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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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術式は決して万能ではない

 どうやらレオンハルトは、徹底的にフィアナに対して優しくすると決めたようだ。

 すぐさまシャルロッテに対して彼女を宿まで送る事を命じた。

 恭しく跪礼をして微笑む彼女に対して、様々な不安が過ぎったが――諦めてフィアナは案内に従う。


 やっと正式な訪問着から普段の衣装へと着替え、一息吐く。

 堅苦しい装いは余り好きにはなれない。

 一応は教養として両親から叩き込まれはしたものの、フィアナ自身は家に拘りがない。

 貴族っていうもの自体も好きにはなれないし、話していて楽しいとも思えない。

 家に誇りを持っている訳でもなく……どちらかと言えば、ドラシィル家よりもリーヴスラシル家の家名を名乗りたかったと考える事も少なくはない。


 言っても仕方のない事だけれど。


 諦めて両手で頬を打ち鳴らしてから、荷物を纏める。

 基本的にあまり多くの荷物を必要としないフィアナは、何か不足があれば購入して、という形で街を移動していた。

 彼女が好んで着ている普段着と、後は社交場へ出る時の正装、術式師としての正式な儀式服は必ず所有する。

 しかしその他の寝巻きとかそういった荷物は完全にその街その村にて購入するようにしていた。


 ある意味で、所持金が潤沢である彼女にしか出来ない方法ではある。

 貨幣だけではなく彼女にとってはその技術すらが資金調達の意味を持っているのだから。


 取り敢えず今直ぐには出立するという予定ではないが、あまり宿にとどまるつもりもない。

 どうしても荷物の関係で、ジークルトに別れを告げた後もレオノーラの好意と事前に支払った費用の関係から、一室は開けていて貰ってはいたが。

 夜にこっそりと窓から立ち入って、だなんてまるで盗人のような感じで用を済ませるのも何と無く限界だろう。


 レオノーラは構わないと言ってはくれていたが。

 どうしても目的を達成するまではユノとジークルトと馴れ合うような状況は避けたくて、そのように動いていた。

 しかしついにユノもリーヴスラリス家にまで立ち入ってきた。


 と言う事は彼女の目的の達成ももう直ぐ終わるだろう。


「さて、と」


 立ち上がって、服装を確認する。

 纏めていた髪をぐしゃりと無造作に解いて、軽く頭を揺らして手櫛で整えた。

 フィアナの目的ももう直ぐ達成できると、思う。


 先ずは先程、書庫で見つけた日記帳の記述に従って、曾祖母の墓碑にでも向かおうか。

 そう考えて、窓から外へ一歩を進めた。




 南中時間を少し過ぎているものの、やはりまだ日差しは強い。

 用意しておいた深張りの洋傘をさして日差しを防ぐ。

 日焼けとかそういう事を心配している訳ではない――と言うと嘘にはなるが――のだが、眩しい事によって視界が狭まるのを好まない。

 と言うと洋傘による影によっての視界の狭まりは構わないのか、と突っ込まれるのだけど。

 何か妙な気配を感じたら、暢気に優雅に日傘、という状況でもなくなるので問題ないとフィアナは考えている。


 くるくると傘を回しながら、のんびりと空中を歩行する。

 地面を歩くのも好きだが彼女はこうやって、空中を歩行するのが好きだ。

 自分で作成した術式具の効果や性能を体感できる、という意味も勿論あるのだが。

 緑や青、そして黒の源素を操作して本来はなしえない人体が空中にとどまる、という結果を生み出している事が堪らなく愛しく思う。


 緑の翼にて空中を飛翔するのもとても気持ちが良いものではあるのだが。

 直線速度を重視するなら問題ないが、如何せん操作がし難いのはあまり好みではないのだ。

 同じ理由から、重力操作による跳躍移動もそこまで好んでは使わない。

 戦闘中や必要に応じて利用する事は、当然あるのだが。


 空中から街を抜けて南へ向かい、小高い丘を目指す。


 残念ながら今の時期では目印となる白雪花はまだ、緑の葉だけで美しさは感じられないだろうが。

 しかしあの花の葉はとても独特な形をしていて、見れば判別は可能だろう。


 徐々に丘に近付いていくと、どうも肌が粟立つ。

 街よりも辺りの空気が濃く重く、けれど満たされている。

 どうやら源素が多く存在しその全てが均等に散りばめられているように感じる。

 本来は空気中に数が少ない白と黒の源素までが、丘の近くには配置されていた。


 ふと空気の変化を感じて、地面に降り立つ。


 源素が濃いからか、術式具の動きが変わった。

 周囲の源素とフィアナ自身の源素を取り込み調整して、作動する術式具なのだが、どうもフィアナの体内源素よりも空気中の源素の量が増えてしまったようだ。

 その為、フィアナ自身で補っていた黒の源素を回りから取り込んでしまった為に、少し動きが強く変わってしまった。

 ある程度の一定の高度を保つのが難しくなったので、地面に降り立って術式具の作動は停止させる。


「此処からは歩くしかなさそうね」


 術式は決して万能ではない。

 やりたい事を全てまかなえるといった便利なものでは決してない。

 その点だけを目的の主軸とするならば、術式なんかよりも科学の方が余程不自由なく目的を達成できると、フィアナは思う。


 この国の外にある、話だけに聞く帝国という場所には科学が蔓延り、機械などを以って生活が成り立っているとも聞く。

 空を自由に滑空出来、移動は専用の箱が存在して、水中にだって侵入して行く事が出来ると。

 全てにおいて術式のような集中は必要とせずに、創作者以外の人間ですら自由に扱う事が可能だと言う。


 術式と共に生き共に歩んできたフィアナには全く想像も出来ない状況ではあるが、この世でも術式を使う事が出来ない人間は存在している。

 そう考えると己の感覚だけを信じるのは愚かであるし、想像外の出来事も己の中に取り込んで消化する必要もあるのだと感じる。


 整備されていない道を歩きながら、余りに地面に足を取られる為に少し後悔した。

 踵の高いいつもの靴ではなくて多少不恰好でも歩きやすい探索用の靴を持ってくれば良かった。


 まさか目的地に到着する道中で術式具の動作が安定しなくなる、なんて考えもしなかった。

 時たまこういった想定外の現象に動揺して思考が鈍る自分の性格が、フィアナは度々恨めしい。

 どうしてもある程度周りに守られた環境で育ってきた彼女にとって、家の外で発生する異常現象への対応力は未だに低い。


 だから、苦労しながら目的地に到着した時。

 既に先客がいる事に酷くうろたえる事になる。


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