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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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何故顔を見せに来んのだ

 で、鍛冶屋の裏手に抜けると、地面と熱烈に接吻を交わす自分がいた。


 えーと…あれぇ?


 がばっと勢い良く起き上がってから、後ろを振り向く。

 ユノしかいない。

 軽く小首を傾げる彼女に、愛想笑いを返す。

 直ぐにふいっと顔を背けられたなにそれ?

 零れそうになる涙を堪えて天を仰ぐ。

 暖かな陽射しを燦々と降り注いでくる太陽と、昼でも夜でも決して沈まないと言われる紅の月。

 ユノの紅玉の瞳の様に鮮やかで美しい。


 そんな太陽と月を見上げていると、今度は明らかに背後に気配を感じた。


 振り返ると。

 物凄くガタイが良く筋肉隆々の老男が一人。

 しっかりとした筋肉が付いた上半身を惜しげもなく晒し、口元の豊かな髭、申し訳程度に頭部を覆う黒の帽子。

 その手に持つは大きなハンマー。

 一般的な鍛冶屋の職人ならば掌に収まる程度の物を使用しているだろうが、彼が持っているのは下手すると子供の顔程の大きさ。

 持ち手も長い為に肩に担ぐように持ち上げている。

 もう片方の手には、何故か金床。

 鈍色に鈍く光を放つその金床は、かなりの重量があるだろうが物ともしていないようだった。

 男といっても下手するとジークルトの祖父程の年齢の筈だが、微塵も感じさせない存在感と若さを感じる。


「ジーク坊、珍しいのぉ」


 口元の髭を撫でながらそう話しかけてくる老男に、ジークルトは抗議の声を上げ

 た。


「イヴェニル!

 何でいきなり後ろから、あんまりだろ」

「何を馬鹿な事を言う。

 奇襲でわざわざ声掛けをする意味も理由も無いじゃろ」


 全く悪びれた様子もなく、寧ろ心外だとでも言いたげな老男。

 何を言ってもおそらくなんの意味もないだろうと、早々にジークルトは諦めた。


 自分が十の頃くらいからの長い付き合いとは言え、何故未だに子ども扱いなのだろうか。

 一応これでもそれなりには成長し一人でも問題なく暮らしていけるというのに。

 ――というか、実は鍛冶屋の裏手という時点で嫌な予感はしていたのだ。

 だから問答無用でとっとと押し掛けて退散しようと目論んでいたのだが。


「それはそうと、ジーク坊。

 儂ぁ悲しい、とっても悲しい、物凄く悲しい」


 何か語り出した、帰りたい。

 ハンマーを持った腕で泣いた素振りなんかするから、ぶんぶんとこっちにまで当たりそうだ。

 立ち上がってズボンに付着した砂や土なんかを払う。

 泥とかが無かったのが救いだ、金床とかを手に持っている様子からしてこれから作業を行うところだったか。


「何が悲しいってんだよ、俺の方が悲しいわ」

「何時の間に嫁を娶って子供まで作りおって……。

 知らなんだ、何故顔を見せに来んのだ」


 明らかにユノをちらちらと見ながら続けるイヴェニル。

 変だな、この街には死にたい奴等が多過ぎるようだ。

 未来ある将来有望かもしれない若者ならば無茶しても良いだろうが、ご老体に鞭打つような真似はしたくないんだが。


 しかし、しかし。


 ぎりと奥歯を噛み締めて、舌打ちする。

 イヴェニルは強い、正直生半可では太刀打ちが出来ない程度には。

 昔は王国のお抱えだったとか、何百もの大群に単身突撃して見事大将を討ち取ったとか、そういった話ばかり聞く。

 実際に身体には無数の古傷があり少なくとも戦場に出ていた兵士だという事は見ただけでわかる。


 どのような経緯あって鍛冶屋などで職人仕事をしているかは分からないが、彼の作るものはとても評判が良い。

 実際に戦場で命のやり取りをしていただけあって、効率的効果的に敵を薙ぎ倒す、斬り倒すような武具を作る。

 勿論、敵を確実に殺すための武具に加え、反面命までとらないようなものも作成する。


 店番の青年程度なら無理矢理制圧する事も出来るが、この老男は困難だ。

 そして当人も分かっているからこそ、にやにやとしながらからかってきている。


 イヴェニルはレオノーラの宿の常連だ。

 大抵仕事終わりには毎日あの酒場で一杯やっていると言っても過言ではない。

 そんな彼が、ユノの事を知っていたとして、実際にどのような関係かはレオノーラから聞いている筈だった。

 毎日遅くまで業務に性を出す彼が酒場に出向くのはほぼ深夜、飲んでいる最中の話し相手は彼女くらいしかいない。


 レオノーラは悪乗りこそするものの、誰かにとって不利益な情報をむやみやたらに流すような真似は決してしない。

 諜報員ならぬ情報屋として仕事を受ける事もある程に、彼女の情報には信憑性がある。

 もし誤った情報が流れそうになればしっかりと訂正し、個人的な会話では人の情報は秘めている。


 ただまぁつまり、諸悪の根源はあの入り口の青年だろう。

 何だっけ、名前をど忘れしてしまったが、あいつのせいだ。


 ユノを着飾ってお披露目した時に、隠し子だなんだとほざきやがったのがあいつだった。

 そのノリのままそっくりそのままイヴェニルに伝えたのだろう。

 で、イヴェニルはその日の内にレオノーラに確認を取っているはずだ。


 だから詳細を知っていて、その上であの発言だ。

 腹立たしいことこの上ない、なんと言い返してやろうか。

 そう胸中でひそかに闘志を燃やしていると、イヴェニルがふと足元を見た。


 何だ?


 目線を彼からずらして確認すると。


「子供ではないの」


 ユノが、イヴェニルのズボンを掴んでそう言っていた。


「私はジークルトの子供ではない、人違い」


 イヴェニルの半分にも満たない背丈、そして下手すると彼の逞しい片足で隠れてしまいそうなくらいの華奢な体躯。

 そんな少女が老男の後ろからズボンを掴んで、見上げるようにそう断言していた。


 一瞬何を言われたか分からなかった様子のイヴェニルだが、すぐに呵呵と笑う。

 よっこいせ、と呟きながらその場にしゃがみ込み、ユノと目線を合わせた。

 と言ってもしゃがんだだけではユノの目線より少しだけ高かった為、結局少女は見上げた状態のままなのだが。


「ほうじゃの、あんな男からお嬢ちゃんのような愛らしい娘っこが生まれてくる訳がないのぅ」

「男は子供を産めない。

 どちらにしろ、私とジークルトに血縁関係はない」


 そう続けるユノを見て、目尻が下がっているイヴェニル。

 孫でも見た爺のような顔してんじゃねぇよ。おい。


 何と無く複雑な気分になりつつも、用件を思い出す。


「えっと」


 しかし何と言って良いのやら。

 残念ながら何を求めているのかはユノしか把握しておらず、ジークルトはあくまで案内、付添い人だ。

 そう思ってユノへ目線を投げるが、どうも彼女は今、老男と見つめ合う事にお忙しくてなんともはや。


「ユノ、用件を」


 しかしこのままでは話が進まない。

 という事で、恐る恐る声を掛けた。


 話し掛けられてはっとしたのだろうか、僅かに目を見開き少女は手に持った籠からあの羊皮紙を出した。


 何だかユノの表情の変化が何と無く読み取れるようになってきた気がする。

 人間との付き合いって、時間じゃなくてどれだけ思いやれるかなんだろうなぁと、何と無く考える。


 彼女は取り出した羊皮紙を広げ、イヴェニルに見せるかのように両手で付き付けた。

 目を細めて腰を屈めその内容を確認している。


「なんの地図かのぅ?」


 大きな指で地図をなぞり、此処、鍛冶屋にチェックがついている事に気付いた。

 はて、と首を傾げるイヴェニル。

 ユノなら可愛いのにイヴェニルが首を傾げていると殺意が湧くなぁ。

 これが美少女補正ってやつだろうか、知らないけど。


「鋳型を受け取りに」


 ぽつりと呟きが風に乗って流れた。

 ふっとイヴェニルが顔を上げてユノを見る。

 一瞬何かを言いたげな表情をした後に、目を逸らして言葉を紡ぐ。


「もしやお前さん……ドラシィル家の血縁者か」

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