212 断罪の記憶
——世界が裏返っていく。ああ、私の世界はいつから始まったのだろうか?
アルピナという名前は混沌の戦士となった際にあの方から賜った名前だ。その前はなんと名乗っていただろうか?
『……ヴェルディアナ・アルピーヌ! この汚れた女が……』
私をまるで汚いものでも見るかのような目で睨みつける男性が目の前に立っている。そして、私は……アルピナではなく、、私はヴェルディアナという名前だったわね。
あの方は私が生まれた家であるアルピーヌ伯爵家の名前を変えたとおっしゃってたっけ……なんでも同じ名前の呼び方を変えただけだが、過去を思い出さずに済むだろう、と。
『我が国の神に豊穣を約束させる約束であったにも関わらず、混沌と共謀してこの国の安寧を脅かした、そしてお前の行いにより無辜の国民が大勢犠牲となった、大逆罪である!』
「お待ちを……私は自らの責務により混沌の力を行使しましたが、それは我々の知識を得るという目的にも合致しております。何が罪なのですか!?」
私の口が勝手に開く……そうかこれは記憶を追体験しているから、私が堕ちる原因となった出来事を思い出しているのね。
私は混沌の力を使ってこの国を昔から守護していた小さな神を改変した、もっと富める国へと変わるために、豊穣を司る女神とするべく神話ごと改変した。そしてその命令は目の前で私を口汚く罵るこの国の王より命じられたのだ。
だが、豊穣を司る神となった小神は、悪い意味で豊穣を約束した……人を喰らい、その肉を増殖させることで食料を増やしていく恐ろしい魔物を恵みとして与えた。
約束は守られている、食料事情は二つの意味で解決された……人口の減少と、魔物が増やしていく夥しい量の肉を量産していったことで、恵みはもたらされたのだ。
「求めた効果とは少し違いましたが、それはこの国の守護神が決めたことです……私はそんなことを命令していない……」
『この売女が! 大方混沌の力でこの国もくれてやると言われたのだろう、この女を即刻牢へとぶち込め!』
だが、この国は私を裏切った。混沌と手を結べばどうなるかわかっているだろうに……私が選ばれたのは、人よりも多くの魔力を持ち、深淵を覗くだけの力を有していたから。仲間とともに神界や精霊界と言った別の次元に存在する力を引き出し、改変していった先に混沌が存在していた。
知り得た混沌の力を行使することで、この国の富を名声を、そして軍事力を育てていったはずだった、私たちは神を知っている存在だったのだから。
たった一度の過ちで私が殺されるなど……あってはならないことなのだ。
『力を欲するか? 神を知る者ヴェルディアナ……いや、大罪を犯した哀れな女よ』
知らない声が私の耳元で囁く……誰だ? その声はとても優しく、慈悲に満ちたいつまでも聞いていたい声だった。私は涙に濡れた目で周りを見るがそこにはこの腐った国の兵士と、貴族と、そして私をまるで怪物のような目が私を見ている。
私はそのまま牢屋へと引き摺られていく……泣き叫びながら私は必死に助けを乞う……誰も助けてくれないのはわかっているのに、助けて欲しいと願っている。
力が欲しい、欲しいわ……私はこんな場所で死にたくない、死んではいけない。もっと知りたい、この世界の全てを知って、私は貪欲に知識を得たいのだ。
『では、堕落の種子を与えよう、ヴェルディアナ。私の生まれた場所にはアルピーヌ、アルパインと呼ばれる場所がある、苗字を改変してその名前をお前にやろう……混沌の戦士アルピナとして顕現するのだ』
何かが喉の奥に入った気がする……牢へと乱暴に放り込まれた私は、体の奥に感じる熱い何かの存在を感じて咳き込むが……兵士たちはそのまま立ち去っていく。彼らがそこにいれば、恐ろしいまでの変容に気がついただろう。
肉片が粘液と共に牢屋の壁へと張り付き、まるで巨大な繭のような姿へと変化していくことを……それは新しい混沌の戦士が誕生する前の姿、繭だったのだから。
「ゆるさ、許さない……絶対にこの国を滅ぼすの……私をこんな姿へと変えて……私は混沌の戦士に堕ちてでもこの国を世界を滅ぼすわ……」
「……なんだ、昔の夢だったのね……」
目の前で傷だらけの顔で、自分を悲しそうな顔で見つめている俺に気がつくと、アルピナは体を起こそうとして……あるはずの場所に腕がないことに気がつく。
おや? という顔をしつつ、顔を動かしていくが……体の大半がちぎれ飛び、ドス黒い血をダラダラと地面に滴らせる自らの状況に気がつき、諦めたように苦笑する。
「どんな夢を見ていたんだ?」
俺は尋ねる……決着はもう着いた。俺の勝ちだ、周囲は俺とアルピナの魔力の放出と衝突による爆発でクレーターのような状態になっており、その力の衝突の凄まじさを感じさせる。
でも……目の前の混沌の戦士はまだ生きている、そうだ生きているんだ……一〇年前もそうだった、彼女は死なない、死ぬことができない。
魂を直接破壊しない限り死なないと聞いている、そして俺にはその手段がある……だから、もう彼女を滅ぼせるのだ。
「……昔の夢よ……私がこうなるきっかけをね、くだらない思い出よ」
「そっか……なあ、アルピナ。俺はお前を滅ぼせる力がある……わかっていると思うが、俺はお前を殺せる」
その言葉を聞いて、アルピナはキョトンとした顔で俺を見るが……すぐに口から血を滴らせながら、再び笑う。何か動作をしようとして、その腕がなかったことに気がついたのか再び失笑したような息を吐くと、彼女は私を見つめてもう一度歪んだ笑みを見せる。
「知ってる。もう長いこと生きてるけど、愛する男の手によって殺されるなんて……素晴らしいことじゃない」
_(:3 」∠)_ かなり引っ張っちゃいましたが、アルピナとの十年越しの戦いは終了のお知らせ
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