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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
62/139

何処まで必死なの

 と言うよりも、明らかにジークルトの左手を掠った。


 喉の奥に悲鳴が張り付くのが解るが、無理矢理嚥下する。

 背中に刺さった幾重もの刃など話にならないくらいの、在り得ない激痛が左手の表面を抉る。

 全ての神経が其処だけに集中してしまったかのような痛みに加えて、感覚も左腕の箇所だけに集中する。

 そんな掠っただけでも激痛で男一人意識をごっそりそちらに持っていかれるような一撃は、幼い少女の体を直撃した。


 これは想像(イメージ)なのだろうか。


 少女の滑らかな肌は表面がブスブスと粟立ち、炎が表面を焼く。

 その奥で血管の中の血液が全てグツグツと沸騰するように内側から身体を犯す。

 身体全体を紫電が這い回り皮膚を裂き体内の肉も内臓も裂く。

 どろりとした液体が体内から漏れ、身体全体を包み込む炎にやかれて異臭を撒き散らしながら霧散する。

 四肢は根元から鋭利な刃物で斬り裂かれそこから内部を雷電が伝い細胞を原型を留めぬ程に破壊する。

 潰れて散らばる肉片は加圧され潰されて小さくなり最後には消滅する。


 そんな映像が目の前で繰り広げられて、異臭をも確かに嗅ぎ取って、ジークルトは身震いした。

 精神自体を誰かに蹂躙されたかのような違和感だけが頭の最奥に残り、それから。


 ――膝から崩れ落ちる無傷のユノを、ジークルトは見た。


 白の術式は精神干渉。

 その事実は彼にとって知りえぬ情報ではあるが、そんな事は些細な問題だった。


 傾いて地面に倒れかけている体を、剣を握ったままの右腕を緩衝材のように地面と体の間に挟み、右腕の力だけで体を起こす。

 倒れ込みかけていた重力と腕を突っぱねた事による反動で体は元の位置まで戻ろうとし、その勢いのままで左腕を伸ばして少女の体へ腕を捉える。

 確かに僅かでも意識を失っていたのだろう、その体を抱え込むようにしながら、右手の愛剣を離して懐へ手を入れる。


 フィアナから受け取った短剣は、上着の裏側へ入れていた。

 それを掴み口元で鞘部分を咥えると、右手で鎖を乱暴に引きちぎるように掴む。

 咥えた歯が引っ張る力に負けそうになるものの、四本の内三本の鎖が千切れて刀身が僅かに姿を見せた。

 後は右手で柄を掴んで鞘を弾き飛ばすように振るうと、最後の一本も強度が落ちていたのかぱらりとその拘束を解いた。

 弾き飛ばされた鞘は勢い良く吹っ飛び、先程ジークルトが放り投げた剣にぶつかり、澄んだ金属音を響かせた。


 左腕の少女の体を胸元に引き寄せて、その背中目掛けて右手の短剣を突き刺す。


 幼い少女の柔肌に刃を突き立てる感覚。

 弾力があり反発してくる肉に対して垂直につきたて、筋肉や繊維や骨などに邪魔されながらも刃がふかぶかと突き刺さる。


 ――その一瞬、見えてはいけない筈の赤毛が見えた。

 髪留めがはじけ飛んで、そのゆったりとした髪がとめ具を失って広がる。

 彼女は嬉しそうに何か一言囁いて、笑って、それから――


「フィアナ!」


 目の前の映像をかき消すかのように、大きくジークルトはフィアナの名を呼んだ。


「アークト・リィードゥン・トゥルーブロゥムン!」


 応えるように、打てば響くように鋭いフィアナの声が耳に突き刺さる。

 そして瞬時に少女の小さな体が六色の光によって包まれ、辺りに浮いていた円月輪が重力を取り戻したかのように地面へ落下する。

 色が、消えて……少女がその瞳を開く気配は、無かった。


「ふぅ……」


 思わず溜息が漏れ、合わせる様に背中の激痛が彼の意識を襲う。

 蹲るかのような体制になりながらも、地面の上にそっとユノの体を寝かせる。


 仰向けに横たえようと思ったが、背中にはふかぶかと短剣が突き刺さっていた。


(抜いて良いのか、これ……)


 どうにも意識がはっきりしない頭でそう考えるものの、普通は刃物は抜いてはいけないものだろう。

 そう考えてユノの体は側面を下に横たえて、一度その髪を撫でてやる。


「じ、ジークルト」


 其処まで遠い距離ではなかったはずだが、ふら付きながらフィアナが此方へ駆け寄ってくる。

 近くまで到達するとそっとジークルトを支えるように腕を伸ばし、そして背中一面の傷を確認すると息を呑んだ。


「痛くないの、これ?!」

「いや痛いから、割と声すらも痛いから、堪忍して――」


 血自体には特に何も思わないようだが、傷口の深さをあまり理解していないようだった。

 迂闊にも思い切り触れようとされたので慌てて止める。


「クミーフト・ユオース・マートゥン・コンギィフル・ハーヌ・ガートリィ・キュールェ」


 ジークルトの悲鳴の様な声音で傷の深さを確認したのか、早口で術式を唱えるフィアナ。

 その言葉に呼応するように、じんわりとジークルトの背中を白と青の混じった光が包み込む。


 痛みは消えない。

 けれどその光の温かさによって、流れる血は少し納まったのではないか、とも思う。

 まぁ血自体は既に流し過ぎているので、貧血に近い頭の朦朧さと体のだるさは消えないのだが。


「私に出来るのは此れくらい、痛みは消えないだろうけど……」


 それだけ言い残すと、フィアナは彼の傍を離れた。

 ふとジークルトもつられてそちらの方面を見ると。


「どれだけの妄執を抱えてこの世に居座るつもり?」


 フィアナの前に、人が居た。


 正確には人ではなくて、何か薄ぼんやりとした靄と光の集合体のようなそれは、すらりと長い裸体を惜しげもなく晒している。


 陶器の様に白く滑らかな肌。

 絹を思わせる白銀の艶やかな髪。

 深く鮮やかな宝石よりも輝く紅玉の瞳。


 足元まで伸びる豊かな髪はさらりと全身を覆うように存在を主張している。

 表情はその長い長い髪によって、残念ながらジークルトの方からは確認する事が出来ない。


 きゅっと引き結ばれ僅かにだが微笑んでいるような、赤がはっきりと確認できる紅色の唇。

 身体付きは華奢ではあるが、女性らしい丸みを帯びており要所要所のふくらみはしっかりとありとても魅力的な身体であることが解る。

 豊満といって差し支えのない両の胸の膨らみから、その存在を更に強調するべく引き締まった腰の括れ。

 全身を覆う滑らかな肌と女性らしい肉付きから成るその肢体はとても扇情的で魅力的であり、すらりと長く伸びた太ももtからきゅっと締まった足首までのラインが美しい両脚。そして足の付け根に薄っすらと茂る――


 明らかに目で追ってはいけない部分まで追ってしまい、顔を背ける。

 見てない、俺は何も見ていない。

 物凄く興味はあるし好みどんぴしゃりだししっかり見たいけど、見てはいけないとどこからか言われているような気がする。

 そう葛藤しつつも、様子は伺う。


 実体がないはずなのに、そうとは思えない程の確かな存在を有した女性が、其処に居た。


 そんな女性と対峙して、フィアナは呆れたように肩を竦める。


「私の術式でもって、貴方と源素の蓄積器部分との連結は絶ったはず。

 実際にあの六つの扉は動作を停止したわ」


 なのに何故、と小さく続ける。


「何処まで必死なの」


 吐き捨てるように言い、フィアナがぎりりと歯を鳴らす。

 そんな彼女を見ながら、ふと。


 彼女の後ろに落ちている、何かが靄を纏っている事に気付く。

 フィアナは気付いていないし、そもそも彼女は目の前の存在に意識を持っていかれている。


 ――あれは、何だろうか。


 あまり良くない印象を受ける。

 全身はまだ痛みに疼き、もうこのまま横になってしまえと言わんばかりだ。

 けれどそれでも、もしかしたら此れは自分の役目なのかも知れない。


 少しでも体を捻ると傷口から血が流れ出る。

 傷が癒えた訳ではない、先程フィアナがかけたのもあくまで応急処置的なものだろう。


 けれどそれでも。


 痛む左腕を支えに両足で地面を蹴り、重い身体で無理矢理に走駆する。

 懐に手を突きいれ其処に何時も忍ばせている短剣を引き出し、先程と同じように一振りして鞘を弾き飛ばす。


 焦る表情のフィアナと、その目の前にいる表情の見えない女の横をすり抜けて。

 ――目的のものに駆け寄ると、上から斜めにその短剣を振り下ろした。


 一瞬、辺りに溢れ出る黒の光が見えた。


 それから少しした後に、ジークルトが刃を立てたソレは光を失い――

 同時にフィアナの前に対峙していた女性の姿は空気中に溶け込むように、姿が溶けて消えた。


『…ティ……ロリア……』


 風に乗って、何か言葉が聞こえた気がしたが。

 なんという言葉だったのか、理解できぬままに。


 ジークルトの意識は完全に途絶えた。


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