此方の方を見てくる。


 何だ?

 何を言っているんだ?


 フィアナを抱えあげたまま、耳を欹てて見る。

 肩の上で暴れていた彼女はやっと落ち着いて大人しくしているようだった。

 多分、少年と同じように唇を尖らせているのではないだろうか。


 研ぎ澄ました耳に、仕方ない、とかここは華を持たせて、とかいう単語が聞こえてくる。

 説得が終わったのか、口は相変わらず尖ったままだが取り合えず納得したように、両手を腰に当てて仁王立ちになった。


 あれって昔、何かで習った姿勢だよな……何だっけ。


「仕方ないなー」


 ふぅ、と溜息を吐かれた。

 何だろう。

 考えないようにしていたんだが、こいつらって俺の事嫌いなの?

 それとも、とんでもなく舐めてるの?


 ちょっと切なくなってきた――ので、大人しく肩に担ぎ上げたフィアナに話し掛けて見た。

 抱えているのは腰で、彼女の顔はジークルトの背中側にあるために表情は見えない。


「一応俺の勝ち、みたいだぞ」

「全くもぅ……あんまりじゃない」


 ぷい、と顔を背けられた。

 あれぇ? これは本格的に?

 そう思って見ながらも、首を振ってその思考を追い払って見た。


「という事は、何も買わなくて良いという事だな」


 そこまで余裕がある訳ではない、無駄な出費は出来るだけ避けたい所だった。

 ついその少し嬉しい気持ちが声音に現れたのだろうか、背中を強く拳で叩かれた。

 思わずその強い衝撃に前に倒れこみそうになる。


「おい、お前……強化の術式くらい解除してくれ」


 有り得ない、この女本当に有り得ない。

 強化術式を使った状態のままで思いっきり此方の生身の背中を叩いてきやがった。

 内臓が衝撃を食らい胃が何かを口まで押し上げようとしてきたが、無理矢理飲み込むように嚥下してやる。

 僅かに酸っぱい香りが鼻に抜けたが、無理矢理忘れる。


「あっ」


 小さな声で驚いたような反応を返したフィアナは、どうやら術式を解除したようだった。

 ふよふよと見えていた靄が消えた事によって、術式が消えた事を確認する。


「やれやれ」


 そう呟いて見ると、続けて再度背中を叩かれる。

 強い力ではあるが流石に先ほどまでの衝撃は無い。


「どうでも良いから好い加減、降ろしてくれないかしら」


 言われて、肩の彼女の腰を両手で支えるようにして目の前に着地させる。

 ほんのりと頬を上気させた状態で、フィアナはぷいっとそっぽを向いてしまった。

 何か声をかけようとは思うが彼女は此方を見てくれない。


 頬をぽりぽりと指で掻いてから、長く長く息を吐いた。


 ほんの数分、ひょっとしたら十分は立ったのかもしれないが。

 術式師は何をしてくるかが分からないから、結構向かい合うのは疲れるなと感じる。

 しかし以前より術式師が術式を発動する際に靄というきっかけが見えるようになったからか、大体の発動位置や発動タイミングが解るのは大きい。

 実際にそれが解らなければ、もっと短い時間で決着は付いていたのではないだろうか。


 そんな事を考えている間に、目の前にいたはずのフィアナは既にいなかった。

 レオンハルトの傍に歩み寄り、頬を押さえながら苦笑して、ゆっくりと今の立会いについての流れを説明し始めたようだった。


 レオノーラは無言のままで此方へ近寄ると、肩口に固めた拳を一度だけ押し付けてから宿の中へ戻る。

 彼女の後ろから様子を伺うようにジークルトを見てきていたユノに、苦笑して肩を竦めて見せた。


 そんなジークルトに、目を細めてまるで笑みのような表情を、ユノは返して来たのだった。

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