後ろから見ても中々ね
夢の中で、フィアナは扉の前に立っていた。
その扉はとてもとても巨大な大木の根本にあった。
フィアナが十人ほど並んで両腕を精一杯伸ばしたとしても、大木を取り囲むことすら出来ないだろう。
そしてその扉は、まるで大木をくり貫いて作られたような位置にあった。
まるで洞への入り口のような場所にあるが、何と無くわかる。
此れはそんな単純なものではなくて、もっともっと不思議なものだ。
うずく探究心を抑えて、観察を続ける。
大木自体はそこまで珍しいようなものではない。
よくある広葉樹に近い、けれど普段目にするものよりも数倍は大きなものだった。
そしてその根元にある扉は木製で、けれど異様なほどに装飾が凝られてとても美しいものだった。
どこかでこの樹を見た事がある。
そう感覚的にフィアナは思ったが、それがどこだったかは思い出せない。
それに彼女は、何故そのような扉の前に居るのかが全くわからない。
けれど、其処に立つのが当然のような感覚がある。
(何かが、呼んでいる……?)
求められたから、今彼女はこの場所に存在する。
求めるものはけれど彼女の傍には近寄ってくることはない。
僅かな焦燥と大きな不安に包まれながらも、良く解らないままにフィアナは扉にそっと触れた。
温かさと冷たさを内包しそれでいて包み込んでくれるような、若しくは突き放すような……相反した感覚を受ける。
僅かに身震いしながら、フィアナは取っ手を探す。
扉の境目を求めて指を這わせるが、目的のものは見つからない。
扉と言うのは開けるためにあるのではないのだろうか?
どうして此処には開くべき継ぎ目が存在しないのだろうか。
そう考えながらも、手探りで扉を撫で回してみた。
けれど、見つからない。
片手から両手へ変えて、更に撫で回そうとすると。
木で出来た、温かみのある木目の扉だったはずなのに、気付いたら白く色が変わっていた。
そんな扉に触れている手を離そうとして、手が離れない事に気付く。
掌の裏から、白い扉が段々と黒へ染まる。
硬い扉の感触が、段々と柔らかくなって掌がゆっくりと沈んでいくように――
ふとそこで、慌てて扉から距離をとる。
……取ったと、思ったのだが。
確かに距離をとり離れた意識はあったのに、フィアナの体は扉を押し丁度扉の中央部分が割れた。
フィアナの体は、割れた幅が己の肩幅を超えたときから更に前へ歩みを進めて、その扉の中に消えていった。
そんな自分自身を背後から見つめながら、ふと思うところがあってそんな自分自身の背を追い掛ける。
体は何も言わない。
その体をフィアナは――最早精神体と言っても良いくらいであるが――見失わないように追い掛ける。
漆黒の闇の中をずんずんと進んでいく、フィアナの体。
自分自身を背後から見つめるなんて、早々ある事ではない。
(私って、後ろから見ても中々ね)
胸中で独り言ちて、じっくりと更に観察する。
漆黒の髪は柔らかそうに波打っていて、身体つきも女性らしさを感じる曲線を描いている。
墓碑のある丘で見た、ユノの裸体にも負けていないのではないか。
そう思ってみるものの、やはりまだまだ未熟であるフィアナの体付は、ある程度完成された女性にはかなわない。
今でこそユノは幼い身体付きではあるが、彼女の場合は実際の年齢が、恐らくフィアナより十近くは上のはずだ。
周りは外見年齢相応に扱うものの、ユノ自身はさまざまなことを知っているだろう。
それを踏まえてみると、まだまだフィアナは妙齢の女性、または淑女としての自覚と経験が足りない。
もっと胸を綺麗に、そして腰の括れを更に強調し、下腹部から太股にかけての曲線を磨くことが出来るのではないだろうか……もっと努力をするべきだ。
己の後姿にそう無理難題を押し付けつつ、フィアナは前を向いた。
扉の奥の道、その更に奥に、一筋の光が見えた。
何色かはわからないが、その色が強くフィアナを呼んでいるように感じて、全身速度を僅かに加速する。
そのためにフィアナの肉体に精神体がぶつかり、重なり――一つに戻った。
両手を確認してから、足や顔などを確認する。
特に何も問題はなさそうだ……そう安堵してから、更に前へ進む。
彼女は扉の中へ入った。
術式師が最終的にくぐると言い伝えられている、理の門。
大木の根元にある扉をくぐることによって、開くことが出来るもの。
無意識下でその門を開いたフィアナは、それとは意識しないままで何かを願った。
その願いは確かに叶えられたが、その両手に収まったそれを彼女は知覚することが出来ない。
瞬きを繰り返すとその扉の中の世界はじょじょに消滅し、空気中に溶け込み、そして霧散する。
夢の中とはいえ自分自身の存在している世界が、白から黒へ変化する。
それは彼女が良く見る、夢と同じだった。
あちらも此方も夢の中なのだから、もしかしたら同じ世界かと思うかもしれないが。
確実に異なるものだと確信が出来る。
肌にまとわりつくような空気が、全くの別物だと感じる。
暗闇の中で、腕を伸ばす。
怖いよりも、不安よりも、そうしなければならない気がして。
懸命に腕を伸ばして、指先が何かに触れて――それを必死で引き寄せた。
腕の中に納まるようなその確かな温もりを大切に抱きしめて、外の何からも守るとでも言うように確りと胸に引き寄せた。
暖かくも寒くもないその暗闇の中で、胸に抱いた温もりは唯一の確かなものだった。
その温もりの名前を、彼女は知らない。




