225 狼の女王（ヴォルメ）の子供たち
「……で、この洞窟にいる怪物を調査、可能なら倒せということね……種類は判明してるの？」
「依頼では巨大な狼と、直立歩行する毛むくじゃらの……うーん、これどう読んでも狼獣人の特徴ですね」
ああ、わかった……俺はアドリアに軽く手を振ると、彼女は頷いてから後ろに控えている仲間たちに目で合図を飛ばす。
狼獣人……前世の世界では狼男、なんて気の抜けた名前で呼ばれる彼らもこの世界では案外一般的な存在である。
狼の身体能力を持ち、強力な再生能力と不可思議な魔力を持つ咆哮、そして鉄をも切り裂く強力な爪が特徴の獣人と呼ばれる種族だ。
彼らの起源は伝説により語られている……神話の時代に起きた神々の大戦の中で、放浪の部族が敵対する部族との抗争に負けて逃亡の旅を続けていた。
敵対する部族の追撃は執拗で、あわやというところまで追い詰められた部族の巫女が、絶望の中で神を呪った……その呪詛の言葉を聞いた狼の女王と言われる神が聞きつけ、彼女の眷属へとなることを条件に、その部族を救うことにしたのだ。
狼獣人の呪い、と他の種族はそう呼ぶのだが彼らは狼に近い姿へと変身する能力を手に入れた。
全身を毛に覆われ顔は狼と瓜二つに変化していった部族の生き残りは敵対する部族を食い殺し、引き裂き、皆殺しにするとそのまま暗闇の中へと姿を消していった。
「……とまあ、そんな伝説ですよね」
アドリアが得意げに知識を披露しているが、それを聞いたヒルダは少し苦手そうな表情を浮かべ、ロランやアイヴィーはやれやれといった感じの苦笑いを浮かべている。
この世界の子供に聞かせる話として、この狼獣人の話はメジャーなおとぎ話だからだ、まあオチは力に溺れた悪い狼の部族は、盗賊となってしまい正義の騎士に打ち負かされるって話になっているのだけど。
ロランが洞窟の入り口を見ながら顎に手当てて少し考えると、ポツリと呟く。
「しかし面倒な相手だな……」
狼獣人は根本的に人間より強い種族であり、その全てが相手を殺すことに特化した脅威的な存在だ。
戦い慣れた戦士でも暗所や狭い場所では狼獣人と戦うのは避ける、彼らは夜目も聞くし嗅覚も鋭いのでこちらからの奇襲も効かないためだ。
戦争において狼獣人の傭兵団というのも組織されたりするらしいが、夜襲に特化した彼らのおかげで優勢を崩されるなんてこともあるらしい。
そして……繁殖のために人間の女性を攫うこともあり、そう言った意味では面倒な相手なのだ。
「洞窟に入って戦うのは得策じゃないわよね、個別に撃破されるのだけは避けたいわ」
アイヴィーも少し困ったような顔をしている……今夢見る竜のメンバーは女性比率が大きい、アイヴィーは戦士としての能力も高く、そう簡単に遅れをとるようなことはないだろうが、アドリア、ヒルダは後衛だ。
各個撃破どころか女性が捕まってしまうと何が起きるか分かったものではないわけで……。
カレンも腕っ節は強いが女性だしな……俺はカレンに目をやると、彼女は軽く首を振って気にするな、という仕草を伝えてくる。
こういう場合はどうするか……俺は少し考えると、前世の記憶からある一つの作戦を思い出す。洞窟に篭った敵を追い立てて外に出すには……まあ、やってみるか。
「ああ、こういうのはどうだろうか？」
「何かがおかしい……」
狼獣人を率いる族長であるドドロバスは、その鋭敏な嗅覚に強い異臭を感じて軽く唸り声をあげる。
その唸り声を聞いた一族の男達が咄嗟に跳ね起きると、入り口の方へと目を向けて軽く目を細めるが、族長の感じ取った危険を共有したのか、一斉に鋭い犬歯を剥き出しにして威嚇を始める。
彼らの姿は粗末な服を着た人間のようにも見える姿をしているが、危険を感じ取った族長の合図に呼応すると、その姿を変えていく。
背丈はそれほど変わらないが、全身に灰色の毛皮が生え、顔はまるで狼のそれへと変化し、伝説の通りの狼獣人そのものへと姿を変えた。
「戦士は俺について来い、女子供は荷物を持ってその後からだ」
ドドロバスは今動ける戦士を数える……四人、先日の街道を襲撃した際に、年若い戦士が一人殺されてしまった。彼らの部族は数多く存在している狼獣人の中でも数が少なく、放浪を余儀なくされている。
人間の姿であっても本能的に、街や村など人の多い場所へ出ることの危険性を感じており、古い時代より様々な土地を放浪して生活をしている。
そして時折、交易をおこなっている隊商などを襲っては食糧、金などを奪い取ってその日ぐらしの生活を送っている。生まれた時よりその生活、それが狼獣人の宿命と認識している。
「族長、準備できました」
「……突撃して女子供を逃すぞ、集合場所はわかっているな？ 死ぬまで戦う必要はない」
戦士達は黙って頷く……頼もしい戦士達だ……ドドロバスは後ろで怯えたような顔を浮かべている女子供に、狼の顔のままニヤリと笑う。
その笑みを見て、怯えが少しだけ収まったかのような感情を感じる……狼獣人とはいえ、戦士以外の役割を持っているものはか弱い。
守らねば……彼は軽く唸り声をあげると、その声に反応して暗闇に潜んでいた混沌狼が数体立ち上がる……飼い慣らしておいた魔物だが、こういう時には役に立ってもらおう。
口笛を軽く吹くと、その音に反応して混沌狼が入り口へと走っていく……その姿が見えなくなるまでに、ドドロバスは一言吠え声を上げると、一気に突進を開始する。
「ついて来い！ 誰が相手でも部族の未来を守るために戦うのだ、戦士達よ……狼の女王は見ておられる！」
_(:3 」∠)_ 久々の依頼っぽいお話に……戦記物ではないので、また元の道に戻そうっていうそんな気持ち
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの？」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。
