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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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早く、目覚めないかな

 レオンハルトはもう、問題なく源素を視て術式を構成出来るようになったらしい。

 楽しそうに術式を見せてくるので、都度フィアナは言うのだ。

 術式陣が大きい、構成が雑、術韻が滑らかでない。

 その度に口を尖らせながら、必ず翌日には完璧に仕上げてくるほど勉強熱心だ。


 ユノは以前のように、フィアナから逃げ出すこともなくなった。

 そもそも今のフィアナでは、ユノを人形たらしめている術式を破壊できないと知っていたのだろう。

 自尊心が高く自らの行いが常に正しいと思う、そんなフィアナをある意味で守るために、彼女は距離を置いていたのではないかとも思える。

 時々フィアナの曾祖母であるイズシェラリスの墓碑のある丘へ一人で向かっているようだが、フィアナは特に何も言わない。


 ナタリーは冒険者としてもメイドとしても暇を得たようで、ここ最近は姿を見ることがない。

 代わりにレオンハルトにはシャルロッテが常に寄り添い、付き従っている。

 かなり侍女としての経験が長い彼女は、何事でもレオンハルトを否定しないから困る。


 そしてレオノーラは、そんな来訪者すべてを快く迎えていた。

 どうやら彼女はずっとシャルロッテと連絡を取り合うほどであったようだ。

 確かに二人の客や主人へ仕える様は、実に素晴らしく納得ができるものであった。


 アレッサ。

 彼についてはフィアナは何も知らない。

 昔から妙に絡んでくるそんな彼を、疎ましく思ったことは幾度もある。

 けれど決して顔を見せなくなると言うことも無かったため、どこかで安心していたのかもしれない。

 まぁ、身近な親しい兄、のような感覚ではあるが。

 もしかしたら、今回のフィアナについて彼女の父に報告にでも行ったのかも知れない。

 父の怒りや悲しみを内包した何時もの顔を思い出して、憂鬱になる。


 四年も帰っていない。

 そろそろ一度帰宅せねばならない時期でもあるのだろう。


 でも、まだ帰れない。


 ここ最近の日課となりつつあった、ジークルトの側で彼の手を握りながら、思う。


 出欠多量による生命力維持が不能になった為に、ジークルトは目覚めない。

 毎日数回、掌から彼の体内源素を推し量るものの、増えることもなく日々減少していた。


 フィアナは己の術式師としての技量に自信を持っていた。

 けれどそれでも彼女の学んだ術学は、あくまで机上での学問でしかなかったのだ。

 暦学の勉強で、何故人が死ぬのか理解できていなかった。

 全ての傷など、術式で簡単に治癒できると思っていた。


 けれど初めて、彼女は机上ではなく目の前で、人間の死に向き合うことになる。


 完全な治癒などは殆ど存在しない。

 神話には数人、治癒術式を扱えるものが存在しているようだが、所詮フィアナも一介の術式師でしか無かった。

 目の前で命ががりがりと削られていくジークルトに、何もできない。

 そんな己の無能を嘆き、苦悩した。


 ジークルトの手を取り、何時ものように術式陣を編んで術韻を唱える。

 辿々しい術韻でも術式は発動し、ジークルトの身体を白の光が包む。

 眠り続けるジークルトが、もしや悪夢でも見ていやしないかと、精神干渉によって感情や精神面での揺らぎを調整する術式をかける。

 その一瞬だけ、何時も通りのぴくりともしないジークルトの表情が、穏やかになるように感じるのだ。


 早く、目覚めないかな。


 そう願いながら、フィアナは彼の体の上に頭を預けて、何時しか眠りに落ちていた。


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