お前の目は節穴か!
先手必勝、という言葉がある。
どの様な強敵であっても、先に相手の戦意を殺いでしまえば良いのだ。
倒す必要も、無効化する必要もない。
とても単純だ。
ほんの一瞬で良いから視力を奪ってやればいい。
目眩ましとか目潰しとか、観戦者達からは一概に卑怯だのどうのと言われる内容であっても、きちんと意味がある。
そう、馬鹿だの阿呆だのという暴言にだって意味はある。
挑発だ。
冷静な思考や思想を奪う挑発は、一見地味だし無駄にも見えるがそれなりに有効で重要だ。
何より最大のメリットとして、戦闘開始前から仕掛ける事が出来る。
更に相手が異性を連れていて多少でも憎からず思っているのなら、より簡単だ。
泣かせるだの犯すだの、相手の連れを脅かすような言葉を吐けば良い。
余程二人の仲が悪くない限りは、それで冷静さを欠くことになる。
正に今のジークルトがそのような状態であった。
殆ど初対面に近い相手であっても、言葉を交わして少しでも時間を共有してしまうと無下には出来ない。
それが彼に人望が集まる理由でもあるが、合わせて枷となりやすい部分でもある。
本人もそれを自覚しているのだがどうしても挑発に乗りやすい性格をしていた。
実際。
男が瞬時に目前まで接近しても、反応が一拍遅れている。
慌てて左腕で顔を守るように動くものの、構えの体制から腕を目線の真ん中に持ってくる為に視界が塞がれた。
その隙に男はジークルトの左側に回り込み、駆け抜ける際に脇腹を斬り付ける。
一瞬の熱い痛みに反応して身体が思わず左を向こうとするが、強く強く自制して右前方向へと逃げた。
左後ろを振り返るといつの間に抜いたのか、男が左手の指の間に短剣を二本器用に挟み付き出しているところだった。
あの瞬間振り返ってたら、確実に背中か腹部を貫かれていただろう。
頭を一瞬過った良くない想像を振り切り、ジークルトは更に跳び後退する。
追い掛ける、男の嘲笑。
「あれぇ、もしかして狙ってたりする系?
俺の後で良ければオコボレ差し上げても構わないぜ、お兄さん?」
腹立たしい。
しかし何と無く解ってきた。
先手として一撃を食らったからこそ、痛みで冷静になれた。
「口ばかり元気だな」
軽口を叩いて、逡巡。
相手は短剣を三本使用している。
素手で受けるには少し辛い……しかし、こんな街中で剣を抜くなんて事は考えられない。
だが何時までも逃げてばかりではジリ貧だろう。
距離を開けながら考える。
刃を避けるには意識を集中さえしていれば良いだろうが、思ったよりも素早く接近が早い。
きちんと対応が出来れば――
そこまで考えた所で、妙な気配を感じて顔を少し右に背ける。
チッ――
微かな風切り音と同時に、左頬をナイフが掠めた。
短く細いだけの刃で柄部分はない、投げナイフだろうか?
ぎょっとして男を見遣ると、どうやら黒いジャケットの内側に何本も仕込がしてあるようだ。
(有り得ないだろ、街中だぞ?!)
焦る。
人通りは確かに少ないとはいえ、無人ではない。
そもそも教会だって修道院だって近い。
このタイミングで朝の礼拝なんかが終わって街の人が出て来たとしたら、下手に避けたナイフがそちらへ当たる可能性だってある。
何を考えているんだ。
周りの人間へ被害が拡散させる訳にはいかない。
とすると、受け切るか後ろを確認しつつ避けるしかないか……。
懐へ手を差し入れ、短剣を鞘のまま取り出す。
抜き放つことはせずそのまま前に構えた。
相変わらず男は楽しそうに笑んだまま、一番長い短剣を持った方の手を此方へ突き出す。
来るか? と身構えると。
何かを男が叫んだ。
何を言ったのか、よりも……自分の腕へ起こった異変に気が向いてしまった。
腕が、凍った。
短剣と一緒に凍ってしまって、動かすことが出来ない。
辺りに一瞬靄が見えたが、直ぐに霧散する。
「術式師か?!」
思わず叫んでしまうと、男がにやっと笑んだ。
「どう見ても術式師だろうが?
お前の目は節穴か!」
知らねぇよ!
叫び返しそうになったが、堪える。
剣をメインで扱ってくるものだから、剣士系かと思っていた。
先入観は良くない。
その一瞬の迷いが、敵の接近を許すことになる。
再び男が接近して来る。
凍った腕を懐に抱え込み、迷って――
そんなジークルトの周りに、炎の壁が出現した。




