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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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見つかってるじゃん!

 大人しく少女の後ろを付いて行くついでに、手近にある書物を一つ手に取る。

 あまり質の良くない羊皮紙で作られたそれをパラパラと捲って見ると、『暗殺されないためにすべき』なんて一文を発見したので、そっと戻しておいた。


 え、何この書庫。


 その隣にある表紙に妙な刻印が刻まれている書物を手にとってめくると、今度は『術式の成り立ちについて』という一文。

 ちょっと面白くなって隣の妙に重厚な装丁の書物を手にとって見ると表紙に『領主日記帳』と……日記帳!?

 最後のは怖いので、敢えて奥の方に押し込んでおく。


 聊か雑食過ぎないだろうか、この書庫の主は。

 というよりも、書庫というか単なる図書館の蔵書なのだろうか。

 それにしても術式による隠し扉の中に積み上げていても何の意味も無いように感じるが。


 キョロキョロと周りを確認して、都度手にとって、戻して。

 落ち着きの無い子供のような動きをしていると、ふとユノが振り返って此方を凝視していた。


 何かやらかしてしまったのだろうか、と今更ながらに焦って少女を見返した。

 そんなジークルトを暫く見ながら彼女は手に持った書物を数冊地面に置いてから、


「静かに」


 此方に近寄って来て、人差し指をジークルトの唇に添えながらそっとユノが囁く。

 手に持っていた書物を本棚に戻してから、ジークルトは尋ねた。


「一体此処は何だ?」


 少し双眸を伏せていた少女だったが、引き結んだ唇を僅かに笑みの形に動かした。


 基本的にユノはほぼ無表情、僅かに眉を動かす程度でしかない。

 そんなユノが僅かでも表情を変化させるのは、ある一定の状況下でのみ。


 ふと周りを見ると、地下水路から辿ってきたしては妙に綺麗な書庫の様だ。

 書庫と言うより、もしかして書斎なのか……?

 余りに書物がところ狭しと陳列しているせいで、見る限りでは雑多な書庫に見えていたのだが、本棚の設えはとても高級感がある。


 何だろう、何処かの貴族の館にある一室のような。


 考えてから、首を横に振った。

 いやいや、だって地下水路から辿って着て此処に辿り付いた。

 まさか知らない間に貴族の館に侵入しているなんて事がある訳が無いじゃないか。

 門も通らずそんないきなり建物の中に侵入していたなんて、誰が信じるものだろう。

 捕まえられてつるし上げられるのが関の山。


 ……だよね?


 そう考えて更に奥へ進む。

 ユノはどうやら目的のものを発見したのか、机の傍で引き出しを開け閉めして何かを確認していた。

 小さな体でごそごそと探し物をしている様子はとても愛らしくて和む。


 そんな彼女を傍目に、適当に歩き回ってみた。

 大分ユノから距離を開けて、室内を確認していると。

 押し殺したような、しかし小さな悲鳴、叫び声の様なものが先程のユノのいた場所辺りから聞こえた。


 何事だ?


 そう思って来た道を迅速に、しかし音は立てずに駆け抜ける。

 辺りの様子を伺いつつそっとユノを伺うように、本棚の裏から覗き込む様に伺うと。


 ユノが誰かに話し掛けられていた。


 えっ。

 見つかってるじゃん!

 静かにしても見つかってるってどういう事なんだ。


 驚愕におののくものの、かといってユノを放置している訳には行かない。


 そもそも、来た道筋は確かに地下水路からではあったのだが、やはり此処はどこかの建物の中なのだろう。

 どこかの館の地下とかになるのだろうか、知らぬ間に侵入していたらしい。

 先程冗談で考えた事が、実際事実だったと言う結果だけで倒れそうだ。


 しかしここでジークルトが倒れる訳にはいかない。


 遠目で伺う感じだと、特にユノが責められている様ではない感じであった。

 ジークルトの立ち位置からユノの表情が見えているが、特に困惑した様子も見られない。

 こちらに背を向けているのは、どうやら女性のようだった。


 足元まで長いスカートにはふわふわとした布が何枚も重ねられて、ふわりとしている。

 髪は美しい漆黒だが、綺麗に編み上げられており長さは解らない。

 滑らかなうなじ部分にはチョーカーが覆い、ウエスト部はきっちりと締め上げられていた。


 どうも妙齢の相手のようだが、唐突に現れたであろうユノに対しても特に取り乱した様子は見られない。


 だが、これから騒がれでもしたら面倒だ。

 いっそ後ろから接近して、彼女自身に対して軽く闘気でもぶつけて気を失わせてから、ユノをつれて逃げ出そうか。


 そう考えて軽く拳を固める。


 今ジークルトが立っている位置から、ユノの場所までは走れば数秒も掛からない。

 彼女に気付かれる事なく、背後に忍び寄って全てを終える事が出来るはずだ。


 本来は闘気をぶつけて意識を失わせるといった手法はあまり使用されない。

 しかし術式での白による精神干渉にはそれに順ずる術韻も存在し、ジークルトのその思考は寧ろそちらに近いものでもある。

 実際に彼は気付いていないが、その様に気を失わせてから改めて術式などを掛け直す手法などは実際使われていた。


 武術にて的確に人間の意識を失わせるという方法はどちらにしろ、対象者に対して物理的な欠損を来たす。

 首を絞めるにしろ、当身を食らわせるにしろ、対象者の肉体に負担が掛かる事になる。

 その為に選択したなるべく相手に負担を掛けない、という方法で動こうと、ジークルトは決めた。


 ユノの姿は確認されてしまっているがまだ余り時間も経過していないようだし。

 目が覚めた時に退散していれば、記憶違いと考えてくれる可能性もあるのではないだろうか。

 希望的観測ではあるが、そうなれば良いなぁという期待感もこめて。

 動く流れを決定付けてジークルトは走り出した。


 ユノが小さく口を開き。

 ジークルトが女性の後ろから忍び寄って、背中に手を当てようとして――


 くるりと、女性が振り向いた。


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