261 苦味のある薬
「魔力の質が変わった、どうやら星幽迷宮を構築した迷宮主が滅びたらしい」
パイプを軽く叩いて灰を落とすと針葉樹の槍が先程までとは様子のおかしい混沌の門に視線を向ける。
アイヴィーもアドリアもその言葉で慌てて混沌の門に視線を向けるが、先程までとはあまり変わっているようにも見えず中から期待した人影が戻ってくることもないことで少しだけ落胆の表情を浮かべるとため息をついてしまう。
「……出てこないですね……」
「どこまで潜ったかによる。だが先程までのような魔力の動きではない、今は小康状態といったところだろうか、中心にある多面結晶体を彼らが操作すれば戻ってくるはずだ、もう少しだと考えよう」
針葉樹の槍が再び腰を下ろすと夢見る竜のメンバーも合わせてそれまで行っていた武具の手入れに戻ることにする。
だがアドリアだけは不思議な雰囲気を持つ針葉樹の槍の前にちょこんと座ると、じっと彼の顔を覗き込むように見つめている。
その視線に気がついたのか針葉樹の槍はアドリアにぎこちなく微笑むと問いかけた。
「どうした? 何か聞きたいことがあるようだな?」
「私……貴方のような雰囲気を持った人をもう一人知っています……聖王国の神権皇帝、何か関係があるんですか?」
アドリアの美しい瞳が針葉樹の槍を見つめるが、彼は表情を変えることなく作り笑顔のまま軽く手元のパイプに別の容器に詰め込まれた乾燥させた草のようなものを詰め直し指をパチンと鳴らしてパイプに火を灯す。
そして軽く煙を燻らせてから、アドリアに掛からないように顔を背けて煙をゆっくりと吐き出すと、再びアドリアに視線を向けて男性としては格段に美しい形をしている口を開いた。
「君の質問は芯をついているが、間違いもある。神権皇帝と私には直接的なつながりは存在しない」
「でも雰囲気というか、何か異質な部分やあれだけの能力を持っている人なんてクリフ以外にはそういないですよね……なんなんですか? あなた方は……」
「勇者と魔王、この世界には定命の者が到達できる高みがある。クリフ・ネヴィル……彼は魔王として目覚めた魔法使い、神権皇帝や私はその正反対の存在勇者と呼ばれるものだ」
針葉樹の槍はパイプで煙を燻らせると説明を始める。
この世界の人間、また命を持つ定命の存在がその極限まで成長を続け、高みに到達することで神性を獲得することができると言われる。
彼もまた針葉樹の槍と呼ばれる前は森人族の一傭兵にしかすぎず、長い寿命を持ってその技と魔力を研鑽し続けていたという。
「……何度も戦場で死にかけた、そして何度も人を殺し続けた。そしてある日私は高みに到達した自分に気がついた」
少しだけ表情を緩ませて懐かしそうな目をした針葉樹の槍が、その体験を話し始める。
ふと気がつくと彼は何もない空間に座っていたという、そこは何かの遊戯を行うものなのか駒の置かれた盤がテーブルに載っており、目の前には自分が座っている椅子と同じものが置かれていたそうだ。
そして次の瞬間目の前には枯れた大木のような人の姿をした何かが彼をじっと見つめていたのだという。
「それは言った、勇者という道、魔王という道がある。私はどちらを選びますか? と」
『そう、君はそちら側ね……面白いね……そうそう、ずっと先の時代に面白い子が生まれるよ。一度お話ししてみてね……』
一見すると樹人のようにも見えたその存在は、歪んだ笑顔を浮かべて針葉樹の槍に語りかけた。そして盤面の駒の一つが彼の目の前で姿を変えた。
その光景はまるでその駒が生きているかのようにも見えたが、当時の針葉樹の槍にはそれがどうして行われているのか理解できずに困惑したまま呆然とその変化を見ていた。
金色の髪、青い眼、利発そうな人間の姿……だがその背中には太く力強い黒い腕が二本突き出しているのが見える、これが人間? と思って困惑しているとその存在がニヤニヤと笑ったまま伝えてきた。
『四本腕、彼はこの世界だけでなく違う次元、同じ時、そして別の世界でも同じ名前で呼ばれることになる魔王の一人、そして普通の人間から最強へと至る存在だね……』
「面白い子、それがクリフ・ネヴィルなのだと理解したのはトニーから彼の話を聞いた時だ。彼は既存の魔法使いには想像もつかない魔法の使い方を考える……興味深いと思った」
針葉樹の槍は軽く紫煙を燻らせると、目の前で困惑した表情を浮かべるアドリアに優しく微笑みかける……それは先程までの作り笑いのようなぎこちないものではなく、自然なもので思わずアドリアが顔を軽く赤らめてしまうくらいには破壊力が強かった。
アドリアは気を取り直したように何度か首を振って軽く咳払いをすると、針葉樹の槍に尋ねる。
「……クリフ……四本腕? それが彼の本性だっていうことですか?」
——お互いの唇を夢中になって求め合ったあと、息を荒くする彼女の顔を見ようと思って彼女を見た時、腹部に強い痛みを感じて我に返り慌ててヒルダの腰を両手で掴んで引き剥がす……危ない、俺今一体何しようとしてた?
急に我に返ったように自分を引き剥がした俺に少し不満そうな顔を浮かべたヒルダだったが俺の顔が苦痛に歪んでいることに気がついたのか、ハッとした表情を浮かべて俺の上から離れる。
「だ、大丈夫? ごめんなさい私全然気がつかなくて……」
「あ、だ……大丈夫だよ。それよりごめん……そういうつもりじゃなかったんだ……」
俺が表情を歪めながら目を逸らしたことでヒルダは俺が何を言いたいのか理解したのか、少しだけ悲しそうな顔になるがすぐに笑顔を浮かべて戦闘になる前に地面へと放り出していたバックパックを探して俺のそばを離れる。
正直いえば……もう少しヒルダの香りを感じていたいと思ってしまったし、一生懸命に舌を絡ませてくる時の表情が俺の下半身を思い切り元気にしてしまうが、抑えろ……そういう対象じゃないじゃないか。
「……モーガン、そうだモーガンは……?」
敵が完全に死んでいるかどうかすら確認せずに己の欲望にかまけていたとは……仲間に知られたら怒られるどころじゃないよな。
俺がモーガンの死体を見に行くと首や胸、そして腹部などに少し乾き始めていた血液の跡と、地面にじんわりと広がる血液の量、そして匂いに少し蒸せそうになるが、彼女が完全に命を落としていることに思わずほっと息を吐く。
ヒルダが手に何かを持って歩いてくる……薬か? 治癒系の魔法は俺はそこまで得意じゃないからありがたいな。
「クリフ、これ……この間知り合った魔法使いからもらった薬……だと思う、これしかないから一旦飲んでおいて」
「薬だと思う……ってまあないよりましか」
ヒルダから手渡された小瓶に入った青い液体を見ると、どことなく何らかの魔力が封じられているようにも見え、俺は蓋を開けて軽く匂いを嗅いでみる。
刺激臭……ついでに何処かで嗅いだことがあるような匂いがしている……しかし俺は今手持ちで薬持っていないしなあ。
仕方ないか……俺は小瓶の中身を一気に口に含むと軽い苦味を感じて吐きそうになるが堪えて飲み込む……そんな俺のそばに戻ってきたヒルダに優しく微笑むと俺はゆっくりと立ち上がって出口と思われる方向に指を挿して彼女の柔らかな手を握って歩き出す。
「……とりあえず早くここを出よう……ヒルダのくれた薬が効けばすぐに元に戻るよ、ありがとう」
_(:3 」∠)_ 飲むなよ(セルフツッコミ)
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