御高尚な演説はご馳走様
「じっ、せん……」
「えぇ、そうよ。
レオンハルトはどうやら術式師というものを、良く御存知ないようですからね。
折角此処に術式師と騎士……戦士? 冒険者? まぁ何でも良いわ。
そんな二人が居るのだから、後学の為にもじっくりと学んでおきなさい。
何事も学べる場所があって、学べるのはとても良い事よ。
この世はまだまだ謎に満ちているわ、出来ることならその謎を一つ一つ解明して行くのが、私達の使命よ」
使命、使命ねぇ……。
そんな使命なんて、そこらの川にでも流してしまえ。
きっと魚とか諸々の生物が貪り辺りが食って腹を満たすんじゃないだろうか。
「世の障害は何も力業で解決するのが最善だなんて思ってはいけないわ。
全てを物理的な暴力で無理矢理従わせるなんて宜しくないのは解るかしら?
思考が回り相手を観察し問題ないのならば、口で説き伏せるという手段を取る。
それでも上手く行きそうになければ最終的に己の持つ全てを持って相手を叩き伏せ従わせる、という方法が最善なのだと私は思うわ」
御高尚な演説はご馳走様。
三十六計逃げるに如かず……この精神で居られたなら、妙な苦労はせずに済んでいたのではないだろうか。
今に始まった事ではないのだけど。
良く考えても見て欲しい。
見た目だけなら、見た目だけなら最上の女性に頼まれ事をして、素気無く出来る訳がないじゃないか。
しかも当人は説得が出来ないならば力尽くで、と堂々と宣言してしまっているのだ。
ようは、やらねばやられる、という事態な訳で。
どちらにせよ回避出来ないのならば受けて立つしか道は無い。
どうせならもう少し、せめて俺より年上なら、何と無く気分的にも……あーぁ。
嘆いてみるものの、もう巻き込まれる事自体は確定だ。
しかもただの手合わせでもなく、対術式戦の上後学となる様に努めなければならない。
既にレオンハルトは、嬉しそうにきらきらと輝いた瞳で二人を交互に見遣っている。
……下手に触れたら後が怖い彼女相手に、何処まで出来るだろうかねぇ。
「あくまで軽い手合わせよ、そう真剣になられても困るわ」
「何が軽い、だ。
どうせ条件を付けて来るんだろう?」
「あら、当然じゃない」
長い睫に縁取られた漆黒の双眸が瞬く。
「そうでなければ、何の為にか弱い私がジークルトのような強靭な男性と戦って勝てる訳がないじゃない?
動機付や士気にも大きく関わると思うのよ」
きょとん、と。
ぱちくり、と。
そのどちらも形容としては正しいのだろう、そんなフィアナを見ていると。
段々己の方が間違っているような気持ちに……いやいや。
「だから、私が勝ったら」
細く長い人差し指を立てて、少し揺らしながら言葉を紡ぐ。
謳うようなその言葉は、天使の歌声の様に甘く悪魔の囁きの様に苦く耳に届く。
「鍛冶屋さんから何か買ってもらおうかな?」
「連れて行くだけじゃないの?!
というか、そっちなの?!」
大声で叫んでしまったジークルトの声量に眉を顰めながら、目の前で二度手を振ってフィアナは確認してきた。
「何を言っているのよ?
そっちとはどっちのことよ」
「単純に、ハンデとかそういう話なのかと」
「ハンデ?」
不思議そうな表情を浮かべて、フィアナは首を傾げた。
後ろに流していた漆黒の長い艶やかな髪が、その動作によってふわりと揺れる。
柔らかそうなその黒髪を、賞賛の輝きを秘めた瞳で追い掛けるレオンハルト。
口、開いてるから。
せめて閉じておけ。
「確かに私は体術等は全く解らない、術式師だけどね」
微笑を浮かべている。
その微笑が怖い、とても怖い。
「構わないわよ?
私の半径三歩以内には近寄らない、とかそういうハンデをくれても」
「それ、全然彼の後学の為にならないと思うんだけどな」
「でしょう?
だから私が欲しいのは、弱体化の約束ではなくて」
笑顔は崩さずに、一歩近寄ってきた。
「報酬の方だわ」
先程彼女は頭を抱えて蹲っていたけれど。
今度は俺が蹲る番ではないのだろうか、いや割と本気で。
実際に彼女の言っている事は、殆ど負担がジークルトになっている。
本気で拒絶した場合は大人しく引き下がるのだろうけれど、取り立てて拒絶するべきでもない事を敢えて要求してくる為に、中々難しい。
「別に高価な物を強請る気はないのよ?
私自身が金銭に不自由している訳でもないのだから」
そりゃそうだろう。
おそらくジークルトの全財産よりも、彼女のポケットマネーの方が確実に多いと断言出来る。
……一ヶ月単位での宿の支払いを出来ているのがその証拠だ。
時たま一泊の宿泊費も無くなって、宿から出て街の外で野宿する事もあるジークルトからは考えられない。
レオノーラの優しさで布を一枚だけは貸してくれるのだが、それならば食堂の床ででも寝させて欲しいと思ったりもする。
当然『お客様の迷惑だから』と断られるのは承知の上で、いつも考える。
「ほら、単純にそういう約束事があると、頑張っちゃおうかなーと思うのよね。
それくらいなら構わないでしょう?」
ちらりちらりと視線を投げかけて来ながら、両手の指を交差させて親指をくるくると交互に回して、漆黒の瞳で見つめて来る。
その瞳を見て、彼女の後ろに居る少女を見て、再度フィアナを見て――深々と溜息を吐いた。
「解った、解ったよ。
お前が勝ったら、イヴェニルの店頭に並んでいるものの中から何か一つ。
一つ……一つだけだが、約束する」
イヴェニル、つまり鍛冶屋の店主の事だ。
名前は知らないはずだが、フィアナは意に介さずに頷く。
嬉しそうに笑う彼女を見ていると、良い選択をしたような気分になるから不思議だ。




