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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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泣ける程に光栄だろう?

 最初に頭を支配したのは、怒りだった。


 何なんだこの前から、毎回毎回どうして邪魔が入るんだ。


 最初はユノと話していた時のフィアナだった。

 彼女の場合は目的もあったし、必要以上に危害を加える気もなかったから、そこまで気にはならなかったが。

 次はフィアナを待っている時のアレッサだ。

 街中で確実に狙ってきていたし、結果フィアナが倒れるという状態すら引き起こした。

 ユノのお陰で何とか成ったものの、あの人の心をぐちゃぐちゃに掻き乱して目的を達成しようとするやり方が気に食わない。


「お前、良くも抜け抜けと。

 こんな所で何をしているんだ」


 そもそもどうしてこんな所に居るのか。

 この先数年は顔も見たくなかった男が現れて、うんざりと吐き捨てた。


「そういう人間、お前こそ何をしている」


 アレッサはそう返して、くっくと含み笑いをした。

 口元や声は笑っているものの、その右目は全く笑みの形にはなっていない。

 此方を伺うような抜け目のない光が宿っていた。

 ゆっくりと歩みを進め、此方へ近寄ってくる。


「俺はわざわざ親切にも、逃げろと忠告してやった筈だろぉ?

 それが逃げもせずに、しかもそんな人形と一緒にお散歩ですかねぇ?」


 人形と、言った。

 それも吐き捨てるように、まるで汚いものでも口にしたかのように。


 確かにフィアナもユノの事を人形と呼ぶ。

 けれど表面上だけかも知れないが、彼女が呼ぶ言葉にはある種の愛しさすら感じた。

 対してアレッサの言葉には、棘しかなかった。

 屋根裏の隅にでも放置され埃塗れになって汚くて処分したいのに触るのすら嫌だ、とでも言うような。

 出来れば誰かが自分の知らないところで始末でもしてくれたら良いのにとでも言うような、そんな言い方。


「お前の所為で、街が酷い目にあう所だった」

「あれは俺の所為じゃねぇだろぉ? お嬢さんのせいさ」

「煽ったのはお前だろう、それが原因でフィアナが辛い思いをした」

「だから、あのお嬢さんの胸中はともあれ実行したのは俺じゃねぇ、お嬢さんだ。

 あんたはある鍛冶屋が作った武具が誰かの命を奪った時、武具を振るったやつじゃなくて鍛冶屋が悪いと言うのか?」


 言葉に詰まる。


 確かに、フィアナの暴走によって一時的に街が危険な状態に置かれていた。

 誰も気付かない街の片隅で、確実にこの街の命運は尽き掛けていた。


 その絶体絶命な状態を防いだのは、ユノだ。

 あの時ユノが居なければ、フィアナは今もまた笑えていたのだろうか。

 己の所業に悔い、重圧に押し潰され、そしてどうなっていたのだろう。


 自分の精神状態すら制御できなかったのは、言い訳の仕様も無くフィアナが全面的に悪い。

 しかしどうもアレッサは、彼女に何を言えばどうなって何が起こるのかを把握していた節がある。

 フィアナの未熟は兎も角として、わざとその事態を引き起こそうとしたアレッサには何の咎もないと言うのか。


 己の手を汚さずに目的を達し、一人の女を不幸にするなんて事が、本当に許されて良いのだろうか。


「確かに、あれはフィアナが悪い」


 そう言葉を漏らすと、アレッサは遠目でも解るくらい満足気に頷いた。

 我が意を得たり、としたり顔で鷹揚に両手を広げる。


「そうさ、俺はお嬢さんに言葉をかけただけだ。

 実際にそれでどうお嬢さんが反応するかなんて、俺の知った事じゃねぇよなぁ」

「――本当に、そうなのか?」

「あぁん? 何が言いたいんだよぉ?」


 べーっと舌を出して、笑いながら聞いてくるアレッサ。

 黒い、星を抱く蛇の紋章を見ていると、憎悪が込み上げて来る。

 余り他者に対して殺意を抱く事は少ないが、あいつの、顔を見ていると――


 反射的に背中に吊り下げた剣を抜刀しようと柄に手を掛けたジークルトの、その背中小さな手が添えられた。

 視線だけで確認するが、この場でそんな事をする存在なんて一人しか居ない。


「安い挑発。

 後、あの紋章をそんなに見ては駄目」


 端的に注意され、見詰められる。

 あの黒い紋章からも目を逸らせないと感じていたが、ユノの紅玉の瞳の方が余程引力を感じる。

 じっと見詰め返していると、苛立ったような声が遠くから聞こえた。


「とうとうお前さんも、お嬢さんと一緒でお人形遊びかぃ?

 それともそんな可愛いお人形でないと出来ネェくらい、粗末なモン持ってんのかぁ?」


 相変わらずの下卑た表情を見せてくる男に対して、憤りやら呆れやらの感情が入り混じる。

 彼にもまた、目的があるのだろう。

 けれど目的があるからといって、他者に対して攻撃的に暴言を吐いて良いとは限らない。


「五月蝿ぇよ、お前」


 取り敢えずこの男は、とても不愉快だ。

 この男の一挙一動が確実に、ユノとフィアナの心から平穏をがりがり削り取っている事だけは、ジークルトにも解る。


「さっき」


 小さく言葉を漏らすと、アレッサは足を止めて首を傾げた。

 ユノを背中に庇いながら、ジークルトは再度言葉を続ける。


「お前、術式を使ってきたな。

 俺がいると判断しての事か、それともユノにか。

 あの距離から目視は出来ないだろう、何故術式を使った。

 街の人だったらどうするつもりだったんだ?」


 問い掛けると、不思議そうに彼は首を更に傾げた。

 頬を指でポリポリと掻いてから、笑う。


「人の気配を感じたから、撃っただけさ。

 別にお前さんだなんて知らなかったし、その人形の気配もわからねぇ。

 街の人間? 結構じゃないのかゴミ掃除が出来てさぁ」


 楽しそうに、おかしそうに、それでいて不思議そうに笑うアレッサ。

 彼にはジークルトの質問の意味を理解するのは難しいかも知れない。

 また、ジークルトもアレッサの回答の意味を理解するのは難しいだろう。


 そんな二人が向かい合っていて、平穏無事に話し合いが行われる筈も無かった。


「お前は本当に馬鹿なんだな、アレッサ」

「人の名前を気安く読んでんじゃねぇよ、人間。

 仮にも俺は貴族様だからな、平民は丁寧に地べたに頭を擦り付けてから口を開け」


 貴族、か。


 お貴族様なんてものは、もっと上品に薔薇庭園で紅茶でも啜っているものだと思っていたんだがな。

 こんな男がお貴族様たぁ、今後の世界が心配だ。

 と言うよりも先ずはこいつの家が治める領土が心配だよ、俺は。


「生憎、貴族社会に興味はない。

 俺はお前を一個人として見て、一個人として扱ってやる。

 生家でしか見てもらえない普段と比べると、泣ける程に光栄だろう?」


 そう言い切ると、アレッサの表情が少し変わった。

 しかしまだ彼との距離がある為に、表情から笑顔が消えたくらいしか読み取ることは出来ない。


 でも、アレッサの周りに靄が浮かんだ事だけは、確認出来た。

 今度こそ、剣を抜刀する。

 つい先刻イヴェニルに手入れをしてもらったばかりの剣だ。


 彼が例え己の店で売った武具であろうとも、メンテナンスには予約が必須と聞く。

 そんな中、ユノの用事と挨拶代わりに出向いたジークルトの剣を優先して手入れしてくれたイヴェニルに感謝する。


 刀身は鈍く輝く青銅。光沢のある緑色だ。

 刃は両面にあり、柄と刃の境目には腕を守るように緑の龍が模られている。

 長さはユノの身長ほどもあり、ジークルトからしても少し長い。


 そんな剣を片手で縦に構え、相手と自分の間に差し入れる。

 刀身越しにアレッサの表情を伺うが、なんの変化もなく――


「避けて」


 背中から声がする。

 同時に目の前から、赤い炎の蛇がジークルト目掛けて飛び掛ってきた。


 慌てずに蛇の口腔に斜めに刃を沿わせて、刀身を傾けて右腕を押し出すように体を斜め前へ移動させる。

 炎なので切れた訳ではないのだが、飛び掛ってきた勢いと風圧とで炎が掻き消えた。


「へぇ」


 小さな感嘆の声が聞こえる。

 赤縁の眼鏡を持ち上げながら、興味深そうにアレッサがジークルトの持った剣を見詰めていた。

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