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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第二章
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あぁいうのが、好みなの?

 暫くじゃれ合っていると、ふと気付いた。

 そう言えばあの時、ユノは見慣れないものを付けていたなぁと。

 少女の腰元を探ってみると、それを発見した。


「ねぇ、ユノ」


 体格の違いもあってほぼほぼ一方的に攻められて乱れた呼吸をしているユノは息を整えながら首を傾げた。

 その鼻先に、彼女の腰から外したそれをぶら下げてみる。


「これって、何時の間に手に入れたの?」


 フィアナが掴んで見せたのは、ユノの腰に結わえられていた円月輪(チャクラム)のうちの一つ。

 以前に対峙した時に何かおかしいと思っていたんだ。

 ユノは術式を扱う才能がないのだが、それでは身を守れない。

 ただでさえ――別の存在と重ねて見ているとは言っても――曾祖父が溺愛している女に、何の身を守る術も教えずなどという事があるとは思っていない。


 彼女の有する源素蓄積器(タンカー)としての役割だって、ユノが術式を受けて負傷しないようにという意味もあるのかも知れない。

 肉体的な部分は、どうやら格闘技に属する手解きを受けたようで、ユノ自身は何かの体術を扱う。

 生憎とフィアナは体術には明るくないので、何の種別なのか流派なのかと言ったことは全く解らない。

 もしかしたら、ジークルトなら解るかもしれない……その内、機会があれば問うて見ようと思う。


「えっと、それは……」


 はて。

 何の気なしに問い掛けた事に対して、妙にユノがもじもじとし出した。

 編み込まれた髪をいじくったり、またはスカートの裾を指先でつまんだり。

 そうしているとまるで年相応の愛らしい少女に見えない事も無い。

 しかし、しかし。


 くるりとユノに背を向けて、手元の円月輪を観察する。

 とても小振りでそして軽い。

 ユノの手ならば握って扱う事も出来るだろうが、残念ながらフィアナでは手の幅が閊えてしまった。

 なので三本の指で握ってみるが、やはり持ちにくい。


「この金属は特殊素材ね。

 透き通るような琥珀色……凄く綺麗だわ」


 透き通るような琥珀色の中に、良く見るとちらちらと何かが瞬いているのが見える。

 凝視しなければ解らないその何かは、どうやら一色だけではなさそうだ。


 指先でなぞる様に確認する。

 とても軽くて、良く確認すると此れ単体では殺傷能力はなさそうだ。

 本来投擲武器は刃などを付けて殺傷能力を高めるものではなかっただろうか?

 それとも単なる打撃武器として扱うのだろうか、それにしては万人受けはしそうにない大きさではあるが。


 そこまで考えて、ふと。


 透き通るような色合い、そして異様に軽い、殺傷能力を期待するものではない。

 この三点を満たすある特殊素材に思い至ってしまった。

 けれど、あれは物凄く高価だった筈。

 何故なら殆ど出回る事も無く、更に加工するには特殊な条件下で無いと出来ないと聞く。


「ユノ、これ、この素材って……」


 思わず声が震えてしまう。

 くるりと少女に向き合うようにすると、ちらりとユノが此方を見上げてきた。

 悪いことをして叱られた幼子のようなその様子に、思わず言葉に詰まる。

 だが直ぐに少女はこくりと頷くと、口を開いた。


「源樹石」


 思わず仰け反ってしまう程に、予想通りの返答が返ってきた。

 確か成り立ちは琥珀と同じ樹脂が固まって塊となる鉱物の筈だ。

 ただ琥珀とは違って地中ではなく、空気に――正確には空気中の源素に触れるだけでも固まる。

 加工するには、源素の無い空間を作るか、もしくは大量の源素を流し続ける事によって変形を行う事が出来る。


 つまりは、本来なら金属から武具や防具を作成する場合には鍛冶屋で事足りるのに、源樹石を加工する場合には術式師やそれに順するものが必要となってくる。

 その為に加工しにくい素材として、また摂取が難しい貴重なものであるためにあまり出回らないようになっている。

 更に言えば中にちらちらと瞬いているものは、混ざりこんでしまった源素が源樹石から逃げ出すことが出来ず滞っているものだ。

 当然、術式師以外には見ることは出来ない。


「……どこで手に入れたの?」


 答えは解っている。

 この街以外に在り得ない。

 何故ならこの街までは絶対に所有していなかったし、フィアナ自体が気付いたのもここ数日の話だ。


「この街の、鍛冶屋で」

「へぇ、鍛冶屋……」


 先程からユノの歯切れが悪い。

 この、年頃の女の子が恐々と答えているようなこの感覚は何だろう。

 とは言ってもモノは、武具なのだけど。


 色気も何もあったものではない、確かに見た目は綺麗だけれど。


 しかし会話が遅々として進まない。

 思わずフィアナはずばっと切り込んだ。


「誰に貰ったの」


 びくっと、あからさまにユノの体が跳ねた。

 先程からあくまでフィアナの問いに答えるのみで、それ以上の説明は避けるような節があったのだが。

 此処まで反応されてしまうと……答えたも同然だと、思う。


「なぁんだ……あぁいうのが、好みなの?」

「ち、違うよ?! ジークルトはただ、私がじっと見ていたから――」

「やっぱりジークルトなんだ」


 両手で口元を抑えるユノ。

 その顔を覗き込むようにしてから、意識して意地悪く微笑んであげた。


「ジークルトに、買ってもらっちゃったんだー?」


 口元だけを押さえていた両手が、鼻先までを覆い隠す。

 顔が真っ赤になるという事はないのだが、視線は忙しなくうろうろと彷徨っている。

 そんな少女の手の上から手を当てて、目を見つめて言ってやる。


「仲良しじゃーん」

「も、もぅ……フィアナ!」


 パシッと手を払われて、憮然とした表情でユノが少し強めにフィアナの名を呼んだ。

 でも、正直――全く怖くない。

 本人の照れ隠しだというのも解ってしまうし、きっとユノ自身も気付いているだろう。

 まさかこんな事で怒られたとしょ気返ってしまうような歳でもない。


「仕方ないなぁ」

「からかうにも程度を弁えて」

「だって、真面目な話……ちょっと貢がせ過ぎじゃないの?」


 源樹石は単品でもかなりの値がするはずだ。

 それの加工品だなんて、フィアナですら想像が付かない。

 あの赤貧そうな冒険者然とした男が、まさかこんなモノを購入出来る訳が無い。


「そこまでの値が、しなかった」

「そんな訳ないじゃない。

 だって原石の状態ですら、そこらの術式具よりも高値の筈よ」

「……」


 そこまで言うと、ばつが悪そうにユノは俯いてしまった。

 頬に手を当てて思案してみるが、やはり『源樹石が安い』というのが想像出来ない。

 そっとユノの小さな耳に唇を寄せると、舌先で上唇を湿らせてから問い掛ける。


「誰にも、言わないから……。

 大体どれくらいだったのか、教えて頂戴な」


 顔を離してから、微笑する。

 その微笑を見て意を決したのか、それでも躊躇いがちにユノがフィアナの耳元に唇を寄せて囁いた。


 ――その回答を聞いて、思わずフィアナは声も無くその場にへたり込んでしまった。



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