152 炎石の城(ファイアストーン)
「あと少しで伯爵領の領都である炎石の城へ到着するわね、この辺りは懐かしいわ……」
馬車の窓から外を見ながら……アイヴィーが懐かしそうな顔で笑う。そんな彼女を見ながら俺たちは微笑ましく思いつつ……馬車の旅がこれでようやく終わる、と言う実感を噛み締めていた。
結局帝国領内の旅は、帝国のパトロール部隊との遭遇と時折農民などに会うくらいで……本当に治安が良いことだけを実感して終わるのだ。
王国内でもここまで治安が良いことはない。そして末恐ろしいと思ったのが、帝国のパトロール部隊の巡回が定期的に行われており街道だけを進めば本当に安全だったと言う点だろうか。
流石に夜は……多少色々あった。とはいえ山賊が出るなどではなく……野生の獣などが大半で、しかも火を絶やさなければ容易に対処できるレベルの数だったりもしたわけで……もしかして帝国ってとんでもない国家なのでは? とさえ思ってしまった。
そのことをアイヴィーに確認すると……彼女からは意外な答えが返ってきた。
「昔はここまで安全ではなかったわ、私が聖王国へ向かった時は帝国の留学生数名に兵士の集団が同行していたけど……何度か戦闘に巻き込まれたし、怪我をした子もいたわ」
ふむ……すると、あの頃から三年程度でここまで治安を良くしている、と言うことなのだろうか。王国の冒険では何度も山賊や、魔獣の襲来に悩まされた。
王国の戦士団は山賊狩りなどに熱心ではない……だからこそ冒険者の需要が高く、冒険者組合へと足を運ぶ冒険者も非常に数が多い。そして依頼の最中に命を落とすものも多い。
帝国……とはいえ、キールから真っ直ぐ炎石の城へと向かっているのでそれほど大きな街には立ち寄っていないが、冒険者風の身なりの人物はそれほど多くなかった。キールはおそらく王国との国境が近く、治安が不安定なこともあるかもしれないが……今いる場所は帝国領内でもかなり奥に入った位置なので、おそらくそういった意味でも統治体制が確立しているのかもしれない。
「昔俺が新兵の頃、出動命令で帝国に来たときは結構街道沿いに魔獣が出てな……大変だった記憶があるぜ」
ロランが外を見て難しい顔をしている俺の心のうちを読んだかのように声をかけてくる。俺がロランに顔を向けると、彼は笑いながら続ける。
「まだ俺が初心な頃でなあ……必死に槍を突いて死にたくないって思いながら戦ってたよ。一週間くらいの任務だったが、新兵で生き残ったのは俺ともう一人だけで……隊長が生き残った俺たちに褒美だって、初めての娼館へ連れて行ってくれて、生きてるって実感したね」
「しょうかん? しょうかんとは何?」
そこまで話したところでヒルダが何の話をしているのだろうとロランに問いかける……それを見てアドリアがロランを見ながら意地悪そうな笑みを浮かべ……アイヴィーは呆れたような顔をしている。
「あ、えと……その……女性に癒してもらえる施設……で……詳細は言えない」
自分をじっと見つめて首を傾げるヒルダを見て……少し青い顔をして顔を背けるロラン。その答えが要領を得ないと言う風にヒルダは頬に指を当てている。そんなロランを見てアドリアとアイヴィーがこんな場所でシモの話をするからだと言う顔で笑っている。
「そんな場所があるのねえ……ね、ロランは癒されたい? なら私も癒しができるよ……むぐ」
アドリアがさっとヒルダの口を塞ぐと、ロランを睨みつけて……アドリアは仕方ねえなあ、と言う顔でヒルダに耳打ちをする。あ、多分娼館がどう言うところなのかを説明しているのだろう。
アドリアの説明が進むたびに、みるみるヒルダの顔が真っ赤になっていき……少し震えている。ロランの方をチラ見しながら……軽く下げる。
「……すいません、さっきの無かったことにしてください……世情に疎くて私馬鹿なことを言いました……」
「す、すまない……軽口を叩きすぎた……」
ロランは本当に申し訳ないと言う顔で、ヒルダに頭を下げる。そんなロランを少女の前で何話してんだよ、と言う目で見ているアドリアとアイヴィー。女性がパーティに増えたことで、こういった話題もそろそろご法度になりそうな気配があるが……ロスティラフがロランを慰めている……いつでも優しいなロスティラフ。
「見えたわ!」
街道の先に炎石の城……カスバートソン伯爵家が代々治めている帝国内の都市で、周辺地域も含めてそう呼ばれている街が見える。城砦ではなく……大きな屋敷を中心とした市街となっている。
治安は良く……帝国の支配がきちんと行き届いている証左となる街だ。アイヴィーの出身地ということもあり……俺は少し心が弾んだ感覚を感じている。
市街地の中心……一際高い位置、丘の上に建設されている屋敷が特徴的な街だ、と思った。
「私の生まれ故郷にようこそ……クリフ……」
アイヴィーが俺の隣に座って、俺の手にそっと自らの手を重ね合わせる。そんな彼女を見つめると、頬を少し染めて……彼女は恥ずかしそうに笑う。俺はそんな彼女を見つめて、口を開く。
「君の生まれた土地にこれて……とても嬉しいよ。お父さんにも話をしないとな……」
「ふむ……何年ぶりだね」
紅の大帝は今椅子に座っている。とても大きく豪華な作りの椅子で、目の前にはチェスボードに載った複数の駒がある。そして……対局している椅子には、黒い少女が座っている。その少女は影絵のような姿で、目だけが白く爛々と輝いた不気味な姿だった。
「ざっと……五〇年ぶりかな。お久しぶりね魔王赤い頭、いえ……今は至高の皇帝陛下、紅の大帝でしたっけ」
黒い少女は、輝く瞳をギロリと紅の大帝へと向ける。あまり好意的な目ではないな、と紅の大帝は内心考える。さて……このタイミングで呼ばれたのは何か意味があるのだろうか。
「大アリも大アリ。私の使徒に何をする気なのかしら?」
「ああ、そんなことか……それはもちろん、君が仕入れた異物を見るためだ」
紅の大帝はなんだ、そんなこともわかってないのか、と言わんばかりの仕草で肩をすくめる。目の前の黒い少女は……白く輝く片目を細めて、じっと紅の大帝を見つめる。
「嘘ね、あなたがそれで満足するわけないもの、支配の欲求を満たすのでしょう?」
紅の大帝は仮面を外し膝の上に置いた。下面に隠れていた容姿は炎のように赤い髪にルビーのような赤い目をした男性だ……二五〇年前から帝国を支配しているとは思えないくらい若い風貌が現れる。人の基準であれば彫刻細工のような美形と称されるだろう。ぎらり、と赤い目が輝き……口元を歪めて笑う。
「ククク……わかってるじゃないか。そうだ、お前の可愛い使徒を我が部下へ加え支配する。だから呼んだ」
「ハッ……正直ね。でもあの子は……あなたの手には余るわ、そう言うのを選んだもの」
黒い少女が咲う……影の中に赤い口がガバッと開いたような、そんな不気味な顔だ。その顔を見て、紅の大帝は再び笑う。
「そうか、ならどうしても欲しくなった。そういえば五〇年前には教えていなかったが、猫には首輪を付けるのが私の主義でね……私の血筋という首輪をつけた猫がどう動くのか、ゆっくりと見物しようではないか」
黒い少女は……呆れ顔を浮かべて目の前の魔王を見ている。目の前の魔王は、自らの血を分けた……子孫を大量に残している。帝国貴族の中に潜み、淀み、そして支配していく。支配という欲求を満たす皇帝という座に座っていてもこれだ、度し難い。
「……野良猫に首輪をつけても、窓の外を望む猫ならば、首輪なんて意味がないわ」
その言葉を最後に、二人は笑顔のまま黙って睨み合い……そしてその空間から姿を消していった。
_(:3 」∠)_ 決してタイヤメーカーの名前ではございません
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