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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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実力行使も已む無し

「事実無根」


 即答する、ユノ。

 立ち上がって真っ直ぐにアレッサを睨み据え、続ける。


「アレクサンドリア、貴方が全てを知る必要はない」


 きっぱりとした拒絶に近い声音に、相手が少しうろたえる。

 珍しい、とジークルトは思った。


 彼自身がユノに同行を申し出た時も、レオノーラが彼女を着せ替え人形扱いして洋服を見立てていた時も。

 どちらもここまでの拒絶を露にした事は無かった。

 眉を僅かに吊り上げてアレッサを睨み付けてから、ジークルトの方へ歩み寄る。


 此方を見上げてきて、更にきゅっとジークルトの外套を掴んだ。


「先へ進もう、アレクサンドリアに構っている時間が惜しい」


 くいくいと引っ張りながら、先へ歩き出そうとする。

 もう少女の瞳には、アレッサは映っていないかのようだ。

 正直に言って余りよろしい雰囲気は感じない。

 あれだけ感情を外に出した男を前にして、完全にその存在自体を無いものとして扱おうとする事は、悪手ではないだろうか。


「問題無い」


 ユノとアレッサを交互に見て歩みに迷いを見せる彼に対して、更に端的に少女は伝える。


「何時までも此処に留まっている訳にはいかない。

 彼に目的があるように、私にも目的があって、フィアナにも目的がある。

 彼だけの目的の為に歩みを止めるわけにはいかない」

「だ、だけど」

「それでも何か問題があるとするならば、今この場にアレクサンドリアがいる事だけ」


 ジークルトが歩こうとしない理由を理解して、ユノは改めてアレッサを見た。

 もう顔も見えないくらいにアレッサを取り巻く靄は、彼を完全に覆い隠してしまった。。

 けれどそれはユノには見えていないはずで、結果少女は何の反応も示さない。


 と、思っていた。


 この少女は自分に対する敵意、悪意、興味に無関心だった。

 だから守ってやらねばとジークルトは考えたし、事実そうすべきだと思っていた。


 けれど実際はそんな事はあくまでジークルトの思考の中でしかなくて、実際にはユノはそこまで他者の手を借りようとしている訳でも無かったのだ。

 最初にジークルトとユノが出会った裏路地での時だって、彼女はたった一人で男達を地に触れさせ撃退するくらいには他者に対応はしている。

 その事を完全に失念していた為、いきなり行動したユノにジークルトは驚くしかなかった。


 腰に付けた円月輪を一つ構えて、アレッサに突き付ける。

 身体は自然な半身の姿勢を取り右腕だけを前へ伸ばした状態だ。

 その手に持った円月輪の大きさは其処まで大きいものではなくて、ユノの手で辛うじて握れる程度でしかなかった。



 子供用の体術で扱うような頼りないものでもあった。

 もし武器として使うのならば、ジークルトなら絶対に選ばない……というか、手が入らないため確実に投擲する方法しか取れないため使えない。

 基本的には彼は手に持つ剣や若しくは槍程度しか扱うことが出来ないため、投擲武器やそれに順ずるような武具は扱わない。


 けれどユノは本来は投擲を目的とした大きさの円月輪を求め、それを実際に腰に結わえ付ける形で装備していた。

 その数、六つ。

 一つ二つならともかく何故それだけの数が必要なのか、そもそも彼女の小さな体にはその数と重量は辛いのではないかと伺ったが、問題無いと言われてしまった。

 実際に手にとって見ると思った以上に軽い金属を使用しているらしく、多少殺傷能力を犠牲にしても装備者の速度は落とさないような作りになっている。

 実際に六つ分の重量を確認して、それでもどうしてもとユノが所望した為にそれを購入した。


 ジークルトの剣の手入れを終えて裏から店内へ戻ったイヴェニルは、髭をなでつけながら言っていた。

『なかなか珍しいものを所望するんだのぅ、お嬢ちゃんは』

 直接手に握って戦うでもなく、投擲して遠隔の火力とするでもない、その大きさの円月輪を所望する人間は実に少ないと。


 ただしある一部の存在からは、とても重宝され購入希望がある、という話だった。

 それも一つ二つではなく複数個まとめて購入されるという。

 理由は解らず、そもそもそういった理由を聞く機会が無かった為に聞きそびれてはいたのだが、これを機にと思ったのだろうか。

 イヴェニルはユノに対して、問い掛ける。

『その円月輪を選んだ理由は何かのぅ?』

 問われたユノは手に持った円月輪を何度も握り直してから、老男へ返答を返した。



「道を開けて。

 今、アレクサンドリアと長々話している時間はない。

 直ぐにその場を立ち去らないならば、実力行使も已む無し」


 そう言い放つ少女に向かって、アレッサは明らかな不快を感じ取ったようだった。

 奥歯を噛み締めるギリリという音が此方まで届きそうなほど表情を歪めて、口を開く。

 少しの隙間を開けた状態で何も言葉は発さずに――否、喉の奥でうめくような声を発した。


 途端、彼の周りを取り巻く靄が青く輝き、無数の水の槍が彼の周りに具現化する。


 術式を使う際に、相手に術韻をばらす必要も術詞を届かせる必要もない。

 術式陣に流し込んだ源素がきちんと具現化されるように、声を出せばそれで良いのだ。

 だからこっそりと口の中で術詞を唱えられるならば、術式を発動させる事は可能である。


 アレッサはその特徴を正しく理解し、ジークルトとユノには聞こえないように術式陣を完成させて術式を発動させた。

 彼の周りに具現した水の槍の目標は、ユノ唯一人。

 右手を振り払うように、アレッサはそれらを動かした。


「人形の癖に何をふざけた事ほざいてやがんだぁ!!」


 隣に立っているジークルトへは一切の攻撃が無かった。

 槍が放たれた時にジークルトは手に持っていた長剣でそれらを薙ぎ払おうとするものの、水は剣をすり抜けて進む。

 一本、二本と彼の剣は擦り抜け、全く何の役にも立たずに水の槍は少女の体躯に突き刺さった。


 しかし。


 相変わらず平然として先程の姿勢を崩さない少女。

 表情も変えず一切の動揺も見せず、彼女はそこにいた。


 瞬間、えも言えぬ感覚がジークルトの全身を包み込んだ。

 恐怖でもなく、また憤怒でもない。

 実際にジークルトの目の前でユノが攻撃を喰らい、その攻撃に対して彼は何も出来なかったのだが、そんな自分に対しての怒りでもなかった。


 人の身でありながら、人外の力とも言われている術式に対する絶対的な圧倒力を垣間見た気がした。

 この力があるならばもうこの世に敵などいないのではないだろうか、とも思える。

 勿論あくまで対術式師への抵抗力ではあるとは思うのだが、それにしても。


「何でだ、何でだよぉ……。

 人形が一体何をしているっていうんだ!」


 黄の稲妻、赤の火球、青の投槍、緑の風刃、黒の重力。

 様々な術式を唱え、ユノを狙い打つアレッサだが、そのどれもが彼女に命中する想像と共に掻き消えて何も残らない。

 良く見ると命中したその一瞬だけ、僅かにユノは眉を潜めてはいるのだが、その結果が現実に傷跡を残すことは無かった。


 徐々に一切術式が通らない事に対して、アレッサが不安を露にしてきた。

 周りに漂う靄が次第に薄くなり、どうやら段々と集中力が切れて術式陣を編む事が困難になってきたようだった。


 それを目視してから、ユノが前へ歩み出す。


「私は源素増幅器でも無効化能力でもない。

 ただのユングがその知識を総動員して生み出した術式具でしかない。

 ……私には、何の力もない」


 次第に距離が詰まり、僅かにアレッサは怯えをその表情に滲ませる。

 そんなアレッサに対して円月輪を突き付けるユノ。


 喉元に差し出された円月輪が淡く輝く。

 驚愕に双眸を見開くアレッサと、見詰め合う。


「でも、私には貴方よりも強い願いがある。

 此処は譲らない、貴方が引きなさい」


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