やはり多少はぞっとしないお話
「なぁにそれぇ……。
在り得ないじゃない、そんな事」
「事実」
「うそだぁ、だってそれが本当なら、此の街の経済事情はどうなっているのよ?」
「……でも、事実」
ユノの口からは、一般的な円月輪の値段とほぼ同等の値段が耳に届いた。
源樹石がその値段で買える訳が無い、それこそほんの欠片、微粒子レベルだとしても無理。
どれだけ物知らずな鍛冶屋なのだろうか。
何とけしからん鍛冶屋なのだろうか、店の中を全部買い占めてやりたい……えっと、現在の価格のままで。
「恐らくは」
そんなフィアナの胸中を知ってか知らずか、ぽつりとユノが言葉を漏らす。
「あの丘の樹」
「あの丘って……まさか、おばあ様の?」
丘といえば、今はあそこしか思い付かない。
フィアナの曾祖母を弔う為に、リーヴスラシル家の……曾祖母の兄が領土内に作ったという『イズシェラリス・フィヨノルニア・リーヴスラシル』の名が埋葬された、墓碑代わりの樹。
「リーヴスラシルの領土内に植えられた樹。
人工的な手段で植えられたものでは在るけれど、リーヴスラシル家の面々はあの樹をフィヨノルニアだと思って接して来たはず。
その時その時代にフィヨノルニアはただ一人。
あの樹がフィヨノルニアの代わりだとしたら、あの樹自体が源素を集める働きをしていたとしても何も可笑しくは無い。
……この土地自体が濃厚な源素で満たされているのかも知れない。
だとしたら」
一旦そこで大きく息を吸う。
「この土地はそういった、源樹石などが多く採掘出来るのかも知れない」
……商売人の家系だからだろうか。
つい、ぴくりと反応してしまった逸る心を抑えて、答える。
「でもそれだけでは、源樹石が加工されているという事に何の説明も付かないわ」
フィアナの反論に対して、ゆっくりと頷いてみせるユノ。
最近のユノは良く話すようになった。
口数も増えたような気がする、とても喜ばしい事だと考えている。
「鍛冶屋の爺様が源素を操作出来るのだと思う」
ぶっと、思わず噴出してしまった。
ちょっと待て、いきなりこの子は何を言い出すのだ。
前々から漂っていた悲壮感が無くなり、少しは明るくなったのかとほっこりしていたらこれだ。
半眼で我知らず睨み付けていたのだろう、慌てたようなユノが前言撤回してきた。
とは言っても、完全なる撤回ではなく補足説明に近い。
「操作は出来る、と言っただけ。
もしかすると無意識なのではと思えるような拙い、けれど確実に結果を出していた」
「一介の鍛冶屋が源素を扱う事ができる、なんて大問題よ?
学会でうっかり口を滑らせてでも御覧なさい、あっという間に叩き出されて不名誉なレッテルを貼られる事請け合いよ」
もごもご、と口の中だけで小さく言葉を紡ぐユノ。
そんな少女を見て、一抹の不安が脳裏を過ぎる。
この少女が、今まで嘘を述べたことなんてない。
全てを、思い描くままに具現化する力は、術式にはない。
けれど源素は操作者の意を汲んで、可能な限り具現化しようと動く。
当然術韻だとか術詞だとか、具現化への引金は必要ではあるが、これは源素の動きとは別だ。
例えるならば、源素は矢で術陣は弓だ。
矢だけ持っていても、弓だけ持っていても、本来の性能を発揮する事は適わない。
どちらも所有して、弓矢――つまり、術式という形で扱う事が必要なのだ。
だからユノは言ったのだろう。
『源素を操作出来る』のだと思う、と。
術式師だ、とは言わなかった。
術式を扱うには才能が必要だが、その鍛冶屋が才能を有しているかなどはユノには解らない。
何故なら少女には術式を扱う才能が無いから、調べる方法すら手段として所有していないのだ。
「ふむぅ……」
そう呻くと、フィアナはベッドの傍まで思案しながら歩いて行き、盛大な音を立ててベッドへ倒れ込んだ。
もこもこでふわふわの羊毛とそれを包み込む生地に顔を埋めたまま、考える。
確かに、曾祖母の樹がある為にあの丘は濃厚な源素が満ちていた。
街中に漂う源素も、どちらかと言えば満たされている方だと思う。
という事は、領土民に源素を扱う事が出来る人間が居てもおかしくはない……かも、知れない。
人間が世に形成される時に、周りに源素が一切存在しなかったなら、その人間は術式師には絶対になれない。
源素が一切存在しない、という事自体が特殊以上の異質な条件となるのだが。
たが逆に、もし源素が豊満に満たされている所で人間が世に形成された場合はどうなるのだろうか。
ひょっとすると、才能が無くても術式は扱う事が出来るようになるのではないのか?
そういった内容は学会でも一切研究もされておらず、当然調査も行われていない内容となる。
何故なら、才能だけで人間よりも一段落優れていると奢り高ぶる、あの術式師達にとっては在ってはならない事実に等しいからだ。
人工的に才能を作り出すことが出来てしまった場合。
才能だけで能力も教養もない不出来な術式師は路頭に迷う羽目になるのではないだろうか。
人事ながら、やはり多少はぞっとしないお話だった。




