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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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人形が最後に何をして何を残そうと

 丘からは、リーヴの街が一望出来る。

 小さくは無くそれなりの規模を持っているその街は、偏狭にあるとは思えないほどとても美しく其処に存在している。


 大きな海原に背を向けて、街を見下ろすその丘には一本の大木が生えていた。

 フィアナの五倍は背が高く、恐らく三人でその木を囲うように腕を伸ばしても手を繋げない程の太さ。

 何故か丘に一本だけそそり立つ様にその存在を主張する大樹は、とても美しい緑をそこに残していた。

 その木から少しだけ距離を経て、丘は一面の色とりどりの花に彩られている。


 特に墓碑らしきものは見当たらない。

 まるで、その木自体が墓碑のように、それ以外に目立ったものは存在していない。

 木の周りの、その一定の区間だけは緑の葉が地面に張り付くように生えていた。


 其処にしゃがみ込んで地面に何かを並べている少女が一人。

 その後姿を確認して、フィアナは大きく息を吐いた。


「何をしているの、ユノ」


 立ち上がってから、くるりと身体ごと少女は後ろを向いた。

 さらりと流れる白銀の髪と、鮮やかな紅玉の瞳。

 その瞳は相変わらずきらきらと輝きを放っていて、真っ直ぐにフィアナを貫く。

 うろたえる気持ちを必死で押さえ付けながら、言葉を紡ぐ。


「用事は終わったのかしら。

 それともやっと、私に破壊される気になった?」


 顎に人差し指を押し当てて、少し首を傾げて問い掛けて見る。

 そんなフィアナに対してユノは表情を変えずに、否寧ろ引き結んだ口元を僅かに緩めて返した。


「本当は、フィアナは私を壊す気なんてないのは、知っている」


 心臓が跳ね上がるような衝撃を受けた。

 反射的に言い返そうとしたものの、妙に彼女は何かを確信しているかの様に続ける。


「貴女と私が持っている転移用の家紋。

 その家紋は人だけではなくて術式だって通す扉を開く」


 ちゃり、と手元に紋様術式の刻印を有した家紋を出して、此方へ見せてくる。


「本当に貴女が私を壊すつもりなら、その扉を経由して術式を放てばそれで終わる」


 ――確かに、ユノの言うとおり。

 態々フィアナが少女を追い掛けて家を飛び出す意味なんて、何も無かった。

 彼女が何故家を飛び出したのかは、異なる理由があってこそ。


 とは言うが、その理由をわざわざ口にする必要もないと、黙している。


「そんなずるい方法で私が満足するわけないじゃない?

 つまらないこと言わないで頂戴、怒るわよ」

「ずるいと、つまらないと、そう言うのならそうなのかも」

「そうよ、面白くない冗談だわ」


 腕を組んで、ぷいっと顔を背けて見せる。

 眉根を寄せて困惑しているユノを確認してから、続けた。


「それに、要らなくなったオモチャには、自分で直接引導を渡したいの。

 だから愛しい愛しい人形(マリアーネ)は、私が自ら壊してあげる」

「……解ってる」

「どちらにせよ。

 今貴女がしようとしている事が終わるまでは、私も成り行きを見守る事にするわ。

 人形が最後に何をして何を残そうとしているのか。

 その一点には興味が尽きないの」


 フィアナが言い終わるのを待っていたかのようにユノは一度だけ頷いた。

 それから再び彼女に背を向けて、地面にしゃがみ込んで何かを始める。

 そっと後ろから彼女の手元を覗き込むと、何やら六つの物品を大樹の前に並べていた。


 黒い装丁の古びた手帳、輝く黄金の鋳型、艶やかな純白の羽ペン、鮮やかな赤い鉱物、薄い青の絹手袋、緑の葉を模った髪飾り。

 どれもがどこかで見た事があるような、それも気のせいな、不思議な感覚に襲われる。


 記憶を辿って見ると、確かにどこかで見た事がある。

 けれどそれがどこだかは解らずに妙な鈍痛が頭を揺さぶる。


 誰かが持っていたような気がする。

 かと言って誰が持っていたかとか、そういった情報はあまり思い出せない。

 でもどれも大切で……忘れてはいけないような。



 ふと、目の前がちかちかと瞬いた。

 ユノの姿も大樹の形も色とりどりの花も消えて。



 白い部屋の中でぽつんと佇む自分がいた。


 窓際から見える外は真っ白な一面の雪化粧で。

 その中にとても珍しい、冬に咲く白雪花が雪に混じって咲き誇っていた。

 雪と一体化して、それでも確実に花があると解るその様子を見て、思わず笑みが零れる。


 その美しさに駆け寄りたいと思って、窓に手を付いた。


 黒い窓枠に囲われたその窓硝子に手を付いた途端に、手のひらに伝わる滑り。

 反射的に手を窓から離そうとするが、何故か癒着してしまったかのように動かす事が出来ない。

 手が窓に沈み込んでいくような異様な感覚。


 ――怖い。


 感覚とは裏腹に依然手は硝子に付いたままで。

 そんな視覚と感覚の相違による恐怖に耐えられずに強く強く瞳を閉じた。

 悲鳴を上げようと口を開くものの、声がのどの奥に張り付いていて何も音を発することができない。

 のどはからからに乾いていてまるで石にでもなったかの様に一切動かせないという不安が身体の奥を震わせる。


 そんな彼女を優しく包み込む暖かな腕があって。

 芯から冷えてしまったかの様な冷たい彼女の硬く強張った身体を包み込む。


 腕に触れられた部分が僅かに熱を持って、強張った身体に火が灯る。

 暖かな腕が次第に熱を失っていって、代わりに彼女の冷たい体が温もりを宿す。

 恐々と瞼を持ち上げて、まぶしい光を我慢しながらも確実に双眸を開いていった。



 幼子の様にその場所にしゃがみ込んでいるフィアナは、己の頭を抱え込むように縮こまっていた。

 そんな彼女を包み込むように両腕を精一杯伸ばして、ユノが彼女を抱き締めている。


 冷たい身体を暖めていたのは確かにユノであって、フィアナはその温もりをただただ感じていた。


「あ……あ、あぁ……」


 まだのどの奥が張り付く感覚が消えない。

 ぴりぴりと肌が粟立ち、身体は依然震えている。

 そんなフィアナを更に強く抱き締めて、落ち着かせようとしているのだろか、ぽんぽんと背中を軽くリズミカルに叩かれる。


 暫くそうしていたが、いつまでも甘えている訳にはいかない。

 無理矢理咥内の唾液を嚥下して、のどを潤して口を開く。


「だ、だいじょ、だいじょうぶ。

 だから、離れ、て」


 たどたどしく要求を伝えると、最後に一度強く抱き締められてから、そっとユノが離れた。

 去っていく温もりに名残惜しさを感じながらも、荒々しく乱れた髪の毛を梳いてからその場にフィアナは座りなおした。

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