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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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構わねぇよ、任せておけ

 どうして出会う女出会う女、俺に対してあれやこれや物申してくるのだろうか。


 そう胸中で独り言ちて大きく溜め息を吐いた。


「あーあ、これが綺麗で妖艶なお姉様ならなー」

「綺麗で妖艶なお姉様?」


 椅子に凭れ掛かりながら、その椅子の前足を浮かべて後ろに体重を掛けていたのが悪かった。

 しかも目を閉じた状態でぎこぎことさせていた物だから、思わず耳元での反応に両足を突き出してしまい――


 背中から床にぶち当たった。


「――ッ?! いてぇぇぇ……」


 更に運が悪い事に、背凭れの部分が変に背骨の部分にかち合って、一瞬変に呼吸が止まる。

 後頭部はなんとか両腕で反射的に庇ったものの、その為に身体を逸らしてしまって変なところを打ち付ける羽目になった。

 呻き声を上げながら、それでも目を開けて声の主を見る。


「ユノぉ……頼むから驚かさないでくれ」

「私は驚かしてなんかいない。

 勝手に倒れてこけたのはジークルトのせい」


 正論を返されて、しょんぼりと落ち込む。

 確かに椅子で足をぶらぶらと遊ばせていたのは自分だし、だからってそうずばりと言わなくても。

 ちょっと涙がでそうだった、でも諦めて起き上がる。

 そんなジークルトを相変わらずの無表情で眺めながらユノは声を掛けてきた。


「大丈夫?」

「大丈夫に、見える?」

「ジークルトは頑丈だから」

「すっげー痛い、涙出てくる」

「……そう」


 どちらかというと痛みよりも、ユノのこの完全な無表情に涙が出て来る。

 と、そんなジークルトの頭に何かが押し当てられた。

 きょと、と上を見るがあてがわれたものもそのまま上へ上へと移動している。


 表情の変化はないままに、ユノがジークルトの頭をよしよしと撫でていた。

 わぁーレア……何が悲しくて、完全無表情で頭を撫でられているのだろう俺は。

 そのまま色々な事を投げ捨てて堕ちてしまえと思わないでもなかったが、気を取り直す。

 彼女が此処にいるという事は、自分に何か用事が在ると言う事なのだろう……その様に考え至り、ユノに向き直って問い掛ける。


「えっと、何か用事か?」


 少女は三度程瞬きをしてから、手をポンと打ち鳴らした。

 何かを思い出したかのように辺りを見渡してから、少し離れた床に落ちていた小さく丸まった羊皮紙を取りに行く。

 羊皮紙を伸ばそうと広げたり押さえたりを繰り返していたが、諦めたように丸まったままジークルトへ差し出してきた。


「この印のところに行きたい」

「何だこれ、地図か?」

「そう、この街の地図。

 この印のついているところに行きたい」


 くるりとまるまったままだった羊皮紙を両手で広げると、ユノが覗き込んできた。

 そして指差すところは、羊皮紙の地図にくすんだ赤色の印がついている場所。

 街中だけで六つ。

 その内一つの場所には、見覚えがあった。


 そう、先日フィアナに案内を頼まれた街外れの修道院だ。

 しかしその場所には、赤い印の上から黒でばつ印が上書きされている。


(用が終わった、と言う事、か?)


 疑問はあるが問い質すつもりはない。

 彼女達はそれぞれが何かの目的のために動いている。

 けれどその目的は、別段ジークルトには関係のないことなのだ。

 気にはなるから手助けはする、しかしそれ以上でもそれ以下でもない。


 誰かのために動くとき、そこに見返りを求めてばかりではいけない。

 勿論無報酬で動くなんてそんな馬鹿な理由でもない。


 何かを思い悩み抱えている彼女たちの、存在自体が面白いと感じている。


 あ、簡単に言うと野次馬根性だ。

 格好をつけることにすら意味はない。

 単純に誰かが何か秘密を持って動いていると気になるよねー、という感じだ。


「三つ、印が消されているな」


 地図を指差しながら確認する。

 ジークルトの問いかけにユノは、頷いて返答した。


「その三箇所はもう、回った」

「と言う事は残りのこの三つか」

「場所は解るけど一人で動くと面倒もあると知った」


 淡々と応える少女を見て苦笑する。

 そりゃ面倒だってあるだろう。

 どう見てもやんごとなきお育ちっぽい少女が一人で、裏路地にいたら興味だって沸く。

 実際にジークルトもその一人であるし、結果ここまで巻き込まれている状態だ。


 その当の本人が、何事にも動じずに黙々と何かを求めていると知ったら、到底何があるのか気になるだろう。


 しかも今はレオノーラが見立てて飾り立てたあの服装のままだ。

 明らかに街の娘には見えない上に下手に飾り立てて高貴な気配すら漂ってくる。

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿はなんとやら、だ。

 将来を楽しみにさせるような美麗な顔立ちに精錬された歩き方を見れば、老若男女問わず興味は尽きないだろう。


「なのでジークルトが迷惑でなければ」


 一呼吸置いて、ユノは続ける。


「案内をしてもらえないかと思って」


 ――言う事は、フィアナと同じなんだな。

 つい笑ってしまった。

 漏れた声に反応してユノが首を傾げている。


 まぁこういうのも面白いよな。


「構わねぇよ、任せておけ」

「……ありがとう」

「取り合えずどこから動くか?」

「出来れば此処に行きたい」


 そう言って彼女が指し示したのは、街の少し東に位置する鍛冶屋の裏手。

 どうやら街の南から反時計回りで目標を渡り歩いている様だった。

 何か拘りがあるのかも知れないし、単なる解り易さだけで決めているのかもしれないが、ジークルトは特に異論がない。


「解った、じゃあ此処に行こう。

 因みに支度は出来ているのか?」

「私の準備は出来ている。

 先程レオノーラに声を掛けたら、此れを渡された」


 ユノが、彼女の頭よりは大きい籠を掲げて見せた。

 片腕の肘の辺りに引っ掛けて持っており、手提げ部分には華が何輪かあしらわれている。

 更に籠の縁には赤と白のチェック柄の布なんかが掛けられていたりして。

 そんなユノの姿は服装と相俟ってまるで――


「ピクニックかよ!」


 思わずそう突っ込みを入れざるを得なかった。

 いやいや昨日までに結構戦闘やらなんやらあったと思うんだ。

 その状況もレオノーラに説明したし、それも含めてユノの事を頼んだり彼女と居ると言う事も既に伝えたかと思うんだ。


 しかし、そんなユノに対してあんな籠を渡すとは。

 全体像を確りと観察すると、どう見てもこれから何処かにお出かけですかと言いたくなる様な風貌と化している。

 心持ち、少女も少し嬉しそうにも見える……いや、此れは流石に気のせいだと思うが。


「昼食にとお弁当を頂いた」

「そ、そうか……良かったな」


 掲げていた腕を下ろし両腕で包み込むようにしているユノ。

 そんなユノはやはり普段よりは嬉しそうに見えた。

 お弁当が嬉しいのか、それともレオノーラの心遣いが嬉しいのか……恐らくどちらも理由になるだろう。


 と、そんな少女の足元に碧の色が見えた。

 鮮やかなその色に、何事かと思って視線を向ける。


 鼬だった。


 濡れたように美しく輝く碧の毛並み。

 伏せ目がちのその瞳は朱色、そして桃色の少し湿った鼻。

 左耳に付けられた小さな銀の輪、そして全長の半分を占めるゆったりとした尻尾。


 そんな感じの鼬が、ユノの足元に擦り寄って鼻先を擦り付けていた。

 確か定期的に宿に遊びに来るとレオノーラが言っていた、野生の鼬の筈だ。

 しかしこの毛皮の色は珍しいなと胸中で独り言ちる。


 皮でも剥いでなめして加工すれば、それなりの値段で売れるんじゃないだろうか。

 自然の生き物であんな毛皮を持っているなんて……良く狩られずに生き残っているものだと感心した。


 豊かな尻尾の生き物が足元をぐるりと旋回するもので、少し擽ったそうにしているユノが少し可愛く思える。

 良く見ていると、どうやらユノにではなくユノの持っている籠の中に興味を示している様だ。

 そっと籠の中に手を差し入れると、丸い白パンがいくつか入っていた。


 内一つを掴み出してぽいと投げてやる。

 するとユノの足元から即座に白パンへ向かい、小さな口で確りと白パンを咥えて窓から外へ駆け抜けて行った。

 まるで星が流れたかのように、一筋の碧の光がその場に残ったかの様な錯覚を覚える。


 少し残念そうにしょげている、様にも見えるユノの頭をぽんぽんと撫でてやった。

 少女は両手で頭上の手を掴もうと動き……腕の下げた籠が頬に当たって困惑したように両手を下げる。


 年相応にも感じる微笑ましさを見ながら、取り合えずジークルトも荷物を纏める事にした。

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