ちょっとだけ、ちょっとだけだから!
ゆっくりと歩む自分に、見ようによれば小走りにも見える速度で並んで歩く少女を、こっそりと観察する。
普段の速度よりも速く歩いている為か頬は上気し桜色に染まっている。
細く柔らかそうな白銀の髪は風に靡き、ちらちらと揺れていた。
しっとりと滲む汗によって額に掛かる髪は張り付き、それを無造作に弄くるものだから額が露出していた。
紅玉の瞳は前だけを見つめ、その腕にはしっかりと籠が握られている。
完璧な美少女と言っても過言ではない。
その美しさは隣国の姫程度ならば一発でノックアウト間違いないだろう。
実際隣国に姫が居るかは知らないし、そもそもこの場所は城ではなく単なる偏狭の街なのだが。
美少女が頑張って歩く速度を合わせようと頑張っているのを見ると、何と無くではあるのだが血湧き肉踊る。
十五年後位がとても楽しみだなぁ、わりとまじで。
絶対に自分好みになるんじゃないだろうか。こんな事は口が裂けても言えないけどね?
現状のユノを好みのタイプだなんて言おうものなら、周りの目からして徹底的に幼女趣味の称号を我が物とせにゃならん事態に陥る。
更に強いて言えば出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだ、女性らしさを前面に押し出したような女性が好きなんだ。
なので幼女趣味はないけれど、将来有望の少女とかとても魅力的だと思う。
どこぞの文学世界には、幼い頃から少女を育てて理想の淑女に育て上げたという御伽噺もあるくらいだし、問題はないのではないだろうか。
まぁユノの場合は色々と問題や障害やそもそも本人から手痛い一撃でも食らいそうだなと暢気に考える。
つらつらと脳内で妙な討議を繰り返していると、服の裾を掴まれた。
最初掴まれた事に気付かなかったが、遠慮がちに引っ張られる感覚がする。
「ジークルト、待って」
じっと見つめられて、少し心拍が早まるのを感じる。
美少女は美少女なんだよ。
例え無表情であっても面相が変わらない限り、端正な整った顔が潤んだ瞳で見上げているのは違わないのだ。
こんな事だから幼女趣味って言われるんだろうな、レオノーラめ。
飯の時だってレオノーラは容赦しない。
彼女の勤務時間が終わればいそいそとジークルトとユノのテーブルへ付き、べたべたとユノの世話を焼いていた。
どうやら可愛いものや綺麗なものは大好物らしく、可愛くも美しいユノなんて絶好の人形代わりのようだ。
あまりに猫可愛がりするせいか、ユノが困惑のあまりジークルトへ目で助けを求めるなんて初めての事だった。
そんな二人を見て楽しそうに囃し立てるレオノーラのせいで、またジークルトは観客の売ってきた喧嘩を買う羽目となった。
次にまたあいつらが囃し立ててきたら、本気でふんじばってそこらに転がしておこう、と硬く決意する。
「あの」
「悪ぃ。何だ、何かあったか?」
一向に返事をしなかったからか、眉頭を寄せる形で怪訝な表情をしていたユノ。
足を止めて問い返すと、少女は今来た道を指差す。
「鍛冶屋、あれではないの?」
あっ……。
確かにユノの言う通りに、目指していたはずの鍛冶屋は何故か後ろにあった。
どうやら思考に没頭しすぎて周りに意識を集中していなかった為に、通り過ぎたことにも気付かなかったらしい。
目は口ほどにものを言い。
無口ではないが言葉少なであり、能面ではないが無表情なユノの双眸は冷たい。
「す、すまない。
ちょっと考え事をしていて、その」
幾つか言い訳を並べ立てようとしたが、彼女の顔を見ていると、そんな保身じみた考えが申し訳なく思えた。
なので、素直に頭を下げる。
「悪かった」
「気にしていない」
ぷい、とそっぽを向かれた。
……と思ったら、単純に踵を返して鍛冶屋へ向かっただけだった。
頬を掻いてから、彼女へ続く事にする。
鍛冶屋には実際に武器を作ったり加工や修復するところとは別に、来客用のカウンターと机、椅子があった。
そのカウンターに突っ伏して寝ている、少年と言っても差支えが無いほどの童顔の青年。
鍛冶屋の扉に付いている鈴がチリチリと音を鳴らしても、彼は顔を上げようとすらしなかった。
あえてカウンターの側まで音も立てずに近寄り、そっと彼の耳元に唇を寄せる。
「爪と肉の間に細い針なんか刺さったら物凄ーく痛いよな?
まじでぶすうっっといったら、悲惨だよな?」
「なんでそういうこというんだよぉぉぉ!」
がたっと、立ち上がる青年。
そんな彼に対して、胡乱気な視線を投げ掛けた。
「明らかに客がいるって解っているだろうに、挨拶もしねぇのか此処の店員は」
「五月蝿いな、どうせジークなんてなんも買うわけじゃないんだから良いじゃんか!」
「レオノーラを見習え、レオノーラを。
あの無駄に接客中と普段の対応の違いをお前も見習え」
「あれと一緒にされても」
ぼそっと呟いたのを聞き逃さない。
「言ってやろ、知ーらね!」
「マジ勘弁してくださいほんとすいませんこれこの通りですから」
「さてはて」
肩を竦めながら、問答無用でカウンターの中へ立ち入る。
流石に焦った様に青年が此方を押し留め様として来た。
しまったな、下手に起こさなければ面倒も無かったのか。
「何勝手に入ろうとしてんだよ、おいこらジーク!」
「裏手にちょっと用があってな」
「うちの裏手とか、商売道具とか一杯あるんだし勝手に入れられる訳無いだろ。
だから無理矢理入ろうとすんじゃねぇ、おい何してんだよ!」
「まぁまぁ。
ほらレオノーラにちくったりしねーから、ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」
「そういう問題じゃねぇ!!!」
ついに押し負けた。
折角カウンターの中まで立ち入ったのに、追い出されてしまった。
「何だよ、けち」
「けちとかってそういう問題じゃ……って、あれ」
そう騒ぎながら、青年が目線をユノに向けた。
ユノは扉の入り口から微動だにせずにずっと此方を伺っている。
いやぁ実に大人しいね、どこぞの五月蝿い奴にも見習って欲しいものだ。
いっそ爪の垢でも煎じて飲めば良いんじゃないかな。
「ジークの隠し子じゃん」
「お前はどうやら死にたいようだなようし良いだろう受けて立つ」
地雷だろうそれは。
反射的に青年の頭を鷲し掴んでぎりぎりと締め上げる。
皮がそれなりに硬い果物とかであれば十分に砕ける位には腕力はあるつもりだ。
無心で締め上げていたから、悲鳴も何も耳に届かなかった。
ぽんぽんと二度腕を叩かれて、やっとそこで我に返る。
ユノが、相変わらずの無表情でジークルトの腕に触れていた。
「その人、もう意識が無い」
あれ、そんな強かった?
力を緩めて手を離すと、青年はそのまま床に崩れ落ちてしまった。
まじかよ……軟弱物だな、そうだこいつはちょっと小突いただけでも倒れてしまうくらいの軟弱物だった。
一応そういうことにしておこう、と考えてから、ユノへ向き直る。
「こいつは軟弱者なんだ、決して俺が締め上げたからじゃないから、そこんとこ宜しく」
「興味ない」
ぽつりと返された。
あーあ、ちょっとだけ同情しちゃったよ。
流石に此処まで物事に無関心でいられたら、自分なら心が折れそうだ。
さてと、気を取り直して。
「場所は鍛冶屋の裏手だろう?
実はここの裏手は作業場になっててな、カウンターの中からでないと行く事が出来ないんだ。
だから、こっちこっち、此処から裏手に回ろう」
倒れた青年をそっと隅へ蹴り飛ばしてから、カウンターの板を持ち上げて通れるようにする。
ユノを手招きして、彼女が通り抜けたのを確認してからカウンターを元に戻しておく。
相変わらず倒れている青年は放置して、裏手へ回る為の扉へ手を掛けた。
「ジークルト」
小さめの声で、ユノが話しかけてきた。
「あの人はあのままで良いの?」
「問題ないな、あいつは床が好きなんだ」
「なら良い」
取り合えず適当に口から出任せで、ユノを納得させた。
まぁ悪いな、何事も言ってはいけないことって言ったら駄目なんだ。
胸中でそっと、呟いておいた。




