十三話
「ステファン・・・それでは、ダメです。はぁ・・母が援護しているというのに、貴方はどうしてそんなに曖昧な答えしか出せないのか・・・。」
「え?母上?」
シルビアはため息を漏らすとルミナの方へと視線を向けた。
「貴方すごいわねぇ。ステファンの事が良く分かっているわ。・・・そして、貴方の満足のいく答えではもちろんなかったという事よね?」
視線を泳がせるステファンに内心ため息を漏らしながら、ルミナはあえて不安げな笑みのまま頷いた。
「はい。・・・私にはもったいないお言葉ですが、ステファン殿下は私を愛することはないと・・・私は思いますの。」
出来れば言いたくなかった言葉。
ルミナは泣きたくなる気持ちをぐっと堪えながら、悲しげな瞳でシルビアに言った。
「殿下は自分のお気持ちに正直な方です。」
シルビアは微笑を浮かべると、尋ねた。
「私は貴方に王妃となってもらいたい気持ちが強くなってきたわ。どうしても、ダメかしら?」
王命にしてしまえばルミナは首を横には振れないと言うのに、あえてステファンもシルビアもルミナに気持ちを聞いてくれる。
恐らくは公爵家と無理に婚約を結んで、下手な亀裂は生みたくないのだろう。
ルミナは少し考え、そしてシルビアに言った。
「もし・・・もしも、殿下が18歳になっても私との婚約を望んで下さるのであれば・・・その時は、婚姻を受け入れてもかまいません。」
その言葉に、シルビアは首を傾げる。
「どうして18歳なのかしら?」
「殿下も18歳となり、成人なされば王太子としてお気持ちを固めると思いますの。ですから、18歳です。」
本当は、18歳の時にはソフィーに恋しているから私とは結婚することはないとはいえない。
「そうねぇ・・でも、婚約者なしというのも・・・どうかしらねぇ・・・。」
他の令嬢と婚約して、その子が婚約破棄されるというのも胸が痛い。
ルミナは、どうして上手くいかないのだろうと思いながらも、ゆっくりと口を開いた。
「ならば、仮の婚約という形はどうです?殿下が18歳となるまで後ろ盾とはなりましょう。それならば、かまいませんでしょう?」
その言葉にシルビアは少し考えると、ルミナを見つめた。
「いいの?でも、貴方の夢は?」
「夢は夢。王家の望みに反する気はありません。」
シルビアはその言葉に満足げに頷くと立ち上がった。
「分かったわ。それでいいか、国王陛下には私から話をしましょう。」
皆が立ち上がり、ルミナもたってシルビアに一礼する。
「よろしくお願いいたします。」
「細かな取り決めなども行いますから、貴方方はまだこちらでお茶を楽しんで頂戴ね。」
シルビアはアルマと共に部屋を去り、そしてルミナは睨みつけるようにステファンを見た。
その瞳に、ステファンは思わず一歩後ずさった。
「な、なんだ。納得がいかないのならば、母上に言えば良かっただろう。」
ルミナはその言葉に唇を噛むと、ぐっと怒りを堪える。
「・・・殿下は・・・ずるいです。」
涙が込み上げてくる。
自分を愛さないくせに、こんな形で婚約者という枷を自分に着ける。
他の婚約者候補の娘達を進めればいいのに、婚約破棄される未来を誰かに押し付けるような、非道になれない自分も嫌だった。
「普通令嬢は喜ぶところだが?第一王子の婚約者だぞ?未来の王妃だぞ?」
ステファンの言葉に、ルミナはぐっと拳を握る。
そして震える唇をどうにか開いた。
「私を・・・愛してなどくれないくせに。」
「なっ!?・・ちゃんと努力はする!」
努力?
本当に?
ソフィーにどんどんと心が傾いていくくせに?
私が学園でどんな噂を流されているかも知らずに、ソフィーとの逢瀬を楽しんでいたくせに?
私の性格に難癖をつけたり、時には冤罪をかぶせたり、時には自分に愛される努力をしない私が悪いのだと罵ったくせに。
なのに。
私にそう言うの?
何度私の心を殺せば気がすむの?
心であればいくらでも傷つけてもいいと思っているの?
私は、貴方に愛されたかった。けど、貴方は愛してなんてくれない。
愛って努力ではどうにもならないのよ。
ゆっくりと拳をひらくと真っ直ぐにステファンを見つめる。
「私以外を愛さないと誓えますか?」
「当たり前だろう。王太子たる者恋愛に現はぬかさない。以前も言っただろう。」
はっきりとした言葉。
真っ直ぐな瞳。
きっと今のステファンはそう信じているのだ。
ならば、信じていればいい。
どうせ、貴方は私以外を愛するのだから。
「私以外を愛した時、仮の婚約ですからもちろんすぐに解消いたします。殿下は今のお言葉忘れないで下さいませ。そして18歳となった時、今の事を思い出して胸に手を当てて下さいませ。」
「何だと?」
「貴方は絶対に私以外を愛する。私を、貴方は愛さない。」
はっきりと断言されたその言葉に、ステファンは目を見開き、そして背筋が寒くなる。
今まで感じた事のない、恐怖を今、目の前に感じる。
たかだか婚約者だ。
ステファンはどうにか笑みを顔に張り付けると言った。
「18歳になった時、後悔するのは君だ。僕は恋愛に現などぬかさない。」
「・・・そうですか。では、これで失礼いたします。」
ルミナは部屋を出た。
その後ろを心配してかシャロンがついてくるが、何も言わない。
「お見送りは結構です。」
シャロンは、その言葉に、パッとルミナの手を取ると言った。
「こっちに来て。少しだけ。」
「え?」
ルミナはシャロンに手を引かれ、王城の庭へと出た。




