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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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好みじゃないからごめんなさい

 ぴくりとユノが反応したのを、ジークルトは見逃さなかった。


 アレッサの言葉に対しての反応だとは思うが。

 少し不安気に彼の様子を伺っていた。


 彼の周りの靄は、最早アレッサを覆い隠そうとせん程に膨れ上がっている。

 以前フィアナに見せてもらった源素世界であれば、恐らくは使用する源素の色で淡く輝いているのだろう。

 けれどジークルトにはその世界は見えない、そして恐らくユノにも見えていないのではないだろうか。


 ジークルトが靄に反応している傍らで、ユノは一切の表情を変えていない。

 普段どおりと言えば確かにそうではあるのだが。

 例えば透明な人間に目の前で強く手を打ち鳴らされているのに、その姿が見えないから何の反応も直前まで示さない、といった様子。


 そこまで考えて思い直す。


 別に透明な人間じゃなくてもユノは何の反応も示さない気がする。

 何だいつもどおりじゃねーか、なんて考えてみたもののそれも何かと問題なんだよなぁと改めて悩んでみた。


「別に彼女が俺に愛を捧げなくても構わねぇ」


 ジークルトがユノに気を取られている間にも、アレッサは続けていた。


「俺がフィノリアーナを欲して、その上で彼女を手に入れられるならそれで構わない」


 物凄く不穏な発言を繰り返すアレッサ。

 堂々たるストーカー宣言に思わず仰け反る。

 しかし本人は何も動じる風なく、何かの術式を練り上げながら続けた。


「ただ現状フィノリアーナはドラシィル家として何の功績も上げてねぇ。

 婿も取らずに四年も世界を飛び回っているなんて、ドラシィル家からしても問題児だ」


 貴族の家の成り立ちについては良く解らない。

 同じく商売をしている家系についても良く解らなかった。


 けれどフィアナの家は複雑に血縁関係が絡み合っていて、その為に複雑な扱いをされているという事だけは何と無く知っている。


 本来は貴族でもない商人の一族であるドラシィル家は、爵位などを賜る事もないはずだ。

 だがユンゲニールは既に有名な術式師でもあり、その彼が作った術式具が彼の娘婿によって世に出された。

 その為に異例とも言える貴族と同等の扱いを受けるようになったと言われている。

 そもそもがユンゲニールの最愛の妻も王族の血筋でもあるため、さぞ優秀な方々はドラシィル家の扱いに困っているだろう。


 扱いは貴族、しかし実態は商人、けれどその唯一の子孫であるフィアナは王族の血も引いている。


 実際彼女に対する婚約の申し込みは数多とあった。

 当時十五であった少女は、その全ての申し込みに対して素気無く返事をしたと言う。


『好みじゃないからごめんなさい』


 まさかそんなたった一文で婚儀の申し込みを断られるとは思わなかった数名の貴族の内、決して少なくない数の人間がドラシィル家へ訪れたらしい。

 けれどその全てに対して、フィアナは顔も見せずに言ったそうな。


『女を追わずに、どっしり構えた男性が好みなの』


 訪れた面々を皮肉った発言ではあるのだが、何故かフィアナへの求婚は日に日に数を増していった。

 何故なら明らかな求婚を行えば彼女は無下に断るのだが、それでも彼女が社交界の場に登場する時は静謐な令嬢然としていたからだとも言われている。


 曰く、あの返事は別人が書いている。

 曰く、あの言葉は誰かに言わされている。


 根も葉もないデマでもあるが、そうでも思わないと納得が出来なかったのかもしれない。


 ただ唯一、彼女が普段どおりにしているという素の姿を、直接見たという男がいた。

 それがアレッサなのだから、ドラシィル家自体が認めていたとも言える。

 グレネマイアー家自体もドラシィル家からすると、地位も立場もそして沿岸貿易の相手としても優秀だった為ではないだろうか。


「あの家の爺ぃと親父は説得し終えた。

 後はフィノリアーナを連れ帰りさえすればそれで、後は婚儀を執り行えばそれで終わるんだ」


 ――なんだか話が妙な方向へ飛び出した。


「連れ帰ればって、フィアナの了解は取らないのか」

「家を飛び出て四年も音沙汰ない問題児のお嬢さんだぜぇ?

 無事に連れ帰ったというだけで諸手を上げて差し出されても可笑しくねぇよ。

 良くぞ連れ帰ってくれた望みはなんでも叶えよう! ってなもんさ」


 どこの王様だよ、と突っ込みたくなったがぐっと堪える。

 何故なら、どうもユノの様子がおかしいからだ。


 フィアナとの婚儀がどう、という話が出てから、拳を握り固めてじっとアレッサを見ている。


 彼の周りの靄を確認するかのように。

 その中央に陣取る彼の表情を覗くかのように。


 そして手を腰にまわして、何かを掴み取る動作を行う。


 思わずそんなユノの手を掴んで止めようと思うが、少女との距離は一足では届かない程度には離れていた。


「動くなよ、人形(マリアーネ)ェェェ」


 そんな彼女に一言、吐き棄ててアレッサは続ける。


「先程そこの人間は、お前に術式が効かないと言った。

 でもお前、元々あの術式師ユンゲニールの傍に居た時は、そんな能力じゃなかったろう?」


 ふっと表情を翳らせるユノ。

 我が意を得たりと口元に笑みを浮かべて男は言う。


源素増幅器(ブースター)だったろう、あの時はさぁ」


 両手を広げ、演説のように語りだした。

 その様子を見て何と無く、確信する。


 この男が初対面時に取っていた態度は、半分以上は演技だったようだ。


 此方を小馬鹿にしたような対応、口調、挙動ではあったが、どうにも違和感が付きまとっていた。

 実際に今の彼を見ると、以前とは雰囲気からして異なる。


 生憎とジークルトは、グレネマイアー家というものがどれほどの家柄なのかは知らないが。

 決して粗雑でも粗暴な家柄でもないだろう、というのはアレッサの服装から見ても解る。

 デザインはともかくとして、しつらえと生地の質感が良いものだ、というくらいは見ただけで把握できた。


「それがどうすれば、術式無効化能力なんて能力に変化するんだぁ?

 もしやお前……」


 そこで一旦アレッサは言葉を止めた。

 じろりとユノを上から下まで嘗め回すように眺めた後、言う。


「既に術式師ユンゲニールに余すところ無く手を加えられたか」

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