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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第二章
81/139

だって世界はこんなにも美しい

 こんな事ならば、最初から素直に言う事を聞いておけば良かった。

 思わず後悔してしまったが――最早もう何の意味も成さないのだろう。



 朝日が眩しい。


 辺りに優しく降り注ぐ陽光。

 ふわりと鼻腔を擽る淡い花の香り。

 人々の喧騒は僅かに耳に届き、その騒々しさすら心地良い。


 心が弾み、思わず口から言葉が漏れる。


「嗚呼、何て素晴らしいのだろうか。

 何もかもを忘れさせてくれる、この清浄な朝日と共に。

 俺たち人間は、全ての恵みに感謝して平伏さなければならないのではないだろうか。

 否、きっとするべきなんだ、だって世界はこんなにも美しいのだから。

 さぁ争いなんてやめて、一緒にこの今日という日々に感謝しようじゃないか!」


 大仰に手を広げ、天空に伸び渡るような声でそう言う。


「五月蝿い」


 即座に響いたたった一言でぐしゃりと潰された。

 不満を満遍なく顔面に塗りたくった様な表情で、彼女は言った。


「そんな事では誤魔化されたりしないんだから。

 何か気になる事でも有るの?」

「……有りません」

「なら良いじゃない。

 何の問題があるというの」


 にこにこと笑顔を浮かべて続けた。

 その傍らでは、相変わらずの無表情だが俯きがちな少女が居る。

 そして周りには、何時もの面々。

 好奇の視線とか憐みの視線とか、後は嫉妬の視線とか。


 そんなもの全て投げ出して逃げてしまいたいのだが。

 どうやら逃げ道は封鎖されており、結局彼女の希望通りにするしかなさそうだ。

 あまり気乗りはしないのだけど……この気持ちは、彼女にはどうやら察して貰えないようである。


「鍛冶屋の爺様が、きっと喜ぶ」

「人事だと思っているよな、割とマジで」


 ぽつりと呟いた少女に被せて返事をすると、ふいっと視線を逸らされた。


 フィアナの要望は、以前にユノと行ったという鍛冶屋に連れて行って欲しい、という事だった。

 少女が所有していた円月輪を見たが、その素材について鍛冶当人から話を伺いたいとの事だった。


 正直、断りたい。


 以前にあの鍛冶屋へ足を運んだ時は、散々だった。

 ユノの事を隠し子だの嫁だの何の間のやいのやいのと言われ、ついうっかり一人の意識を奪ってしまった。

 相変わらず元気そうな鍛冶当人に久々に会ったが、普段宿にも足を運んでいる常連の筈なんだがなぁ……あの爺ぃ。

 何故か上手い具合にジークルトの居る時間とはずれる上に、酒場で蔓延った噂話を余すところ無く回収していくから本当に困る。

 何が一番困るかというと、ジークルトについての話を嬉々として広めて行く宿の看板娘と常連達が何より困る。


 あの爺ぃにフィアナを会わせようものなら、今度こそ嫁だ妻だのと囃し立てて来るに違いない。

 しかもその上で、宿で宴会でもおっぱじめるだろう。

 そんな彼らにのりのりで大量の料理や酒を提供するであろう、レオノーラまで目に浮かんでしまった。


「そもそも、だ。

 術式師が鍛冶屋に何の用だ?

 武具など使用することもないだろう」


 最後の悪あがきで問い掛けてみる。

 すると、この一ヶ月は目にすることなく安全に平穏な日々を過ごせていたのだろう……久々に、彼女が浮かべる不穏な微笑を見てしまった。

 口元だけはにんまりと、薄紅色の艶やかな唇が笑みの形を象っていると言うのに――目が、漆黒の目は深いその闇をジークルトに向けたまま、微動だにしない。


「それが何かジークルトに関係が有るのかしら?」


 そう返答されると、最後の悪あがきも虚しくも地に落ちた。

 もうこうなっては仕方が無い。

 最早覚悟を決めるしかないのだろうな。

 心に決めて、黒雲を漂わせたような表情で口を――


「僕も気になるー。

 どうしてフィノリアーナは鍛冶屋に行きたいの?」


 ――俺、今日まで無知は罪だと思っていた。

 知らないで居ることに甘んじているなんて情け無いんじゃないか、と思ってたよ!


 ユノよりも小柄なその少年、否、彼にとっては天から遣わされた天使にも思えるその少年は。

 恐らく彼にとっての知らない事を、実に無邪気にフィアナに問い掛けていた。

 彼女の傍まで寄ってきて、悪いことなんて何にも考えていませんよーとでも言いたげな無邪気な微笑みを浮かべながら、そう問い掛けていた。


 どうやらフィアナとこの少年は親戚関係に該当するらしいのだが、家柄自体は少年の方が上らしい。

 彼の家名は『リーヴスラシル』との事なので、このリーヴの街を含むリーヴスラシル領を治めるに相応しい存在であると言える。

 しかし現在リーヴスラシル領土は、領主の代わりにリーヴ卿が治めているはずだ。


 リーヴスラシル領土の現領主であるロイジウス・ベルヴァルト・リーヴスラシル侯爵に何か問題があった訳ではない、もう二代前から正式な領主は表へ出て来ない。

 呪いか、病か……何かが流行り、領主含め生死の間を彷徨った時期があった、という話も流れた。


 正式な情報は流れ出ては来ないが――実はジークルトは、何と無く話が見えてきたと最近感じている。


「今、聞くの? それを。

 後でじゃ駄目?

 出来れば、鍛冶屋から帰って来てから、で」


 出来るなら鍛冶屋には行かずに済ませたいです。

 困ったようにちらちらと少年と此方の顔を見てくるフィアナの視線から顔を逸らして、そう胸中でぼやく。

 その心の声が聞こえたか聞こえてないかはともかくとして、フィアナは唇を尖らせた。

 薄紅の紅がはっきりと見えて、少しどきりとする。


「術式師は術式で戦うんじゃないの? どうして武具が必要なの?

 術式でぶわーって結界張りながら、どーんって術式で攻撃したら良いんじゃないの?

 そう言えば、冒険者は何で数人で組むの?

 前線に出る戦士の背中に、後衛に立っている術式師の術式が、どーんと当たるという事は無いの?」


 あららぁ。

 どこか他人事で見てしまう。


 どうやら少年の、欲求を見事に刺激してしまった様だ。

 一応フィアナは彼の教師というか、術式についてを教えるという約束を交わしたらしい。

 つまり彼の疑問に答えて行ってあげる事が、彼女にとっての約束事なのだ。


「あ~~~……う~~~……!」


 珍しく。

 本当に珍しく、フィアナが頭を抱えて地面に蹲ってしまった。

 そんな彼女を暖かい目で見やる。


 此れでフィアナは暫く少年に捕まるのだろう。

 その隙を見て、今日の所は逃げ出させて頂こうかな。


 さり気無く足元を確認し、爪先でとんとんと地面を。

 さり気無く上着を確認し、荷物を忘れていないかを見る。

 さり気無く回りを確認し、逃げ道を確保すべく様子を――


 きゅっ、と上着の裾を掴まれた。

 一瞬、ユノかと思ってそちらを見ると。


 地面に蹲ったままの体勢から無理矢理、フィアナが手を伸ばしてジークルトの上着を掴んでいた。

 何というか物凄く嫌な予感しかしない。


 この段階で上着を脱ぎ捨ててでも、逃げていれば良かった。

 そうすれば、この後のこんな事態に対応する必要なんて無かったのだ。

 嫌な予感をしっかりと肌で感じてしまってからでは、何もかも手遅れなのだが。


 声が、伏せた顔の見えない唇から、声が聞こえた。


「理由を説明してあげるわ――、実践で」


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