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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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昔からたった一つだけ

 いぶかしんでから、考え込んで、はっと何かに気付いて少女の姿を探す。


 ものの一瞬でこれだけの動きをしたアレッサではあったが、地面に蹲っていただけのユノを確認して、首を傾げた。

 確かにいきなり術式の雷に撃たれたら、驚きはするだろう。

 それは普段無表情のユノでも同じだったみたいで、安心するジークルト。

 と言うよりも、普段の動じなさの方が問題ではあるのだが。


『女の子は強いんだから、だから私も強いんだよ!』と言っていた昔馴染みを思い出す。

 もう女の子なんて歳じゃないだろー?と軽口を叩いたら、容赦なく調理器具で吹っ飛ばされた。

 そんな思い出を頭の片隅に過ぎらせながら、ジークルトは油断せずにアレッサの一挙一動を注視する。


「手応えがない、訳ではなく、これは。

 まさか、術式無効化能力……?」


 彼がぽつりと呟いたが、その判断は正しいのか誤りかは解らない。

 フィアナから説明を受けたジークルトでさえ、ユノという存在がどういうものなのかを理解していないので、説明も出来ない。


 フィアナは源素崩壊球(ブラックホール)みたいなもの、と形容していた。

 何と無く想像から、術式を全て吸収して無効化するようなものかなと考えている。

 とすると、術式を喰らっても平気なのはその所為だろうか。


 確かにアレッサがフィアナを暴走状態(トランス)させた時も、ユノはその手で見事に術式を霧散させた。


 おそらくは彼女が接触する事が必須なのだろうが、どこかの一部なのか全身どこでも構わないのか、その辺りが解らなかった。

 その為に先程は一瞬頭に血が上ったが、アレッサが少し後退した際、思った以上に平気そうなユノを確認して落ち着いた。

 問題ないと言いたげに頷くユノを見ていると、全身どこでも術式を無効化する事は出来るようだ。


 ただ凍ったジークルトの腕を解凍出来なかったりと、"既に動きを止めた術式"に対しては対処が出来ないように感じる。


 つまり凍らされてしまったりなどすれば、ユノでは術式が解除出来ないという事になる。

 ――本当にユノの特性は、術式無効化なのだろうか。


 何かに引っかかりを感じた。


 本当に無効化するのであれば、術式での結果に対して無効化を実行出来ないという理由が解らない。

 ジークルト自身は術式には疎く理解が及んでいる訳ではないのだが、それでも術式の仕組み自体は知らない訳ではないのだ。

 鳥が空を飛べる理由や構造、また魚が水中で呼吸できる理由や構造を、知ってさえいれば理解は及ぶ。

 体感し実感出来ないからといって、それら全てを否定したり受け入れられないという事もないのと同じだ。


 それを加味したとしても、ユノの存在は不思議である。


 何かに違和感を覚え、それでもその何かをジークルトでは判断が出来なかった。

 またフィアナにあうこともあるだろうし、その時に聞けば良いか。

 そう軽く考えて、改めてアレッサに向き直る。


 もう何か戦う雰囲気でもないよなぁ、そっと立ち去ってくれないかな。

 などと簡単に考えていたのはジークルトだけで、アレッサは珍しく険しい表情で黙考している。


 割と美形だと思うのだけど、あの妙な演技じみた言動は何なのだろうか。

 フィアナを褒めたりけなしたり、嗜虐な部分も見せつつもそこまで悪人かと言われると――悩む程度には、身にまとう空気が温い。

 温いと言うと語弊があるかも知れないが、なんというか命のやり取りをして来た人間が身にまとう気迫や殺気というものとは無縁だなと感じる。


 ジークルトは騎士、それこそ戦士や傭兵など、また戦場にて術式師と向き合うこともあったが。

 それに比べてもどうしてもアレッサの見ているものは軽薄だ。

 本気で誰かと戦ったり争ったり遣り合ったり、そういう気はないのだろう。


 そう暢気に構えているジークルトではあったが、実際は違う。

 彼には理解出来ない事なのも仕方ない事ではあるが。


 ある程度の高みに生れ落ちたアレッサには、人間へ対する感情や感覚がジークルトとは異なる。

 ジークルトにとっては例えば街の人間は、交流がなくとも同じ人と認識しており対等だと考えている。

 対してアレッサからすると、生家の人間や交流のある貴族、また家に仕える騎士までは気をやる対象ではあるが、それ以外の――こんな偏狭の街中の人間など、対等の立場とは見ていない。


 だから、何でも出来る。

 だから、街を壊しても気にしない。

 だから、人がどうなろうが構わない。


 何故なら街も人も他の何事も、砂場に出来た城のようにしか感じないのだ。


 ジークルトの思う殺気や気迫などは、当然相手を対等とみなした上で湧き上がる感情であったり闘志である。

 対峙した相手からそういったものを感じ取れない場合は、真剣味を帯びていないと判断してしまう。


 さまざまな経験を積んだといっても、彼はまだ若いのだ。

 己の想像外からの敵意や害意に対して疎くても、仕方ないとも言える。


 ジークルトが少し肩の力を抜いた辺りで、小さな声での呟きが聞こえた。


「まぁ、それならそれでも良いのか。

 どうせ対応出来るのは術式や術式陣だけだろう?

 ……術式によって発生した現象に対しては対応出来ないはずだ」


 ぽつり、とアレッサは決断を下した。


 あわせて、彼の周りを濃厚な靄が包み出す。

 今まで彼が発していた靄よりも量が多く範囲が広くそしてとても濃い。


 思わず身構えるジークルトに、アレッサは珍しく真面目な表情を向ける。


「俺では到底お嬢さんには敵わないけどな。

 それでも俺には目的があって、その意志もある」

「お前、何が目的なんだ」


 今までに無い表情を向けられ、そう問い掛けてしまった。


 またフィアナの時と同じ事をやらかすのか。

 早く動いていれば止められた事も、意識を別に向けたから止められない事もあると知ったのに。

 それでもどうしても、ジークルトは目の前の男の表情の変化に注視してしまった。


 ただフィアナを連れ戻そうとしただけではないのだろうか。


 彼女の物言いでは、彼女の父がわざわざ彼を寄越したと。

 けれどそれはあくまでフィアナの思考でしかなかった筈だ。


 現にアレッサは、あの時も今も決して本心は語らない。

 何も言わず、それでも此方へ敵対の意志を向けてくる。


「目的?」


 可笑しそうに笑んだ。


「俺の目的は、昔からたった一つだけ」


 此方を小馬鹿にしていた表情は成りを潜めて。

 新しく見えた表情は、真剣そのものではあったのだが。


 その瞳に宿っている光は、なんと形容すれば良いのだろうか。


「フィノリアーナが欲しい」


 狂気に満ちた光を宿しながら。

 アレッサは言葉を口に上らせた。


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