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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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貴方は狂っている

 男が、がしがしと荒っぽく頭を撫でる。

 その無骨だが大きく心地良い手がとても安心出来て、されるがままになってしまう。


 暖かい温もりが心を癒す。


 嬉しくて愛しくて、そして幸せだと感じる。

 思わずその手の圧力に反発して上を見上げ、頭を撫でてくれる男を見上げた。

 彼の表情は逆光で確認できなかったけれど、その口元が笑みの形に彩られたのだけは解る。


「どうした、悲しそうな顔をして」


 ――悲しそう?

 思わず聞き返してしまう。


 こんなにも心は穏やかで温かくて、ほっとしているのに。

 どうしてそんな問い掛けをしてくるだろうか。

 不思議に思って、頭に置かれた手を掴む。


「……ん?」


 眩しくて、顔が見えない。

 でも優しく笑っているのが解る。

 両手を広げて抱擁をせがむ。

 ちょっと苦笑したのが伝わって、でも男はしゃがんで此方を抱き上げようと、した。



 そんな男が、ふっと掻き消える。



 窓辺に立っていた。

 真っ白なその部屋の大きな硝子の窓から見る外の景色は、真っ白な雪化粧。


 風が木を揺らす。

 冬に咲く、珍しい白雪花が靡いている。

 窓枠は黒く、壁は白い。


 部屋の中から外の景色を眺めて……

 窓枠の側の白い壁に手を置いた。



 ――どろり。



 指先に感じる、液体。

 滑りのあるその液体は自分の指に付着していたのか、それとも壁から染み出して来たのか。


 壁から手を離して、掌を確認する。



 自分の手が掻き消えた。



 辺りが暗く染まって、指先すら確認できなくなる。

 両の手を合わせて見るも先程の滑りのある液体はもう付着していない。



 耳に届く喧騒。

 その騒がしさに眉を顰めながら、隣を見やる。


 此方の手をしっかりと握っているその腕を目で追う。

 綺麗な手だ、綺麗な男の手。

 逆の手も握られている。

 そちらも綺麗な手、女性だ。


 両の手をしっかりと握られて、身動きが取れない。


 目の前には初老の男性。

 此方に背を向けて、書斎の椅子に腰掛けている。


「本当に、そんな事を考えているのですか」


 両側に立っている男女が何かを彼に尋ね、彼が返答を返す。

 そのやり取りを何度も繰り返した後、話は終わったようだ。

 右手を握る男が、何かを吐き棄てる様に呟く。


「貴方は狂っている……我々は付いて行けません」


 初老の男性は、何も言わなかった。



 空気が流れて、辺りが暗くなる。

 眩しい光が一瞬だけ視界を覆い隠した。




 両手が、血で赤く、そして黒く染まっていた。


 慌てて掌を自分の衣服で拭うけれど、赤黒い液体がこびり付いている。

 鼻腔を擽る鉄錆の匂い。


 辺り一面に焦げた大地が広がり、煙が立ち込めている。

 地面は燃えているかの様に赤く熱く涸れている。


 空を見上げると紫の雲が立ち込め、赤い色が広がる。


 両手を宙へ伸ばすがその手は赤く黒い。

 液体が腕を伝って肘、肩、胸、腹、脚へと流れる。

 元々付着していた液体の量以上のものが、掌から溢れて来る。




 瞬きしてから目を開くと、また白い部屋へ戻った。


 壁に触れる。

 触れた所に赤い、黒い色が付着した。

 そのまま壁をなぞると、手形のまま壁へ色が残る。




 再び瞬きすると、場面が変わる。

 瞬きを繰り返すごとに、いくつもの景色が変化する。





 気持ち悪さが胸に込み上げて来る。



 頭を振って、額を手で押さえる。

 掌から未だ赤黒い血が滴っているけれど、気にせずに髪の毛をぐしゃりと掴む。


 恐怖なのかは良く解らないが、喉に何かが競り上がってくる。

 もしこれが声や悲鳴ならば叫んでしまおうか、もし嘔吐であるなら吐瀉物は撒き散らして良いものなのか。

 妙な思考を持ちながらも、血に塗れた手で口元を押さえる。



 身体を折り曲げるようにして、自分を守るように蹲る。



 そんな彼女の身体を、誰かが包み込むように抱き締めた。


 暖かい温もりが彼女を満たし、口から吐き出そうとしたもの全て飲み込んで。




 その腕に縋るかのように両手でしっかりと握り締め、それから――


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