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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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必ず助けてみせる――任せろ

 彼女の声は震えていた。

 声だけではなく身体も震えていて、いつも艶やかだった紅の唇は可哀想なくらいに青くなっていた。

 寒いのかとも思ったが、恐らく寒いのではないのだろう。


 残念ながら、ジークルトは彼女がこうまで震える理由が解らない。

 辺りには"何も見えない"のだ。

 だから、恐らくユノが……ユノの姿をした何かが、術式を使おうとしている訳ではないと思うのだが。


「もしあの子に、改めて名前を付けるとしたら――」


 彼の思惑など知る由もなく、フィアナは言葉を続けた。


源素蓄積器(タンカー)


 言われて、再度当人を見返す。

 一瞬、戦闘中の壁を意味するタンク役が頭に浮かんだ為に、何を言っているのかと思った。

 しかし良く考えてみると、先程のフィアナの説明では『蓄積し』とあったはず。

 と言う事は、本当に言葉の意味の通りなのかも知れない。


 源素を、蓄積し輸送する、器。


 ……何処に?


 ジークルトには理解出来ない。

 先程のあの女が話す内容もそうだが、そもそも源素がどのようなものかも解らない。

 フィアナによって一時的に源素を視たけれど、あれが本当にこの世界に存在しているかもいまいちピンと来ない。


 だからいまいち説明されても、頭の中で想像力が形を成さないのだ。

 とは言っても、実際にあの女の所為で明らかにフィアナは精神を疲弊させている。

 此れだけは事実であり、実際の現象だ。


 ぎゅっと、彼女が握ってくる手の力が増した。

 普段大人びた言動をしていても、フィアナはまだ未熟なのだ。

 二十六でもあるジークルトですらまだまだ未熟なのだから、二十前後の彼女だって成熟しているとは言えない。

 背中をさすってあげようか、それとも頭でも撫でてあげようか。

 そう思うが、手は動かせなかった。

 気丈に振舞おうとしていて、それでも隠せぬ震えに耐えながら、其処に存在する彼女の考えを尊重したいと感じたから。


 女の様子を伺う。

 先程まではフィアナを煽るかのように話していた女は、今は何も言わずに笑顔を浮かべていた。

 しかし色気とも愛嬌とも言えない、不愉快な顔だ。

 容姿はユノのままであるのに、あの表情は見ているだけで虫唾が走る。


 フィアナも、そしてユノも。


 無意識の内に、アレは二人を蹂躙して搾取して支配して。

 苛立ちから思わずジークルトもその手に力を込めてしまった。


 その手に、温かい雫が一滴、落ちた。


 此方の手を握り締めて、胸元に引き寄せつつ何も言葉を紡がなくなったフィアナが。

 声も漏らさずに音も立てずにただ静かに、漆黒の瞳を涙に濡らしていた。


「――駄目」


 小さく言葉が漏れる。


「あんなのに敵わない」


 誰かに聞かせるでもない言葉。


「どうしようもないけど、何も出来ない」


 ボトボト、と今度は音を立てて手の甲に雫が落ちる。


「怖い」


 肩を震わせたまま、フィアナはジークルトの手ごと自分の手を胸元に押し付けた。

 手から伝わる柔らかな弾力とか彼女の心臓の鼓動とかそういった諸々はともかくとして。


 ジークルトは唐突に総毛立つ。


 恐怖も嫌悪も感じていなかった筈なのに、妙に女に対しての感情が沸いた。


 ――憎悪。


 それはジークルトの全身にゆっくりと浸透していって、反射的に奥歯を噛み締める。


 実際にユノとフィアナとかかわりだしたのは、ここ数日の話だ。

 本当ならば最初の会合の後に、もう縁が切れても可笑しくない程の希薄な繋がりだった。


 けれど何かの縁があり、数日を共にして、話し触れ合いそして今、共に居る。

 そんな一人は人形と言われ身体を奪われ、もう一人は身体を震わせて涙を流し続けている。


 理不尽。


 彼女たちが何をしたのかは知らない。

 そして彼女たちが何と関わっているのかも、解らない。


 でも、どうしても理不尽だと感じる。

 意味が解らない上に、どうしてそんな事が起きているのかと不思議に思う。


 この二人はこんなに苦しまなければならないものなのか。

 そう考えると、そんな事はないと全身を以って否定したくなる。

 だってほんの少しの関わりでも、二人が世にとって害悪でないと理解した。


 どちらかと言うと、ジークルトの方が余程世にとっての害悪だろう。


 思わず胸中で吐き捨ててから。

 再び二人を見る。


 相変わらずユノは笑顔で、フィアナは泣いている。


 どうしたものか、と考えても解らない。

 でも取り敢えず、あの女が放つあの空気だけはとても不愉快だ。


 ジークルトは基本的に、あまり物事を深く考えない。

 あくまで経験則で、過去の体験を元に現状を判断するという生き方をしてきた。

 それが正しいのか、それとも誤っているのか。

 どちらかで迷ってしまった時、彼は己の本能を何より信じた。


 二人は間違ってない。

 可笑しいのは今あそこにいるあの女だ。


 そう判断して、ジークルトは立ち上がる。

 彼の手を握り締めたままだったフィアナの両手をそっと引き離して、軽く頭を撫でてやる。


 瞳から零れる涙を拭う事もしないまま、驚いたようにフィアナが此方を見上げて見詰めて来た。

 漆黒の瞳は涙に濡れて、光を反射してとても綺麗だ。


 でも、悪戯っぽさに溢れた笑顔とか、照れながらも口を尖らせる表情とか。

 年相応にそういった顔をするフィアナの方が、もっと素敵だと思う。

 ユノも……今はあまり表情を見せないが、笑った顔がとても可愛いと知っている。


 その二人を苦しめている原因に、あの女がいるとしたら。

 今ジークルトがすべきことは、あの不愉快な笑顔を消し去る事だろう。


 右手を背中に回して、愛剣ブリュンヒルデを手に取る。

 無造作にその長剣を構えながら、フィアナの顔を見た。


「お前が無理なら俺が、あの女からユノを必ず助けてみせる――任せろ」

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