172 古代魔法 切開(クリーヴ)
「戦争になるんですかねえ……」
アドリアが俺の顔を見つめながら不安そうにつぶやく。皇帝陛下の衝撃発言から数時間後、仲間と別れて晩餐会から帰って来た俺とアドリアは、俺にあてがわれていた部屋の寝台の上にいる。
というのもアイヴィーは伯爵家の代理として、他の帝国貴族との交流に当たっていてその護衛役としてロスティラフ……まあ見た目の問題らしい……がついていき、ヒルダは満腹になって満足したのかさっさと一人であてがわれた部屋へと帰っていってしまった。ロランは『帝国の夜が俺を待っている!』という一言を残して気がついたら消えていた。行き先は大体わかってしまうが……まあ楽しんでください。
つまり二人きりになれる条件が揃ってしまっていたのだ! 若い男女が二人きりになれてしまう環境と、愛し合う二人がそこにいるのであれば世界が変わってもやることは変わらない。ということで先ほどまで俺たちは存分にその時間を楽しみ……その時間はとても甘美で、お互いの気持ちをぶつけ合える貴重な時間だったが、今は寝台の上で今後のことを話している。
アドリアとこうして二人でいる時間というのは実はそれほど多くない、デルファイにいるときはそれでも時間を作っては二人でいたことも多いのだが、帝国に来てからというもの移動に次ぐ移動でそんな時間はなかったしな。
「俺は帝国軍についてトゥールインへと行こうと思っている」
俺がそうはっきりと告げると、彼女は何かを言いたげな表情を浮かべ、すぐに困ったような悲しそうな顔になって何かを言い淀む。
彼女が言いたいことは大体わかる……最近だけでもないのだが、俺と一緒に冒険していてあまりに危険な場所へ行ったり、混沌の怪物に襲われたりと神経をすり減らす旅が多かったのも確かで、元々優しい性格をしている彼女からすると、心配事が多すぎるのも確かなのだ。
「私……あなたに危険な場所に行って欲しくない……」
アドリアが決心したかのようにようやく口を開く……俺をじっと見つめる。彼女の美しい緑色の瞳が少し潤んでいるような気もする。
「冒険者だからね、危険と隣り合わせなのは仕方ないさ」
「違う、あなたが遭遇している危険は、冒険者のそれとは違う気がしている。このまま行くと、あなたがいなくなってしまいそうで私怖いの……」
アドリアは目を伏せて、華奢な手でシーツをぎゅっと握って……何かを我慢しているかのような表情を、悲しそうな顔をしている。
「私ずっと怖い……アイヴィーはそれでも『私が守るから」って言うけど、私彼女ほど楽観的でいられない……」
魔法大学の頃から見ているのでわかるのだが、アドリアはどこか自分に自信を持っていないという姿勢……表情や、態度もそうなのだが、アイヴィーと非常に対照的な性格をしていると思う。
俺からすると、パーティをまとめたり交渉をしたりといった仕事もこなす一方で、時折そういう表情をしていることがある……まあ、大体そういうときはアイヴィーが気を利かせてアドリアと一緒の時間を作ってくれたりもするのだが。
「大丈夫だよ、ずっと一緒にいて俺死んでないじゃん? みんなと一緒にいれば死なないって気もするんだよね」
アドリアはふるふると首を振ってそれは違う、と否定する。
「死なないんじゃなくて……あなたが紅の大帝みたいになってしまうかもしれないのが怖いの……あなたは、その……少し違うから……」
「……何か言われたのか?」
俺は少し気になったので、彼女を見つめて尋ねてみるが……彼女は俺の目をみると少し怯えたように目を伏せ背を向ける。少しため息をついてから、俺は彼女の肩に手を置いて……そっと抱き寄せる。
お互いの心臓の鼓動だけが伝わる時間が過ぎてしばらくしてから、アドリアはようやく口を開いた。
「クリフ……私紅の大帝から言われたの……『クリフは私と同じだ』、と」
私と同じ、か。確かに俺は仲間には話してないことがある……勇者と魔王の話だ。これは決して話してはいけないことなのだろうと思っているからなのだが、もしかしてこれはアドリアには話しておかないといけないのだろうか? と少し悩む。
「同じ……ね。俺は皇帝のように全てを持っているだけじゃないし、全然違うと思うんだけどな」
「雰囲気は少し似てると思うわ……でも私ああいう存在になって欲しくない、まるで人ではないよう……ご、ごめんなさいあなたがそうだっていうのではなくて、その……」
そこまで口を開くと、アドリアは言い過ぎたと思ったのかすぐに俺の方へと振り返ると、とても悲しそうな顔をして……謝罪する。俺は少し笑って彼女の謝罪を受け入れようと思ったのと、少し時間が経ってなんとなく彼女を抱きしめたくなってしまったため、彼女を引き寄せながら耳元で囁く。
「気にしてないよ、それと俺は変わらないって……君が好きでいてくれるクリフでいるよ。それより……その寒いから……」
「また、ここか……」
あの場所……何もない空間にぽつんとおかれた椅子の上で俺は目覚める。目の前には同じ形の椅子が置かれており、そこには黒い影……というよりは黒い雑な落書きのような外見をした何かが座っている。目が白く輝いており、薄い笑みを浮かべたような口元もまた白い光のような何かに見える。
「やあ、クリフ・ネヴィル……久しぶりだね。随分お盛んだねえ……元気で何より」
影が口を開くと……目が爛々と輝く、今までこんな姿でいただろうか? 。とても邪悪な何かのようにしか見えず、俺は嫌悪感丸出しの表情で彼女をみる。
「ああ、ところでいつからそんな姿に?」
影は少しその言葉の意味を考えるように頭をかしげると、すぐに何かに気がついたかのように口を開く。
「ああ、今こういうふうに見えているってことか、ごめんごめん。自分の姿はよく見えなくてね」
カラカラと笑うと影の少女は身を乗り出すようにこちらへと近づき……輝く目で俺を見つめながら喋り始める。
「トゥールインに来いと言われたでしょ? あの混沌の戦士は君を味方に引き込むように導く者に言われているみたいだね。で、君はあえてそこに行こう、と思っているよね?」
まあ、そうなんだよな……ここまで俺の人生は混沌の戦士との戦いの連続だった。ここまでこう何度も遭遇して戦っていくと、俺は大元をどうにかしないと死ぬまで一生この戦いが続くのではないか? と思っている。だからどこかでこの流れを断ち切らなきゃいけない、だって倒しても復活してきてるんだもん……。
「そうねえ……混沌の戦士を完全に滅ぼすには君がもう一段階、成長しないと難しいだろうね」
影は椅子に深く座り直して、俺の思考を読んで咲う……この馬鹿にされてるような笑みは正直好きではないが、今のところ答えを持っているのは彼女しかいないのも事実だ。
「そうそう、冷静でいいね。混沌の戦士を倒すには核を砕くだけではダメで、魂そのものを完全に破壊しないとダメだね」
でもそれではネヴァンが復活したことへの答えになっていない。魂を傷つけるはずの黒霧でとどめを刺しても滅びなかったのだから。
「その武器では復活するのに必要な時間を少し稼ぐのが関の山、だね。なので君に良い魔法を教えてあげようと思っている。これがあれば魂を完全に削り切ることができるようになるだろう」
そんな魔法があるのか……俺が驚いた表情をしていると、影の少女はくすくすと耳障りな笑い声をあげて……手にひらに小さな光を灯す。光は複雑な色合いに輝き、時折恐ろしく不気味な漆黒にも変化する不思議な光に満ちている。
「神の時代に開発されたいわゆる古代魔法切開。これは相手の魂を直接に攻撃して、そして亀裂を入れる。亀裂の入った魂はそのまま崩壊していくため、その姿を保つことができなくなる」
……生物の魂が姿を保てなくなる場合、どうなるんだ? まさかとは思うけど……。
「生物は魂がその姿を維持しているから、魂が崩壊すると全ての形は塵へと帰っていく。ゆっくりと崩壊して崩れ落ちていくだろうね」
そんな危険な魔法を……どうしてこのタイミングで渡すんだ? 何か裏があるんじゃないのか? そう考えていると影はニヤッと咲うと、突き放すような一言を発する。
「一度何かに使ってみるんだね、それで全てがわかると思うよ。ああ、大事なものには使ってはいけないよ?」
_(:3 」∠)_ ここで必殺魔法習得da!
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