270 古き友人の元へ
「聖王国時代にもそんなことがあったのか……」
「まあトニーは変わった人だったからなあ……」
針葉樹の槍と話をしながら馬車に揺られてシャアトモニアへの帰路についた俺達だが、案外彼は気さくで話好きな人物であった。
トニーの父親であるオーガスタス・ギーニはシェルリング王国でも代々外交官を務めており、トニーはその父親の後を継ぐために名代として活動しているのだという。
本来の契約はギーニ家ではなく、シェルリング王国王家と結ばれているそうだがトニー本人があのような性格かつ突飛な行動をとりたがるとかで、国王直々に彼の教育を依頼されているのだそうだ。
何してんだよトニーは……と思ったが、聖王国魔法大学時代からちょっと変わっていたのでまあ仕方のないことなのかもしれない。
「しかし……混沌の戦士ネヴァンがあいつらと一緒にいるとはね……」
「レヴァリア戦士団は発足当初からブランソフ王国を本拠地にしているからな……」
「そうなのか……俺はあいつらのこと何も知らないんだな……」
「ただ彼らは混沌に与しているわけではないようにみえた、協力関係であることは間違いないが」
元々傭兵団として各地の戦場を転戦している戦士団故に、混沌の策略などに喜んで与するとは思えないし、どちらかというと金で雇われているだけのように見える。
それに……あの法螺吹き男爵は純粋に戦いのみを求めているように感じたからな、そういう直感的な部分で彼らのは混沌特有のねっとりした感触がなかった。
だからこそカイ・ラモン・ベラスコの言葉は嫌な気がしなかったんだ……おそらく冒険者をやっていなければ、彼の誘いに乗った可能性もあるんだよなあ。
ただ今の冒険者稼業が性に合っている自分としては傭兵業にはマッチしない可能性もあるけどな……傭兵ともなると腰を落ち着けて、なんて生活は難しくなる。
「……君は傭兵向きではないな」
「そうなの?」
「勘だがね……予言をするなら、君は近いうちに生まれ故郷に戻ることになるだろう」
針葉樹の槍は笑みを浮かべたままそう話すが、それは森人族としての直感のようなものだろうか。
少し前から落ち着きたい、という気持ちが多少なりとも芽生えつつあるのは確かだ……特にアイヴィーやアドリア、そしてヒルダとの関係もあって彼女達に負担をかけるのは良くないという気もするし。
アイヴィーとは一緒にいてほしい、つまり結婚したいって話しちゃってるのに、いまだに旅をしているわけで……彼女は言葉にはしないだろうけど、少しだけ不満を感じている気がする。
俺が腕を組んで色々悩んでいるのを見て、針葉樹の槍はくすくす笑う……とても自然な笑みで、俺は長く生きて伝説的な存在になっている彼がそんな表情を浮かべるのを不思議な気分で見ている。
「いやいや、君は確かに人間だ……魔王として恐れられる人生を歩むこともできるのに」
「魔王だなんだって言われても俺は俺でしかないからな」
「紅の大帝になれとは言わないがね、もう少しエゴを持っても良いかもしれないな」
帝国の支配者である紅の大帝は魔王の一人であり、帝国建国時からずっと生き続けている恐るべき存在である……彼が帝国を大きくしていった中で、サーティナ王国は何度も戦ってきているし本質的には敵国なのだが、今の情勢では両国が全面衝突するような出来事は起きてはいない。
今後は起きるかもしれないけど……その時に俺は自分の国にいて家族を守る方が良いのかもしれない、とすら考えていたりもする。
誰にも言えないことだけど……針葉樹の槍はそれを見透かしたのかもな、勇者としての直感のようなもので。
「そうかな……」
「私が知っている魔王というのは、おおよそ君らしくないもの達だ……それ故私は君には好感を持っているよ」
「それはありがとう」
「男同士の友情を深めるのもいいけど、そろそろシャアトモニアに着きますよ」
アドリアの声で俺と針葉樹の槍は夢中になって話し込んでいたのをやめて、宿のあるブランソフ王国の都市であるシャアトモニアの方へと視線を向ける。
……微妙な違和感、どことなくじっとりとした魔力の気配を感じて俺は眉を顰めるが、それは針葉樹の槍も同じだったのだろう、どちらからともなくお互いの視線が交差する。
何かが起きようとしている……それも強い混沌の力が街全体を覆い尽くそうとしているのを感じて俺は慌てて御者台へと駆け寄ると、それまで手綱を握っていたアドリアの肩にそっと手を乗せると、彼女から手綱を受け取る。
「何か起きているな……」
「本当ですか?」
本当かよ、というアドリアの視線を受けながら俺はじっとシャアトモニアに立ち上る不気味な気配に背筋が凍るような感覚を覚えていた。
針葉樹の槍も御者台まで出てくるとじっと美しい瞳で街を見つめると、真剣な面持ちで俺へと話しかけてきた。
「いや、正確にはこれから起きるだろう」
_(:3 」∠)_ 不穏な気配〜
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