229 逸脱した魔法使いと知恵者
「ふんふーん、この書物はここで……こいつはこっち……もう少し人手が欲しいのう……」
「まあ、自分しかおりませぬしな……」
知恵者……巨大な体を持つ大荒野に住まう賢者として知られている蛇竜が彼とは別の場所で書物の整理をしている初老の男性に話しかけている。
彼は元々洞窟に住んでいたが、現在はデルファイを離れている金級冒険者夢見る竜とも懇意になったことで、元々この近くで人を捉えていた食人鬼の屋敷を冒険者組合が調査の後取り壊し、知恵者の設計による屋敷に引っ越すことになった。
「書物の整理が進むのは良いのだが……人は雇ったほうがいいのだろうか……だが我の見た目だしな……」
知恵者は蛇竜としてはかなりの巨体で一〇メートル近い大きさがある……それ故に屋敷の作りはどちらかというと大きな図書館のような作りになっており、彼が抜け出すための巨大な扉からすぐに吹き抜けのような作りになっているのだ。
知恵者のぼやきのような言葉に初老の男性は苦笑いのような顔を浮かべている……彼はデルファイの冒険者組合から派遣されてきている助手であり、元々は冒険者だった人物だ。
「随分と片付いたんだな」
「……久しいな、クリフ……しばらく見ないうちに変わったか?」
いきなり声をかけられて、知恵者がおや? という表情……とはいえ人間には判別不可能であろうが、そんな顔を浮かべて声の方向を見ると、そこには懐かしい顔が立っていた。
以前会った時よりも少し表情が引き締まっただろうか? だがその雰囲気は以前とは別物のように見える……そのまとっている雰囲気がすでに人のそれではない、と知恵者は感じた。
人間では違和感のようなものでしか感じないかもしれないが、竜に連なる一族である知恵者には目の前の懐かしい人物が、人の枠をはみ出した怪物のような存在になっている、と感じた。
「……わかる……よね? 詳しい話は後だけど、頼みごとがあるんだ。狼獣人の一族をこの周りに住まわせてほしい」
「……ん? もう一回言ってくれ」
「狼獣人の一族がこの周りに集落を作ることを許してほしい」
「なぜだ? お前に利益があるのか? お前の番でもいるのか?」
クリフは黙って首を横に振る……知恵者は軽く唸る。クリフ・ネヴィルの変化は気になるが、それは今はどうでも良いことだ。
彼には恩義がある……竜の末裔としての矜持が、恩人の願いを断ることに躊躇いを生じさせている……狼獣人は制御の効く種族ではない、ここに定住させたとして彼らの好戦性は拭いきれないのではないか、という疑問すら感じる。
「……お前の願いは聞きたい、だが狼獣人は戦士だ、彼らは遙かなる過去より略奪を友とし、殺戮を楽しむ存在ではないか? あえて揉め事を内に入れる者は少ないだろうよ」
「……人は、変われると信じている。俺自身がそうだったように、環境で存在意義が変わることだってあり得る……俺はそれを信じたい」
クリフの顔はまるで自分がそうであったかのように、何かを思い出すかのような、とてもそれまでの彼からは見れないような、とても後悔を感じさせるような不思議な表情が浮かんでいる。
それがなんなのかは知恵者にはわからない……だが、彼はそこで目の前の魔法使い……たかが人間であるクリフ・ネヴィルが何か違う理の中に生きている、という直感的なものを感じた。
懐かしい存在のことを思い出し、知恵者は軽く目を細めると唸り声を上げながらもクリフへと軽く頷いた。
「お前は神権皇帝に少し似ておるな」
「会ったことあるのかい?」
クリフの問いかけに黙って頷くと、知恵者は少しだけ目を細める……彼の記憶にある神権皇帝の姿を懐かしむ。
今はすでに姿が変わっているのだろう、神権皇帝という人物はそうやって長年生きている存在であるからだ。だがその力強さ、不思議な存在感は忘れようがない。
人の理から逸脱した者、この世界の異物であり超越者、そんな異物に近い雰囲気を目の前の魔法使いから感じ、本能的に危険と恐怖を感じて軽く身を震わせる。
「かの国に伝わらん、大きな火種。火種に見えるのは、仮面の王、剣持つ男、竜の末裔、道征く者、赤き衣の賢人そして、さ迷える魂。行く末は見えぬ。ただ破壊と混沌の中にこそ再生の道が示される……」
突然朗々とした詩を歌い出した知恵者に、何を話してるんだ? とばかりに困惑した表情を浮かべたクリフを見て、知恵者は少しだけ目を細めるとグルルと唸り声をあげる。
そうか、彼はこの詩を知らないということか……神権皇帝も性格が悪いことだ、と考えた後にクリフへと軽く頭を下げるような仕草をする。
「お前の願いを聞き入れよう友よ、だが狼獣人が我の言うことを聞かない場合は殲滅する」
「それでいいよ、俺も慈悲を無制限に与えられるわけじゃない……きっかけは作った、それを生かすのは人の選択だからね」
クリフは少しだけ寂しそうな顔で笑うと、知恵者へと軽く頭を下げてからまるでその場にかき消えるように姿を消していく……空間を移動する魔法、いや権能か?
人としての何かを捨て去り始めている恩人の行く末を案じて知恵者は深くため息をつくように息を吐いた……神権皇帝や紅の大帝といったこの世界に住まう異物……それに近しい存在へと姿を変え始めている魔法使い。
不安そうな顔を浮かべている助手の男性を見て、クスッと笑うような息を吐くと、顔の動きで作業を続けるように示唆する。
「あれは人間から逸脱しつつあるが信頼できる、大丈夫だ。それよりも集落を作るのであれば材料などが必要だろうな……冒険者組合へと連絡を頼む」
助手の男性は一度深く礼をすると扉を開けて外へと出ていく……冒険者組合との連絡を行うために早馬を用意するためだ。
これから忙しくなるな……知恵者は再び大きくため息をつくと、まだほとんど片付いていない書物や巻物の山を見て、改めて深く鼻息を吐き出す。
「……全く……逸脱者と言うのはまるでこちらの都合を考えないものだな……それ故に異物であるから仕方がないのかもしれんが」
_(:3 」∠)_ 久々の登場になる知恵者……かなりの実力者という設定ですが、竜ほど強いわけではないという絶妙な立ち位置
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