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SS③:兄の嫌な予感【アスティリオ視点】

本日コミカライズ更新日です!

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 腹違いの妹が屋敷に来たのは、アスティリオが十六歳、妹が十四歳の時だった。


 妹はいつも、道の前にいる。

 廊下をうろちょろとしていたり、たまに母親でも思い出しているのか、ぼんやりと突っ立っている。


 目障りで、とても邪魔だった。

 兄の後ろをついてくるような妹ではないから、大体いつも前にいる。

 そもそもアスティリオは振り返ったりしないので、後ろにいたとしても気づかない。


 だから、いつも、少しだけ前に立っている。


 その日も偶然、目に入った。

 学園の隅にある、図書室の横並びの閲覧席の一つに妹が座っている。数冊の本を手元に置き、一冊の分厚い本を眉根を寄せながら読んでいる。


(なんとまぁ、見るに堪えん顔だ)


 今にも「うう……難しい」と呻き声が聞こえてきそうな顔だ。貴族の余裕というものがまるで見受けられない。ただし、背筋だけは、家庭教師にも褒められる程に、やたら良い。


 屋敷に帰ったら小言を言おうと決めて、さっさと用事を済ませようとした時、ふと、妹を見ている人物がいるのに気が付いた。


 淡い光を集めたような金髪の青年――光の公爵家の次男、シルビオだ。

 国内有数の名家の人間で、柔和な物腰と容姿によって令嬢たちにも好かれている彼が、本棚の陰になるような一席だけの椅子に腰かけて、なにやら機嫌良さそうにあの妹を見つめているではないか。


(……一体何を)


 こちらの視線に気づくと、やあ、と言いたげに彼は手を挙げた。声には出ていない。

 近づいていけば、シルビオは微笑んで、ちいさな声で囁いた。


「君によく似た子がいるね」

「……」


 その言葉だけで、何故か嫌な予感がした。


「……あれが最近できた妹です。リナミリヤと言います」

「やっぱりね。そっくりだから」


 シルビオは、ふふ、と笑う。


 妹の容姿はアスティリオと同じ、銀髪に水色の瞳。

 どこからどう見ても嫡男(アスティリオ)に似ているために、誰も妹の出自を疑ったりしない。父親には似ていないが、それはアスティリオも同じこと。兄妹揃って先代当主――つまり祖父似なのだ。すんなりと侯爵家の第二子の座に(おさ)まった。


「礼儀作法がまだ未熟という理由で、どこの催しにも出させてはおりません」

「……覚えることが多いだろうね」


 シルビオが目を細め、苦悩するリナミリヤを見つめている。それは労わりのまなざしだった。

 つられてアスティリオも妹を見る。

 リナミリヤが険しい顔で向き合っている本は、表紙の文様と分厚さからして、基礎的な歴史書だとわかった。


「あの子、最近よくあの席で歴史の勉強をしているんだよ」


 あれでも勉強していたのか、とアスティリオは思う。特に貴族が関わる歴史に関しては物覚えが悪い妹だ。田舎で駆け回って暮らしていたのだから、他の令嬢と違って幼少からの積み重ねがない。十年は遅れている。「覚えなきゃいけない家名、せめて半分くらいになりませんか……?」と家庭教師に訊いていたらしい。


「あの子、難しい顔も可愛いんだけど――あ、そろそろかな」


 シルビオが少し弾むような声を出した。


「三十分おきくらいにね、息抜きなのかな、別の本を読むんだよ」


 実際、妹は横に置いていた別の本を開き始めた。


「あれは何の――」


 アスティリオが目を細めて、その本を見極めようとすれば、「今日は料理の本みたいだよ」とシルビオが言う。 


「正確に言うと他国でのお茶会に向けた礼儀作法の本。おいしそうな絵がついてるやつ」

「……」


 幼児じゃあるまいし、絵に気を取られるな、とアスティリオは思った。


「シルビオ様もお読みになったことが? よくこの距離でタイトルが見えましたね」

「え、見えないよ? だからさっき後ろを通ってこっそり覗いてきた」

「……」


 思わず黙ってしまう。

 シルビオは、にっこりと「動物の図鑑の日もあるよ」と付け足してきた。そういう問題ではない。

 その不審行為は――今日は一体、何日目なのだろうか、と気が重くなる。


「あの子、全然気づかないよ、絵に夢中だから。可愛いね」


 公爵家次男は、にこにことご満悦そうである。

 なんだか頭痛がしてきたアスティリオに気付かず、シルビオは少しだけ笑みを薄める。


「ああ、さっき君に似てるって言ったけど、別に君に似た容姿の子を求めていたわけじゃないんだよ。表情が可愛いんだ」

「はあ」


 付け足されたところで、嫌な予感は変わらない。

 しかし貴族としてやるべきことは決まっているので、淡々と社交辞令を述べる。


「呼んで参りましょうか。この機会にご挨拶を」

「ううん、見ていたいだけだから」


 断られて心から安堵した。

 しかし、まるで縫い留められたように、シルビオの視線はすぐにあちらに戻り、そう簡単には飽きて帰る様子もない。


(――なんと迷惑な妹だ)


 いよいよ舌打ちしたくなった。


 あの妹は、いつも、アスティリオが気づいた時には、先に何かを始めている。


(俺も色恋には詳しくはないが――男が女を見ているだけで済むはずがない)


 シルビオは公爵家の次男で格上だ。同派閥で、家同士も古くから縁がある。年齢もリナミリヤとは三歳差で問題ない。

 しいて言えば妹は嫡出子ではないが、その母親も数代(さかのぼ)れば男爵家の血筋ではあるし、この程度の『差』など、いくらでも無視できるだろう。

 ――公爵家が望めば、一気に進む縁談だ。


 願ってもない良縁。

 妹が貴族として生きていきたいなら、是が非でもと歓迎すべき好条件だが、アスティリオ個人としては、どうかそれぞれ別の相手と結婚してほしいと願わずにはいられない。


 なぜって、この御仁は面倒くさいからだ。




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