SS②:おあずけ発生【※本編ネタバレあり】
本編ネタバレあり・ちょっと長めです
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二人が両想いになってから二週間が経った頃。
屋敷で朝から採寸を受け、たくさんの布地をあてられ続け、デザイナーとお針子たち、エドガルドと別室で話していた公爵領の商人たちまで全員帰ったところで、リナは首を傾げる。
「ねぇ、なんだか過剰じゃない?」
「そうか?」
壁際にいたエドガルドが首を傾げた。ラミラも同じ方向に首を傾げている。
結婚式に向けて、エドガルドはたくさんの手配をしてくれた。
「囲い込み作戦、まだ続行してるの!?」と言いたくなるほど、豪華なオーダーメイドのドレスだけでなく、半年後の結婚式には国内の貴族をほぼ網羅したレベルで大勢の貴族を招待する予定だ。もちろん国外の王侯貴族も来る。エドガルドは毒魔法士のトップとして各国に名が知られており、彼が以前のように――学生時代のように普通に出歩けるレベルの毒体質に落ち着いたので、お近づきになりたい人が多いそうだ。そして挙式後のパーティーも王族の婚礼に次ぐレベルで最大規模になるだろう。
「まあ、エドは公爵様だし、それくらいがふさわしいんだろうとは思うけれど……ちょっと派手すぎない……?」
「リナが望むのなら、もう少し慎ましくするが――遠慮ならば不要だ」
「遠慮っていうか……」
リナとしては「そこまでしてくれなくとも……」と思ってしまう。エドガルド自身が豪華な式を望んでいるわけではなく、おそらくリナのために全力を尽くしてくれているのがわかっているからだ。
だがリナだって、二人で愛を誓いあって、ラミラたち屋敷の使用人が祝福してくれたらそれでいい。半年もかけて準備してくれなくたっていい。もちろん、公爵として、そして選定公として、招待客を大勢呼んだ豪華な式にしなければならないのもわかっているが――
「招待客のことはいいとしても、どさくさに紛れて私のドレスを五着も増やすのはおかしくない……?」
さきほどエドガルドが注文していた。リナが止めようとしたがラミラの妨害に遭った。
大聖堂で愛を誓う際に純白のウェディングドレスが必要なのはわかるが、夜会向けのドレスを追加で五着は要らない。なぜなら先週も五着注文していたのだ。
「心配しないでくれ、血税ではなく、私財を使っている」
「私財の心配もした方がいいわ!」
これから公爵夫人として恥ずかしくないドレスがいくらでも必要とはいえ、この勢いはちょっと怖い。少しは節約した方がいい。
気後れしていると、ラミラが言った。
「貴族が特別な逸品を注文しなくてどうします。……ウェディングドレスこそ王都の王室御用達のデザイナーに頼みましたが、他のドレスのいくつかは公爵領のものを使います。領内のお針子達にとっては、領主の結婚など一世代に一回あるかどうか……皆、ここぞとばかりに豪華なドレスを作りたいのです。最高級の生地、最高級のレースに触れる機会です。奪わないでくださいませ」
「えっ」
一世代に一回、という壮大さにリナは驚いた。だが、言われてみれば確かにそうだ。
ラミラはリナをまっすぐに見つめて言う。
「いつも以上に金が動き、なんなら普段は話しかけづらい、縁のない他所の領主にだって『今度、とびきりの宝石や食材が必要なんだが、おすすめはあるか? 愛しい妻との結婚式なんだ』などと話しかける機会ができます。そこから商談――新たなご縁ができたりするのです」
「私を口実に、エドの社交ができるのね!?」
嬉しくてリナは目を輝かせる。
「そうです。祝い事を派手にすればするほど笑顔の人が増え、活気づき、祝福をしたい者たちは幸せになります。普段とは違うイベントで、領民の心も経済も潤うのです。もちろん準備をする領民たちの思い出にもなります」
「思い出……」
「言うなれば、『ご領主様結婚特需』です」
「素晴らしいわ……」
うっとりとリナは頬に手を添えた。
平民として育ったリナからすれば、節約こそ美徳のような気がしていたが、たしかにこれがお祭り扱いなら、中途半端な節約や謙遜なんてするべきではない。
「そうね、派手にやりましょう!」
「ええ、ぜひお願いいたします」
話がまとまったのを察して、エドガルドがちいさく拍手している。
「君が喜んでくれるようで良かった」
「色々と頼んでもいい? エド」
「もちろんだ」
即答されて、リナは微笑む。
「じゃあ、式を挙げたあとはエドと領内を回りたいわ。それから新婚旅行として、国内のあちこちにも。たくさんエドが祝福されているところがみたいもの」
「……そんなことでいいのか」
目を丸くされた。「もっと違うものを欲しがっていいんだぞ」と言われたが、リナとしては特にしたい贅沢もない。元々、彼が好きな時に好きな場所へ出かけられるようにしたい、と思って実験的結婚も頑張っていたのだ。
「まったく、君は……大勢に祝福されているところが見たいのは俺の方だ。……なあ、ラミラ」
「ええ、まったくです」
「?」
――エドガルドやラミラとしては、リナにこそ、なるべく豪奢な衣装を着て、盛大に祝われてほしかった。つまり、ちやほやされて大勢から大切にされているところが見たいがために、はりきって結婚式の準備をしているのだが、リナは知る由もなかった。
◇◇◇
午後に二人きりで――最近のラミラたち使用人は、気を利かせて退室しがちだ――いつものお茶の時間にソファに隣り合って座り、ちょっと肩にもたれて甘えてもいいだろうか、なんてリナが考えていたところで彼が不思議なことを言い出した。
「リナ、君を不安にさせないよう、誤解のないように言葉にしておくが――」
「なあに?」
「俺はしばらく君とキス以上のことはしないつもりでいる。しかしそれは愛が無いからではない。それはわかってほしい」
「?」
リナはきょとんと眼を瞬かせて、隣のエドガルドを見る。
「……ええと、しばらくっていうのは、結婚式まで、ということかしら? 書類上はもう夫婦だけど……半年も先?」
両想いになって数週間経つが、二人はまだキス以上のことはしていないし、寝室は別々だ。
書類上は「実験的結婚」から引き続いて夫婦のままだが、改めて結婚式を挙げようということになり、式は半年後に決定した。
真面目なエドガルドのことだから、全部済むまでは「婚前交渉」になると思っているのだろう。だからそんなことを言い出したのだろうと思ったが――
「いや、そういうことではない。結婚式は関係ない」
「え?」
けじめということかと思ったが違うらしい。
「随分と俺の毒魔法は落ち着いてきたが、『弱体化の薬』で俺をC級毒魔法士レベルに下げられるくらいになるまでは――それも、薬の効果が安定しているとわかり、万が一の事故がないと確信できるまでは、君と寝所は共にしないでおこうと思う」
「C級!? それはまだしばらくかかりそうよ!?」
思わずリナはソファから飛び上がりかけた。
彼が心に嘘をつかなくて済むようになってからは毒魔法の暴走は安定し、かつて学園に通えていた頃と同じくらいには無害になって、どこへでも出歩けるようにはなったが、まだまだ一般人と言うにはほど遠い。
相変わらず、手袋なしで一般人――防御魔法や毒魔法以外の人に触れれば肌を一瞬で爛れさせるであろう程度には毒体質である。
だから彼用の弱体化の薬はまだ研究を重ねている途中ではあるし、もっと彼を弱体化させれば、リナともさらに安全に触れ合える、というのはわかるが――
「私といちゃつく分には、今のままでも大丈夫じゃない……? エドをC級以下にしようと思ったら、相当強い薬にしないと……あまり強い薬を作ろうとすると、中身を圧縮してコーティングする防御魔法も今のままじゃだめだし……開発に一年はかかりそうよ?」
今だって毎日キスができている。これ以上に弱める必要はあるんだろうか、とリナは思った。
「君と深く触れ合えば心が乱れて毒魔法が暴走するかもしれないし、寝ている間に寝ぼけて毒魔法を使う可能性も無いわけではない。寝ぼけて全力を出したとしても、C級以下の魔法しか使えない状態になっておきたい」
「寝ぼけて――」
それはさすがに心配しすぎだろうとは思ったが、エドガルドは真剣な顔だ。
「隣で君が寝ている間に、どれほど防御魔法が維持できているのかも俺にはわからないだろう」
「私に関しては大丈夫だと思うけど……だって実際、シルビオ様との新婚生活では、一度もS級の防御魔法が解けなかったのよ? 普通に寝てても、睡眠薬で爆睡してても――」
「……」
エドガルドから毒霧がぶわりと溢れ出た。彼の心が乱れたせいだ。
「うわあ! エド落ち着いて!」
「っ、すまない、君を危険な目に……!」
「私は大丈夫だから! なにせ天才S級防御魔法士よ!」
落ち込む彼に、慌てて「ちっとも問題ないわ!」とリナは断言する。
普段の彼はだいぶ落ち着いていて、リナが何も魔法を使わなくてもそばにいられるくらいにはなっているが、時折こうして嫉妬で毒魔法を暴走させる。
「私もごめんなさい、動揺させるようなことを言って。でもシルビオ様とは何も無かったから! 誓いのキスすらしてないのよ!」
「わかっている……わかっているが……君と寝所を共にし、君の寝顔を見つめる日々を半年も過ごした男がいると思うと――嫉妬で胸が焼き尽くされそうだ」
「もう! それは仕方ないでしょ!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶと、「怒っていても可愛いな……」と真顔で観察された後、彼はふと思いついたように険しい顔になる。
「というか、先ほど睡眠薬で爆睡、と言っていたのは――」
「そこは深く突っ込まないで!」
これ以上彼が嫉妬で暴走するといよいよリナも防御魔法を強めに使うことになりそうなので、リナは必死で彼をなだめる。
「ええと、まあ、とにかく、無意識にS級を発動して弾いちゃってたシルビオ様と、大好きなエドだったら、気を抜いちゃう違いはあるかもしれないわね。大好きなエドと一緒に寝るなら、きっとすごく安心するだろうし」
「……」
大好きなエド、とわざと二回言ってみた。少し持ち直したようで、あきらかに彼の毒魔法がやわらいでいく。
よし、と内心リナは安堵する。
「つまり、私が寝ている間に油断して、防御魔法を一切使ってない時に、うっかりエドとほっぺが触れ合ったりしたら、私のほっぺが毒で爛れかねない、って心配してるのよね? だから毒体質を弱めておきたいっていう……」
「……頬だけでは済まないぞ。俺は君と過ごせるのなら、朝までこの腕で君を抱きしめていたいと思っている」
「!」
なんて情熱的なのだろう。リナの心臓は鼓動が速くなる。
(素敵……! ぎゅって抱きしめてほしい!)
熱くなった頬を両手で確かめながら、きゃあ、と小躍りしたい気分だ。
にこにこしているリナを見ながら、「そういうわけで」と彼が話をまとめ始める。
「弱体化の薬で俺の毒を弱めて、せめて俺をC級レベルに下げるまでは、寝室は別々のままにしよう。たとえ結婚式が先に終わろうとも」
「そうね……寝室を……別に……」
今もそうではあるが、結婚式までしても夫婦で共寝ができないとは、中々に寂しい。
「C級まで下げるのって結構難しくない……?」
エドガルドは相当飛び抜けた毒魔法士である。
そもそも彼に侵蝕・崩壊させられない物質はこの世に無く、本人の魔力量の限界はあっても、強度の上限は無いのでは?とさえ言われている。さすが毒魔法の大家の当主だ。
「しかし、それ以上は譲れない」
彼ははっきりと断言した。
リナとエドガルドがお互いに無意識――寝ている状態でリナが防御魔法を引っ込めてしまい、自己の防御体質とエドガルドとの接触で慣れつつある毒耐性のみの基礎に頼り、さらに彼が多少寝ぼけて弱い毒が漏れ出る可能性まで含めて安全性を保つなら、エドガルドをC級以下に、というのは妥当なレベルだ。
「C級ね、わかったわ、そこまで下げるのね……?」
しばらくおあずけが決定して、リナとしては、悔しい思いだ。
キスはできるので、夫婦らしいスキンシップが無いわけでは無いのだが――
(将来的に、エドの子がほしいなって思ってるんだけど……)
授かるかどうかはわからないが、夫婦の営みをしないことには始まらない。
できれば早めに関係を持ちたい。
幼いうちは魔法は使えないので、彼の子が胎内にいても、リナが胎児から毒魔法を受けることはないだろうと医師からも言われている。授かりさえすれば、薬や防御魔法に関係なく、安全に子を生み育てることができるのだ。
だから、彼とキス以上のこともしたいのだが――
(あれ? でも待って、C級まで下げるってことは――)
ふと気づいた。
リナほどでなくとも、ある程度のレベルの防御魔法士、毒魔法士、あるいは瞬時に自己回復のできる治癒魔法士ならエドと触れ合えるのでは?と。
エドがC級になれば、素手で握手をしたり、唇を重ねたり、それ以上のことだってできる。
そして弱体化の薬の服用を止めれば、元通りエドはS級の最強の毒魔法士なので、いつでも活躍できる頼もしい公爵様のままだ。
(まずい、エドがモテモテになってしまう……!)
猛毒体質ゆえに誰とも触れ合えず、跡継ぎも望めず、一家断絶の瀬戸際まで来ていた『猛毒公爵』だったが、弱体化の薬があれば、S級防御魔法士のリナでなくても、彼と素肌でいちゃつけるのだ。そうなれば跡継ぎ問題も解消するのだから、他の良家の令嬢と結婚できる。
「どうしましょう……! ライバルが急に増えた……!」
「何の話だ?」
急に叫んだリナに、エドガルドは目を丸くする。
「エドがC級毒魔法士になれたら、ほぼ一般人レベルで無害よ!?」
「いや、一般人ほどではないと思うが……? 魔法には相性があるから――」
「だとしても、結構な数の人といちゃつけるのよ!? いっそE級以下まで弱められれば本当に誰とでも素肌で触れ合えるんじゃない!?」
「……?」
寝ぼけて毒魔法を誤爆させる可能性は残るとしても、寝る時だけ別室にするか、防御魔法士、毒魔法士相手となら朝まで共寝ができるようになるだろう。
そもそも、意識がある時のいちゃつく行為自体は誰とでも問題なくなるはずだ。
「熱いキスを何十秒でも無傷でできるのよ!? 誰とでも!」
「いや、誰とでもはしないが……?」
リナが急に慌て始めたので、エドガルドは困惑している。
(やだ、どうしよう……)
かつてはエドが違う女性を――カタリナ嬢を愛していると思い込み、彼が幸せになるのなら応援しようとさえ思っていたはずが、今は、居ても立っても居られなくなる。
「誰にも気づかれないでほしい……エドがもう他の人ともいちゃつけるってバレたら、エドと結婚したい人が押し寄せてくるわ……!」
「いや、押し寄せてはこないだろう」
「どうしよう、私ちょっと油断してたみたい! 『エドと触れ合えるのは私だけだし……』なんて慢心していたわ! 今後は他の人に取られないよう、緊張感を持って本妻として頑張らないと!」
「本妻も何も、妻は絶対に君一人だが……?」
エドガルドはあきらかに納得がいかなそうな顔をした後、落ち着いてくれ、と言わんばかりに片手を掲げた。
「俺は現時点ではまだC級以下でもないし、そもそもどこまで毒魔法を下げられるようになったとしても、君以外とは結婚しない。君以外を求めるわけがない」
「でも気が変わるかもしれないし、私と離婚できないわけでもないし」
「絶対に離婚しない。それに、離婚してしまったら、君がシルビオ殿と結婚してしまう」
魔法契約書の関係で、リナはエドガルドとの婚姻が切れてしまえば、シルビオと結婚する約束を果たさなくてはならなくなる。
「でもエドはそんなことさえ気にしなければ、可能ではあるのよ」
「……するわけないだろう。絶対に君と離婚などしない」
短い間に二度も『離婚しない』と強い口調で否定してくれた。
絶対に返答は揺るがない、という強い光が瞳に宿っている。
(エド……)
彼は両腕を広げてリナを見る。
「……抱きしめてもいいか?」
「うん」
すぐ頷いてその胸に飛び込めば、ぎゅっと強く抱きしめられる。温かくて心地いい。
(やっぱり、エドに触れてもらえるのって幸せ)
思わず頬が緩んでしまう。
もっと欲しくなって、そっと彼を見上げた。
「ねえ、エドが寝ぼけさえしないなら――意識があるときなら、今だってちょっとくらい、キスより先のことをしても大丈夫なんじゃない?」
「…………誘惑しないでくれ」」
ものすごく悩ましげに呻かれた。
「……リナ。俺が君を抱く時に、心を乱さずにいられると思うか?」
「……うーん?」
先程もシルビオの名を出したら嫉妬で毒魔法が溢れていた。魔法は感情につられてしまう。
「……難しいかも……?」
「そうだろう? 俺の激情で君を傷つけてしまっては困る。なので、君の安全のためにも、慎重にいこう」
「私、S級の天才防御魔法士なんだけど……」
「信じていないわけではない。だが万が一があるといけない。お互いに魔法のことを忘れて、存分に触れ合えるような夜にしたい」
「存分に……」
魔法に悩むことなく、一晩中、彼と二人きり。それはなんて魅力的なのだろう。
そう言われたら、リナとしても今はキス以上のことは我慢するべきだ。
「……わかったわ。薬の研究、頑張るわね! エドと思う存分、朝までいちゃつくために!」
「いや、嬉しいが、君は頑張りすぎるところがあるから、焦らないでくれ」
「だって、早くエドにいっぱい触れてほしいもの」
「……」
彼を見つめながら言うと、「俺が我慢できなくなりそうなことは言わないでくれ……」と片手で顔を覆っていた。
――そういうわけで、キス以上のことは、まだしばらくおあずけになりそうなのだった。
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