156 混沌峡谷(ケイオスキャニオン)
混沌峡谷……その始まりはこの地に帝国が誕生する前から存在している。
神話時代にこのあたりを収めていた部族がこの谷へ生贄を捧げていたと伝えられ、その当時から住み着いている魔物が存在している、と言われている。
炎石の城近郊だけでなく、帝国全土にこの谷の悪辣さ、危険性は周知されており街道もわざわざこの谷を大きく迂回して作られているほどの場所だ。
この谷の中に何があるのか……帝国の民でも全くわかっていない未到の場所である。
俺たちは混沌峡谷の入り口に立っていた……切り立った断崖が細く連なっており、帝国のように治安の良い場所でも……薄暗く、不安や危険を見ただけで感じさせる場所があることに驚く。
「子供の頃から、ここにだけは近づくな、と教えられてきたわ。闇の組織でもここには入らないって言われてるもの」
アイヴィーが不安を隠しきれない顔で俺の腕にそっと寄り添う。少し……震えているように感じる。仲間を見ると、アドリアもロスティラフも不安そうな顔だ。知識でこういう場所があるとは聞いていたが、実際に見ると恐ろしく陰鬱で……そして不気味だ。
ロランの後ろに隠れるようにしがみついてヒルダがあたりをキョロキョロ見ている。
「ここは……何か嫌だ……見られているような感覚がある……」
ヒルダはかなり不安そうな顔をしている。そんな顔を見てロランが笑顔で頭をくしゃくしゃ、と撫でてやる。
「ヒルダ、俺から離れるなよ」
その言葉に嬉しそうな顔で……頷くヒルダ。彼女はかなりロランに懐いており、兄と妹のような……そんな良い関係が築けていると思う。
「どちらにせよ……この帝国の秘宝、とやらを回収しなければいけないわけだろ……周りに気を配って探索しよう。絶対に……はぐれないようにな」
俺の言葉に仲間全員が緊張感のある顔で頷く……ゆっくりと俺たちは谷へと歩いていく。
「<<炎の壁>>!! キリがないな……」
咆哮と共に……獣魔族の集団が一気に俺たちへと突進してくるのを見て……俺は炎の壁を進路へと立てる。魔法の炎が獣魔族を焼き焦がすが……狂乱したように走る獣魔族が数体、俺たちへと向かってくる。
ロスティラフとヒルダが弓による援護で、壁を突破してきた獣魔族を撃ち抜く……それでも走ってくる一部の獣魔族をアイヴィーとロランが斬り伏せる。あらかた片付いたことを確認してから、まだ息のある敵にトドメを刺して回る。
「矢は少し温存したほうが良いかもしれませぬな……それなりの数を持ってきていますが、足りない可能性があります」
ロスティラフが矢筒の中身を確認しながら……ため息をついている。
これで五回目……混沌峡谷に入ってすぐに獣魔族の小集団が襲いかかってきた。それを皮切りに、何度も別の集団に襲撃を受けている。正直いえば……これは異常だ。この谷全体にいる獣魔族の数がどれだけかもわからない状況で、俺たちは地図もない場所を彷徨っている……。
帰還が簡単なように目印となるものは、道端の木や石につけているのだが、それがなければ谷から出ることすら危うい……。
「ああ、もうなんでこんなに襲撃だらけで複雑なんですか!」
これは谷と呼ばれているが、分類上は明らかにダンジョンだ。複雑な分岐や軽い洞窟状の通路を抜けていく俺たち。マッピングになるかどうかわからないが、協力して地形などを平面の紙に落としているアドリアが、髪を掻きむしりながら声を荒げる。接近戦はほぼアイヴィーとロランが担当しており、アドリアは支援魔法に集中しつつ、歩きながら記録をしているが……彼女でも匙を投げたくなるくらい、この地形が複雑だ。
「全く……帝国はこの谷をなんで放置してるんですかね……」
「軍隊を差し向けたことがあるらしいけど、誰も帰ってこれなかった、と言われてるわよ」
刺突剣についた獣魔族の血を古い布で拭き取りながら……アイヴィーが困ったような顔でアドリアに答える。
「そんな場所なんか埋め立てちゃえばいいのに……帝国の財力ならできそうですけどね」
ため息と共にアドリアが手元の書物に記録を入れていく……今までも彼女はこういった場所の記録や、マッピングを熱心にやっており、冒険者組合に資料として提供している。
案外評判が良くて……ガイドブックのような形で編集できないか? と相談していたことがあり、、冒険者組合が発行するガイドブックの印税を一部もらっていると話していた。
「とはいえ、時間的にはそろそろ暗くなりそうですね。一度野営をしたほうがいいですが……こんな場所で野営できますかね」
周りを見て……げっそりした顔でアドリアが俺を見る。そうだな……ふと周りを見ると、小さな洞窟が今いる場所から少し登った場所にあるのを見つけた。
「なあ、あそこは? 洞窟の中なら火が見えにくいから、獣魔族にも見つけにくくなるんじゃないかな」
その場所を見て……ロスティラフが少し不安そうな顔で俺に話しかける。
「中に何もいなければいいですが……」
洞窟は思ったよりも広く、そして入り口からうねるように続いていて、ほんの少し奥へと移動すれば入り口から火の灯りが見えにくい形をしていた。少し奥まで探索をしてみたが……恐ろしく長く洞窟は続いており、とてもではないがすぐに探索が終わりそうになかったので、野営に使うのは入り口から少しだけ入った場所のみ、と決め今俺たちは野営の準備を進めている。
「ヒルダはこういう場所で野営するのは初めてなんだっけ?」
俺とヒルダは簡易テントを設置した後、寝袋を用意して床に敷いている……正直いえばゴツゴツした地面に寝るのは疲れる行為なのだが、この場合は仕方がない。
「そうですね……私は何も知らなかった、と思い知らされたわ……」
ヒルダは苦笑いをしながら……俺に微笑む。少し彼女とは距離があるのだが、それもまあロランという兄役がいることで、彼女はすんなりと仲間として溶け込めているし、最近は少しづつ笑顔も見せてくれるようになった。
「そっか……困ったことがあったら言ってくれ。俺で良ければ力になるから」
その言葉にありがとう、と笑顔を浮かべるヒルダ……やはりこの子はとても笑顔が可愛いな、と思う。
「ヒルダ〜、だめですよぉ、この男は隙を見せたらあっという間に襲ってくるんですから」
あたりの確認が終わったアドリアがにへら、と笑いながらヒルダに話しかける。おいおい……と思うが、まあアドリアと愛し合うきっかけの出来事を思い返すと反論しにくい。
「そ、そうなんですか? アドリア……な、何をされちゃうんですか? アドリアもそうなんですか?」
「それは……その、言いにくいですね。なんというか……その」
自分から振っといてそれはないだろう……と思うが、アドリアの少し恥ずかしそうな顔を見て俺はくすくす笑う。
「無理に答えなくていいよ、それと俺はヒルダを襲ったりしないよ」
その答えに安心したような顔をするヒルダと、不満そうな顔で俺をみるアドリア……なんで君が不機嫌になってるの。
「……ヒルダにちょっかい出したら、アイヴィーは許しても私許しませんからね……」
ああ、怖い……野営の準備は終わりそうなので、俺たちは食事をとりながら見張り番の最終確認をするために、焚き火の周りに集まった。
「じゃあ二人一組で、見張りを交互に立てよう。それと危険な場合はすぐに皆を起こすこと……いいな」
_(:3 」∠)_ 谷にするか渓谷にするかでだいぶ迷いましたが……
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











