碧の毛並みが美しい鼬が走り去る
フィアナは辟易として、机に突っ伏した。
一体何故こんなことになっているのだろうか、と色々思うところもある。
うんざりして露骨に溜息を吐き出し、隣に立っていたレオノーラを苦笑させた。
一夜明けて、朝。
昼間はレオノーラの拘りで酒類を一切提供しない、宿の食堂にて朝食を取った。
普段は朝から食事を摂る事はあまりないのだが、看板娘からサービスするので是非に! と進められては、断る理由も無いだろう。
酸味の強い赤の果物を絞った飲み物と、ヒエに一手間加えたというパンは中に卵や葉を挟んだサンドウィッチだ。
小麦のパンはそれなりに高価であるが、牛乳に一晩付けてしっかりと醗酵させたというヒエのパンは、食感だけならば小麦に近い。
ただ、どうしても少しポロポロと零れてしまうのが難点ではあるが……零れたパンくずは、窓から入ってきた小鳥が啄ばんでいる。
少し微笑ましく思い、少しパンを千切って床へ投げてやると――
小鳥よりも大きな何かがさっと奪って行った。
何あれ、鼬……?
碧の毛並みが美しい鼬が、走り去って行った。
あんなに鮮やかな体毛の生き物は早々お目に掛かれない。
皮を剥いでなめして売れば、良い値段になるかも知れないわね。
そんな事を思いながら、パンを頬張り咀嚼する。
と、そんなフィアナの傍に男が一人近付いて来た。
「あの」
恐々といった様子で声を掛けて来る。
明らかに此方へ近寄り話し掛けて来る為、そうそう無視も出来ない。
仕方なしに一瞥をくれてから、食事の手は止めずに話を促す。
「何か用かしら?」
絶対にドラシィル家では許されない、行儀の悪さだ。
しかし此処は家よりも遥か離れた僻地の街。
主要都市では直ぐに見つかるからと、人形が態々出向いた街。
まぁ食事中に声を掛けてくる方が悪いと、そういう事にさせて頂こう。
少し不機嫌そうな表情を向ける。
「ジークは、悪い奴じゃないんだよ」
ぼそっと、呟いて来る。
こっそりと天井を仰ぎ見て、溜息を吐いた。
朝からこれで、七人目。
良い加減ちょっと飽きて来たなと思う。
人望があって好かれているのはとても良く解った。
しかし、食事中に何度も何度も来られても、困る。
折角の美味しい朝食も、半分以上味がわからなくてとても勿体無い。
「ええ、そうね。
貴方も含めて入れ替わり立ち代わり、一体どれだけの人間がわざわざフォローしに来ると言うのかしら」
もううんざりだ。
彼らがジークルトをかばう気持ちは良く解るけれど。
こちとら久し振りのまったりとした朝食時間。
こんなにも邪魔をされると、そろそろ堪忍袋の緒も切れると言うものだ。
しかし昨夜に彼を少しからかったのはフィアナだ。
その結果ジークルトは声を荒げて、その為に彼らはフィアナへジークルトの無実を説きに来ている。
「私は別にジークルトを悪いだなんて思っていないわ。
ちょっと私がからかっただけ、もうしないのでどうぞ安心して下さらないかしら?」
にっこりと満面の笑顔を向ける。
すると男は納得したようで、引き下がってくれた。
そして次の男が、フィアナの机の傍へ歩いて来た。
結局朝食を食べ終えるまでに、計十六人の人間がフィアナの所へやってきた。
相変わらず机に突っ伏したままのフィアナの頭に、粗暴な手が置かれる。
「疲れた顔をして、どうかしたか?」
……単なるいたわりの気持ちだったのだろうと、今なら解る。
しかしその当時は、フィアナは気遣う事は出来なかった。
頭の上におかれた手を払い除け、顔を上げて彼を真正面から見る。
「誰のせいで疲れたと思っているの?」
「俺のせいなのかよ……何もしてないだろう」
「貴方のお仲間が朝からせっせこと私の所へ来るわ。
やれジークフリトを許してやってくれ、ジークに悪気はないんだ、とかね」
大きく溜息。
「悪気があったらもっと酷い目に合わせているわ。
そうでないから貴方、五体満足で生存しているのよ。
其処のところを確りと理解して欲しいものね」
言い切ると、ジークルトは困ったような苦笑を浮かべた。
「俺、特に何か悪いことしたつもりはないのだけど……。
そんなに気に障ることだったなら、悪い」
何の迷いも無く、頭を下げて来る。
……これでは此方が相変わらず不機嫌で、ジークルトを責めているように見得るのではないか。
そっと周りの様子を伺うと、案の定……フィアナの目線からさっと逃げる人間が数名居た。
ちょっと不機嫌に頬を膨らませる、フィアナ。
「もう結構よ、顔を上げてくれるかしら。
何だか私がいじめているみたいじゃない……あんまりだわ」
片手を目元に持って行き、クスンクスンと目に涙を浮かべて小さく鼻を啜る。
すると辺りの視線が、困惑へと変化する。
「あ、いや……そんなつもりはなくて」
「解っているわよ、そんなこと」
途端急に焦り出したジークルトだったが、フィアナが顔を上げて髪を掻き上げながらそう応えるとあからさまにほっとした表情を見せる。
「もういいわ、気にしていない。
それよりも――」
隣で相変わらず営業スマイルを浮かべているレオノーラを見て、ふと思い付いた。
何だか無駄に達観した笑顔だが、そんなに期待されても何も出ない。
残り少なくなった朝食のサンドウィッチを、口に放り込んでゆっくりと咀嚼しながらジークルトへ声を掛ける。
「貴方、この街は詳しいの?
良ければ連れて行って欲しいところがあるのだけど、構わないかしら?」




