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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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しかし親子にしか見えぬのぅ

「作り直した?」


 本来はそうそう有り得ない話だと思う。

 だってその家紋と共に家名を名乗っていたというのに、そこで家紋を変更するなんて。

 実際に名乗っていた苗字を勝手に変えてしまう位には不思議な事だ。


 それも一般市民ではなくて貴族や、王族と交流があるという家系が。

 当時は反対意見もあったのではないだろうか?

 それでも強行したのか、それとも納得させる事のできる題材でもあったのか。


 貴族とかその辺りの人間のする事って良く解らんね。

 なんか物凄く面倒そうだから、俺なら既にあるもの一生使うわ。


「ユングが術式師として名を上げた際に、作り直した」


 立ち上がり、イヴェニルの方へ近寄りつつユノが言う。


「元々は果実のみで作られた家紋だった。

 けれどユングは樹木に拘り、そちらを主体にしたがっていた」


 手を差し出されたため、イヴェニルはそっと手に持った黄金の鋳型を渡す。

 大切に、結構な重量があるだろうその鋳型をユノは大切に、胸元に抱き締めている。

 目線をジークルトへ向けて、彼の側まで歩を進めた。


 震える両手で、黄金の鋳型を差し出して来る。


 すげぇ、本当に黄金なんだな。

 これ売るだけで暫くは日銭稼ぐ必要もないんだろうなぁ……良いなぁ。


 そんな事を考えながらユノから鋳型を受け取り、確認する。

 それなりの重量があって、片手で持つとずっしりと重さを感じた。

 鋳物を鋳造する際に流し込む凹みをなぞってみる。


 確かに記憶の通りに、果実の上に葉があり弦が巻き付いている。

 垂れ下がっていた鎖は別に取り付けているのだろうか、鋳型からは確認が出来なかった。

 何故こんな形にしたのか、とふと考えて、気付く。


 ユンゲニール自体が、家紋に対して何か思う事があったのだろう。

 そして自身の象徴とも言える樹木の葉で覆い隠す事によって、隠蔽でも図ろうとしたのかも知れない。

 しかしどうしても完全に作り変えてしまう事は出来ずに、こういった形で隠すようなもので作り直したのではないだろうか。


 成る程そう考えると納得がいく。


 ふむふむと一人で考えていると、視線を感じる。

 顔を上げると、ユノが此方をじっと見ていた。


 可愛いんだけど、何も喋らずにガン見されているのは少しだけ、ほんの少しだけ怖いな。


「ありがとう。

 これは預かって行く」

「構わんよ、元より儂ぁ預かっておっただけじゃ。

 しかしお嬢ちゃんではちぃと重いのではないかの?」

「大丈夫、ジークルトがいる」

「ほぅかの、なら安心じゃて」

「え、俺が持つの? これ。

 結構重量あるんだけど……まじで」


 まぁ重いことを解っていて、ユノに持たせる訳にもいかない。

 やれやれと溜息を吐いてから腰に下げている皮袋の中へ入れた。


「さてと、他に何か用事はあるか?」


 確認すると、少女は首を横に振った。

 目的は鋳型を回収する事だっただけのようだ。


「じゃあ次に行こうか」


 立ち上がってから、呼び掛ける。

 そんなジークルトとユノの二人を穏やかに見つめているイヴェニル。


「なんというか、あれかのぉ」


 顎鬚をなぞりながら口を開く老男。


 なんていうか、物凄く嫌な予感しかしないんだけど。

 いっそのことイヴェニルに飛びついて、その口を塞いで言葉を紡がせないようにしたい気持ちに駆られる。

 明らかに返り討ちに合うのは俺なんだろうけどさ。


「隠し子ではなく、嫁かのぅ?」


 脱力する。

 どうして取り敢えず嫁とか隠し子とかそういう話をしたがるんだ。

 嫁も子も欲しいけど、今早急に欲しいって訳でもないんだから、どうぞそっとしておいてくれ。


「しかし親子にしか見えぬのぅ」

「イヴェニル。

 そろそろその辺りでその達者なお口を噤んでくれないと、俺が暴れ出すぞ」

「おぉ怖いのぅ、ジーク坊は」


 これ見よがしに震えてみせるイヴェニルは置いておいて、ジークルトはユノに話し掛けた。


「で、次は何処に」

「次は、此処」


 羊皮紙の地図を広げてユノが次の場所を指し示す。


 街の北よりも少し西に寄った所。

 確か此処は――図書館、だっけか。

 普段殆ど立ち入る事もない場所だから、正確な記憶は無いのだが。


 一度宿へ戻るのかと思いきや、ユノはそのまま次の場所へ行くつもりの様だった。

 羊皮紙を広げたついでに、用事の済んだ場所――鍛冶屋の所についている印の上に、懐から取り出したペンで雑にバツ印をつける。

 再度それを手に下げていた籠に入れてから、ふと顔を上げて此方を見てくる。


 何かを言いたげな、そんな顔。

 どうした、と問い掛ける前にふいっと顔を逸らされて、少し困惑した。


「まぁ待て、ジーク坊」


 そんなやり取りを眺めていたジークルトに、イヴェニルが声を掛けて来た。

 鋳型を取りに行く時に持っていたハンマーを再度手に取り、地面に置かれていた木箱へ腰を落とす。

 ゆったりとした動作で此方へ手を伸ばしてきて、言う。


「折角来たのじゃから、お前の剣の手入れを行ってやろう」

「あぁ、それは助かる。

 まぁ言ってもそこまで最近は使う事も無かったんだけど」


 そう言いながらジークルトは、懐に手を入れて短剣を取り出す。

 アレッサに絡まれた時に腕ごと凍らされた短剣だが、一応今は問題なく使える。

 それから、背中の方に吊り下げている細身の剣も取り外して、イヴェニルに二本とも渡した。


 懐に入れておいた短剣はそう珍しいものではなく、相手の剣をあしらう時などに使う。

 対して背中に下げている剣に関しては、細身ではあるがとても重量があり大剣に近い。


 どちらかと言えばジークルトは、速度を重視した剣士だ。

 しかし決して腕力が不足している訳でもなく重い一撃を要求される事もある為に、細いが重く大き目、という剣を愛用している。


 実は大剣を使用していた時期もあったのだが、小回りが利かないという点では問題が多かった。

 また的確に敵に対して一撃を叩き込めるのだから、必要以上の威力を求めていないという理由もある。

 練習さえ詰めば、剣を両手で二本構える双剣使いにもなれるのではないだろうか。

 実際に相手の攻撃を盾などで受け流すよりも、剣で受け流すなりそれよりも早い攻撃を繰り広げてやれば良いだけの話だ。


 攻撃は最大の防御也。


 ジークルトの戦闘形式は基本的に、それに準じている。

 また剣術に加えて武術もそれなりに扱えるので、より相手と取っ組み合うよりも攻撃で先制を行う戦法を使う事が多い。


 二本の剣を受け取ったイヴェニルは、鞘から抜き放ち太陽へ翳す。

 重さや刃毀れなどを確認してから言った。


「これならば少しの時間で終わりそうじゃの。

 しばし店の中で寛いで置いてくれんかのぅ?」

「解った、宜しく頼む。

 すまないがユノ、少しだけ俺にも付き合ってくれ」


 イヴェニルに愛用の剣を託してから、ユノへそう頼む。

 彼女はずっとジークルトの剣に目線を投げていたが、そのままの体制で一度頷いた。


 鍛冶屋の店内に戻ると、来訪した時にいた青年が此方を見てきた。

 あれ、こいつ気絶してなかったっけ、元気になったんだな良かった良かった。

 そんな風に適当に考えながらも、あえて強めに睨み付けてやる。


 ユノを隠し子だなんて悪評を流したのは、こいつに他ならないのだから。


「よ、よぉジーク。

 爺ちゃんとの話は終わったのか?」

「あぁお蔭さんでな。

 今は少し剣の手入れを頼んだ」


 鍛冶屋の裏手からは金属の打ち合わされる音だとか、溶鉱炉の火の燃える音などが微かに聞こえる。

 店内を見て回っていても良いのだが、ユノは退屈だろうな。

 そう思って彼女を見ると、何かの棚の前で微動だにしない。


 何だろうと近付くと、ユノが見ていたのは円月輪と呼ばれる投擲武器の一種だった。

 輪の種類はいくつかあり、大きな円のものや掌に納まる大きさのものまである。

 投擲する方法と、円の一部を握って扱う方法との二つの使い方があったように記憶している。

 しかし基本的には接近戦か、もしくは遠隔からの後方支援としての扱いだったのではないだろうか。


 ふと視線をずらして、ユノを見る。


 なんだろう、良く解らないが――

 嬉しそう? というか愉しそう? というか。


 もしかして、と思い当たる。


「それ、欲しいのか?」


 後ろからそっと声を掛けてみる、と。


 ユノの動きは顕著だった。

 勢い良く此方を振り返り、そして棚の中にある円月輪と交互にジークルトの顔を見る。


 小動物っぽい、なんか可愛い。

 しかしユノがこの武器を扱えるとは思わないんだが。


 ほんの僅かな時間逡巡したが、こんな珍しいユノは初めて見た。

 片手を上げて、カウンターの中でちょっとだけ辛そうに顔をゆがめている青年を呼ぶ。

 なんか本当に辛そうだけど、何かあったんですかねぇ。

 他人の逆鱗に触れるような真似しなければ、もっと活気がある店番が出来たんだろうにねぇ。

 そんな事を思いながら、取り敢えずユノへ続けて話し掛ける。


「欲しいなら買ってやるよ。

 どれが良いんだ?」

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