私にも私の目的があって此処にいる
「駄目よ、そんな目をしたって。
どちらにせよ貴女があのタイミングで出て来たという事は、見ていたのは確かでしょう」
それが実際に目でなのか他の手段でかは問わない。
そもそもが、この人形と自分は繋がっている。
此方が相手の位置を把握出来るように、相手も此方の位置を把握出来る。
本来ならば双方間での通信すら可能ではあるが――必要ない事はしない。
ユノの返事を聞く前に、ふと思考が翳る。
そういえば、本気で人形を破壊する気があるのか、と問われたことがある。
勿論ある。
というか、そうでなければ態々ぬくぬくとした住処を飛び出して、こんな僻地まで来る必要などないのだ。
適当に術式師を派遣して、若しくは暗殺者でだっていい、それで事足りる。
そうすればフィアナ自身はきっちりと術式の勉学を極めるために集中出来ただろう。
そうすればフィアナは決してアレッサの様な術式師に遅れを取ることなどは無かっただろう。
それでも、どうしても。
人形に引導を渡すのは自分で在りたい。
その想い一つで、単身生家を飛び出した。
実際にユノを追い掛けている間、フィアナへの追っ手だってあった。
フィアナが術式師である事を、彼女の父は良しとしなかった。
その父よりも家名を大切に考えている母も当然、良しとはしなかった。
元々は商売で生計を立てて来ている家柄だ、術式師としての技能よりも商才を重要視されている。
祖父は興味がない様だった。
どちらかと言えば曽祖父の作成した術式具を高値で売り捌いている祖父からすれば、フィアナが術式を学ぼうとどちらでも良いのだろう。
術式師となるならば術式具でも作らせれば良い、とでも考えていたのかも知れない。
唯一祖母だけは優しく見守っていてくれた様だが、残念ながら彼女には何の権限も無かった。
彼女の夫である祖父に一切逆らう事の出来ない祖母は、こっそりとフィアナの成長を喜ぶだけしか出来なかった。
余りにフィアナを褒めるものだから、一時は部屋に閉じ込められてしまう程であった。
まぁそんな祖母に会う為に、更に術式を極めて祖母の部屋へ侵入した事は懐かしい思い出だ。
祖母は写真で見る曾祖母にとても良く似ていて、曽祖父は大変に可愛がっていたと聞く。
しかし彼女には商才がなく、祖父を婿として迎え入れる時にすら酷く反対したらしい。
その息子はきっちりと商才を得ていたというのだから、結局ドラシィル家は商売人の家柄なのだろう。
実際にフィアナは金銭面で一切苦労した事もないし、実際にユノを追い掛けているここ数年だって困った事はない。
祖母や両親から受け取った小さくも価値のある装飾品を売り払えば、十分過ぎるほどの路銀だって得られる。
そういう点では感謝しないこともないが、結果として目的を達成する為の足にしか思えない部分だってある。
一点だけ家系として気になる点があるといえば、王族の血が入った家系の女性は短命らしい。
実際に曾祖母は短命だった上に、祖母も現在は療養中だ。
時たま祖母の側に置いて来た術式具で通信を行うが、日に日に弱っているのが確認出来る。
早く目的を達して帰還し、祖母の側にいてあげたいとも思わんでもない。
「フィアナ?」
遠慮がちに声を掛けられて、はっと我に返る。
思考に没頭してしまっていた様だ。
周りを見渡すとユノが、ジークルトが、レオノーラが此方に注目していた。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて。
えぇと……そう、そうね。
ユノは私があそこにいる事を知っていたでしょう?」
「……フィアナと私は繋がっている」
「そう、その通りよ。
あの時私は目的があってあの修道院へ足を運んでいたけれど。
私があそこへ向かっていた事も、貴女は知っていたでしょう?
あの場所が何なのかも、同然知っているのでしょう?」
「私は知っている。
この街のあの修道院が、何を所有しているのか」
「だから――貴女はあの時、近くにいたのでしょう。
そして、私よりも先に修道院へ入り込んだ」
ユノの紅玉の瞳が伏せられる。
「フィアナには悪いと思っている。
けれど、私にも私の目的があって此処にいる」
珍しく彼女が言い切った。
基本的にユノが、フィアナに何かを物申す事は殆どない。
というのもユノは彼女の一つの目的に対して行動している。
つまり――ユンゲニールに会いたい、という目標だ。
これは彼女がフィアナの前から姿を消した四年前からずっと変わらない。
その為に必要な事に関する発言はあるものの、フィアナに対して何かを押し付けるような事は無かった。
もうこの事に関しては、ユノがフィアナに対して負い目を感じているという事実に他ならない。
だから彼女は何も物申さないし、強く出る事はない。
しかし今回少女は強い言葉を吐いた。
という事は、あの修道女に保管されていたあれが、ユノにとっての目的を達するために必要だったという事だ。
「でもね、ユノ。
その所有権は私にあるのよ」
手を差し出す。
寄越せ、という意味を含めて少女を睨み付ける。
それに対してユノは、瞳を伏せたまま、イヤイヤをする様に首を横に振った。
「例えそうだとしても、これは譲れない。
そもそもがこの所有権はフィアナにも無い。
何故ならこれは――」
「五月蝿い」
思わず強く言い捨ててしまった。
けれど少女は言葉を紡ぐのを止めようとはしない。
「この手帳は、貴女の曾祖母様のもの。
所有権は曾祖母様にある」




