276 それは現世と異界の境目にて
——ゆらゆら、ゆらゆら、ふと気がつくとひどく揺れる場所に俺は寝ていた。
「……ここは?」
俺が身を起こして周りを見渡すとそこはただ広く白い草原が広がる風景だった。
ひどく懐かしい気がするけど、まるで見覚えがない……そして俺がそれをぼうっとする頭で眺めていると、ふわりと俺の隣に誰かが立ったのに気がついたので、そちらへと視線を向けるとそこには歪んだ笑みを浮かべたまま俺と同じ方向を見つめる黒髪の美女。
彼女は混沌の戦士アルピナ……俺が倒した相手なので、今ここに姿があるのは夢か何かなのだと気がついた。
「……なんだ夢かよ」
「夢でもいいのよ、私は貴方に啓示を与える存在なのだから」
「神様じゃないんだから……」
クスクス笑いながら俺へと視線を向けたアルピナの歪んだ笑みには、柔らかさと優しさのようなものが垣間見える……以前から考えたらずっと距離は近い。
恥ずかしながらその顔は少しだけ美しいと思ってしまった……彼女はすでに俺の中に溶け込み、どこか俺が愛する者達に似たような印象へと変化している。
敵として戦ったあのアルピナと姿は一緒であっても、まるで違うものになったのだろうとは予想できる。
そして彼女はそっと遠くへと視線を伸ばすと、少し寂しそうな表情を浮かべてから口を開いた。
「遠からず凄まじい破壊がブランソフ王国を襲う……それは避け得ない未来になっているわ」
「凄まじい破壊?」
「ええ、混沌による破壊、全てを無に帰すための魔法陣、それらが発動した段階で王国は完全に崩壊する」
「それはお前らが仕組んだことだろう?」
「否定はしないわ」
俺の返答がよほど面白かったのか、アルピナはクスクス笑いながら自然な表情で楽しそうに笑う。
なんだか以前の彼女よりもずっと自然で、人間らしい表情を浮かべたことに俺は内心感心してしまうが、すぐに彼女は俺へと向ける表情をぐにゃりと歪ませる。
ああ……いつもの顔だ、ちょっと安心する……俺がそんなことを考えていると、アルピナは表情を笑みから呆れのようなものへと変化させる。
どうやら彼女の好みの思考ではなかったらしく、アルピナは軽く手を振って拒否の意思を示した。
「……そういう顔やめてくれない?」
「前と違う気がしたんだよ」
「貴方の中に溶け込むように、お互いが近づいてきている」
「だからって俺は混沌に近づいているとは思わないけどな……」
そう、この世界における混沌は邪悪の象徴であり、人が混沌に近づき堕落するとその魂までもが汚染されるという恐るべき存在なのだ。
だが、俺は今アルピナの魂を取り込み同居している……それは俺が人でなく別の存在になり始めているという証左なのだが、それでも自分自身が人間ではない、などと認識するものがいるだろうか?
魔王となった選択そのものは間違ったとは思わないけど……俺が黙っていると、アルピナはクスッと笑った後、すぐに表情を引き締める。
「さて、今ここに私が出てきた理由は警告をするため」
「警告だと?」
「そう、貴方に近しい人が死に向かおうとしている、その警告」
アルピナの話す近しい人? と俺は思わず眉を顰めるが、アイヴィーやアドリアではなく、それ以外にいるとすれば。
もしかしてカレンとベッテガか? 俺はハッとしてそばに立つアルピナを見るが、彼女の美しい赤い瞳には何の感情も感じることができない、どこまでも空虚なものだ。
答えを教える気はないけど、少なくとも二人が何かに巻き込まれることは確実ということか……俺はゆっくりと立ち上がると、服についた草を手で払う。
「首都エイオリームに急がないとダメか」
「クハ……そういう察しの良いところ好きよ」
「……そうかよ」
「戦ったことがあると思うけど、クラウディオは強いわよ」
「決着はついていなかったな……」
混沌の戦士クラウディオ……剣聖セプティムの宿敵だという話だったけど、帝国での戦いでも生き延びてい、今このブランソフ王国に身を潜めているってことだな。
それとずっと啓示のように見せられている混沌の最終兵器である変異混成魔法陣が発動した場合、王国そのものが無に帰し、全てが崩壊する可能性もあるのだ。
あまり時間がないな、本当に急がなければ……俺がそう考えるのと同時に全ての景色が白くなっていく。
それは夢から覚めるような感覚に近く、次第にアルピナの歪んだ笑顔も全てが薄く色を失っていくのがわかる。
自分の体が上に持ち上がっていくような感覚を覚えながら、俺は目の前に広がる光の方向へと手を伸ばした。
行き先は元々首都であったが、何か事件が起きているのであれば……俺は友人を守らなければいけない。
「……早まるなよ? 俺が辿り着くまで待っててくれ、カレン……ベッテガ!」
_(:3 」∠)_ 短くてすいません……
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